13 『灼熱砂漠』には慣れてるもんでね
「ではこれより、複合環境障害突破訓練を開始する! 二人一組を組み所定の位置へつけ!」
サルベル教官の声が、イチヒたち訓練兵の和んだ空気を割った。
一気に緊張が走る。
イチヒたちは、教官とその補助役の軍人たちめがけて走り出す。その足元には、自動プラズマ小銃が1列に並べてあった。
イチヒのパートナーは、もちろんリリーゴールドだ。リリーゴールドに視線をやると、彼女はいつもの様に楽しそうに笑って頷く。
――お前いつも緊張感ないな……
イチヒはちょっと呆れて肩を竦めた。
でもお陰で緊張がほぐれた。深呼吸すると、気を引き締めてリリーゴールドの隣に立つ。
訓練兵たちも各々二人一組を作ると、イチヒたちの横に並んでいく。
サルベル教官は仁王立ちして腕組をすると、訓練兵たちを見回し大きく頷いた。
たてがみのような髪がふわりと揺れた。
「今回の複合環境障害突破訓練では、ドーム内10kmのコースを二人一組で走り抜けてもらう。
コース内の各チェックポイントには障害が点在する。これらを2人で全て切り抜けるように」
サルベル教官の説明と共に、脇に控える軍人たちが端末を操作すると空中に立体ホログラムが起動した。
ホログラムは青白い光を放ちながら立ち上がり、ドーム内の地形がググッとズームインされる。
コースは赤くくねりながら進み、所々に『!』マークが点滅している。
ここが点在する障害ポイントだろう。
ホログラムは立体地図としてコースの起伏を映し出す。
まず最初に現れるのは蜃気楼の揺らめく『灼熱砂漠エリア』。
砂漠を抜けると雨の降る『熱帯雨林エリア』を通り、もやのかかる『ガスエリア』へと続く。
最後は宇宙空間に似た漆黒の『極寒無重力エリア』が広がり、その先にゴールマークが記されていた。
「こちらは行軍訓練を兼ねている。各自、自動プラズマ小銃を抱えての訓練とする!」
訓練に使われる自動プラズマ小銃はプラズマ銃弾こそ入っていないが本物で、4kgある。
最初は重く感じない4kgも、何時間も抱えていると耐え難い重さに変わっていく。
イチヒたちは一斉に、足元の自動プラズマ小銃を胸元に抱えて直立不動の姿勢をとった。
「今回のコースは3時間での完走を想定している。道中の障害ポイント突破の様子は、10機のドローンによって全てモニタリングされる」
「複合環境障害突破訓練、用意!」
「はじめ!」
教官の号令で、イチヒとリリーゴールドも周りの訓練兵に混じって走り出す。
視界が開けると、いきなりひどい砂嵐に見舞われた。
「うぷ……っ砂が!!」
隣でリリーゴールドが砂嵐に巻き上げられながら声を上げる。
「上向くな! 踏ん張れ!」
イチヒは叫ぶと、腕の端末を操作する。
手早く重力場をスキャンすると、イチヒの体は嵐に負けない重さへ変わった。背が高く、風圧に負けてしまうリリーゴールドの前に出る。
「私を掴め、リリー!」
「うぅ、前が見えない……」
リリーゴールドがわさわさと手を動かして、イチヒの金属の髪を探しあてた。
「いってぇ!! そこは頭だ! 肩掴め、肩!!」
イチヒは頭を思い切り掴まれ、
後ろにいるリリーゴールドに吠えた。
まだまだ余裕がある。
――砂嵐なら、地球で散々体感してんだよ!
イチヒはキッと前を見据えた。
生まれ故郷の地球は、大気汚染が進み地表はほとんど砂漠化していたのだ。
子供の頃から、砂嵐に離れている。
イチヒは体勢を低く保ちながら、キョロキョロとあたりを見回した。
……クソ……! 岩陰もねぇのかよ!
砂嵐に遭遇した時は、砂の直撃から身を守るために物陰に隠れるのが鉄則だ。
だが、ここにはイチヒ以外に強固なものは何も無い!
私がリリーを守るしかない。
口元に手を当てながらリリーゴールドに話しかける。
「リリー、動くな。口閉じてやり過ごせ!」
「ん、ん!!」
イチヒは意図して呼吸をやめた。
金属星人は酸素がなくても暫く活動できる。
だが、リリーゴールドが無酸素でどれくらい活動できるのか、イチヒは知らなかった。
砂嵐が止むまで、むやみに動いてはならない。
体力を温存して砂漠を超えるためだ。
――早く、早く止んでくれ……!
イチヒは祈るような気持ちで目を細める。
ゴーグルもマスクもない環境で砂漠に突っ込むなんて正気じゃない。
だが、だからこそ訓練になり得るのだろう。
一緒に走っていたはずの同級生たちは無事だろうか? イチヒの見える範囲にはもう人影はなかった。
――どれくらいの時間が経ったのか、砂嵐は徐々に勢いを失っていく。
イチヒは慎重に目を開ける。
空気中の砂が落ち着くのをじっと待って、見通しを確認する。
砂丘の向こうに、大きな点滅する『!』マークが浮いているのがかろうじて見えた。
あれが、今回の訓練ルートの道標になる。
「リリー、砂嵐が止んだ。もう喋っていいぞ」
「ぷは! 口が砂漠……! 美味しくない!!」
「砂漠にはいる時は今度から口閉じとけ……」
イチヒはすり足で歩き始める。
砂漠ではできる限り足をあげない方が良い。
「リリー、すり足で歩くぞ。さっきの砂嵐で何が埋もれてるか分からん」
「わかった!」
2人はゆっくりと歩き始める。
ドームの擬似空は雲ひとつない快晴で、ジリジリと日差しが2人を灼く。
宇宙空間対応の戦闘服を着ていても、その暑さは2人の体力をどんどん奪う。
イチヒは注意深く砂丘の向こうにチラつく『!』マークを見ながら、砂丘の近くまで来た。
「これ登ったら次のエリアー?」
リリーゴールドが後ろからひょこっと顔を出す。
「そのはずだが……」
――これは登らせるつもりなのか?
イチヒは口に手を当てて考える。
本来、迂回できるなら砂漠の砂丘は登らない方が良い。足を取られる危険もあるし、景色がどこも似ていて方向を見失いやすいからだ。
しかし、今回は人口砂漠。
この砂丘が次の熱帯雨林エリアとの境界なら、迂回できる平坦なルートが人工壁などで塞がれている可能性もある。
そして、砂丘のすぐ先に見える『!』マークがさらにイチヒの不安を煽る。
――一体、何が出てくるんだ……?
胸元に抱えていた自動プラズマ小銃をぎゅっと握り直した。
「……行くしかないか」
「砂飽きたよおー、早く行こう」
焦れるリリーゴールドを宥めながら、イチヒは砂丘を登り始めた。