14『大蛇ロボット』? ならバグらせちゃおっか
2人は砂丘の頂上付近まで登っていた。
イチヒは身を縮めながら、おそるおそる『!』マークを覗こうと首を伸ばした。
リリーゴールドもイチヒに習って、首を伸ばして砂丘の向こう側を覗く。
そこには、10mはあろうかという巨大すぎる大蛇がとぐろをまいていた。
遠目には本物の生き物の蛇に見える。
「ジャングルには蛇がつきものってか……」
イチヒは大きなため息をつく。
リリーゴールドは、瞳孔を開いて大蛇をじっと見つめていた。
「リリー……?」
「あれ、ニセモノだー! たぶん、ロボット?」
「な、そうなのか?!」
イチヒも真似して目を凝らすが、本物の蛇にしか見えない。
リリーゴールドは視力がいいんだな、と思った。
「うんー、生き物にしては原子の流れがヘン」
「は?!」
――視力がいいとかの次元じゃない! 原子が見える奴がいるか?!
『――ズモルツァンド、ヴェラツカペア、第1障害スポットに到達! 障害を切り抜け、次のエリアに到達せよ!』
その時、上空からスピーカー越しのサルベル教官の声が降ってきた。バッと上を向けば、そこにはドローンが浮かんでいる。
「……やっぱりアレと戦わなきゃいけねえのか……」
イチヒの呟きに、リリーゴールドは含みのある笑顔を向けてきた。
「壊せとは、指示されなかったよねー? ロボットなら、バグらせちゃお!」
「は……?! なんだそれ、どうやって……?」
「いいからいいから! 見ててー!」
リリーゴールドはその場にしゃがむと、すっと目を閉じた。
ゆっくりと深呼吸しながら、精神統一をしているように見える。リリーゴールドの纏う発光が、ゆらゆらと点滅を始めた。
イチヒは、リリーゴールドの様子を不安げに見つめる。
……リリー、お前何をしてるんだ?
――イチヒには何をしているか理解できていないが、リリーゴールドは大蛇ロボットの電波を拾おうとしていた。
……この信号、たぶん行動命令系。
『動くものを攻撃しろ』って感じかなー? やだなあ、ソレ。
リリーゴールドはそっと意識を集中させた。
自分の脳波を、拾った信号と同じ波長に合わせる。
強くもしない、抑えもしない。
ただ静かに、そこに寄り添うように。
ぴたり、と何かが噛み合った感触があった。
――カチッ。
遠くで、なにかのリレーが切り替わるような音がして、大蛇ロボットの眼が一瞬だけ明滅した。
命令が上書きされたのだ。
『5分間、静止せよ』
とぐろを巻いていた鋼の巨体が、金属音をひとつ鳴らし、その場でぴたりと動かなくなった。
「……な、なんだよ今の!」
思わずイチヒが叫ぶ。
「バグらせ成功ー!」
リリーゴールドはいたずらっぽくウインクした。
「今のうちに通っちゃおー!」
リリーゴールドが砂丘の斜面を勢いよく滑り落ちていく。
イチヒは大蛇が今にもリリーゴールドを襲うのではないかと、反射でぎゅっと目を瞑ってしまった。
「イチヒー! 5分しかないの! 早くー!」
下からリリーゴールドの声がする。
「え……?! なんで無事なんだよ!!」
理解はできないが、5分しかないなら急ぐしかない。
イチヒもリリーゴールドの真似をして砂丘を滑り落ちて行く。
ドン、と大きな音を立ててイチヒは大蛇のすぐ横に落下した。
「な、寝てるのか……?」
おそるおそる大蛇を覗き込む。
間近で見ると確かに大蛇はロボットらしく、瞳は液晶で出来ていた。
今はその目になんの光も灯っていない。
「ロボットは寝ないよお、止まってるだけー! 走れ走れー!」
リリーゴールドに腕を掴まれて、イチヒは転びそうになりながら全力疾走する。
進むほどに降り始めた雨は、だんだんと酷くなっていく。
砂漠で火照った身体が今度はどんどん冷たくなる。
2人は大蛇ロボットから離れたジャングルの森の中で、息を潜めた。
『な、何が起こったか理解はできんが、ズモルツァンド、ヴェラツカペア、第1障害スポットを通過ァ――!』
ドローンが驚愕しているサルベル教官の声を届ける。
「いや、私も何が起こったか理解できんわ!!」
イチヒがスピーカーの声に乗じて突っ込んだ。
「――だから、ロボットをバグらせたんだってばぁ」
「そのバグ? が何かを聞いてるんだっつの!」
「あ、そゆことね! ママに習ったんだけど――」
リリーゴールドが口を開いた瞬間、ジャングルの外に閃光と悲鳴がほとばしった。
「な、なんだよアレ……!!」
イチヒは大口を開けて、先程まで自分たちがいた砂丘の着地地点を見る。
――大蛇ロボットが、口からレーザービームを出しながら巨体をくねらせ、別のチームを追い回していた。
地面が焦げ付き、黒い煙が上がっている。
他のチームは満身創痍でどうにか走って逃げていた。
――これ、『第1障害スポット』って言ったよな?
1つ目からこんなレベルなのかよ……! 大怪我じゃすまねえぞ……!
「あーあ、『動いたら』ダメなのに……」
隣でリリーゴールドが呟いた。いや、動かなかったら丸焦げだろ?!