112 お守りの『手榴弾ピアス』
時間が経つのはあっという間で、そしてついに、明日は卒業式。
イチヒとリリーゴールドは、お互いに1年半過ごした学生寮の片付けをしていた。
「……なんかあっという間だったね、イチヒ」
「そうだなあ。まぁ、ここ最近はアストライオスにいたから実際この部屋に帰ってなかったしな」
イチヒはぎゅうぎゅうに荷物を詰めたトランクに乗りながら、無理やりチャックを閉める。
リリーゴールドはさっさと片付けを終えて、イチヒの個室のベッドの上で縮こまって体育座りしていた。
「あたし、イチヒが同室でよかったなあ」
「……おう」
イチヒはちょっと照れくさい気分で、ぶっきらぼうに答えた。
……まぁ、あのクソ理事長に利用されての同室だったけど、私もリリーに出会えて、同室でよかった。
口には、出さないけどな!
1年半前、初めてリリーゴールドと一緒にこの部屋に入ったことを思い出す。
そういや、天井がちいちゃすぎる! って騒いでたっけな。初めて見た時は、リリーのあまりのデカさにびっくりしたっけ。
なんだかんだ、もうこのサイズにも慣れたけど。
リリーゴールドは300cmもあるのである。イチヒはなんだか懐かしくて、ひとりでふふっと笑う。
そんなことを考えていると、後ろからリリーゴールドにとんとん、と肩を叩かれた。
「ん?」
なんだ、と首だけ捻ってリリーゴールドを振り向く。
「あのね、卒業祝い!」
リリーゴールドは、なんだか楽しそうに微笑んでイチヒに小包を差し出してきた。それを見たイチヒは、パッと体ごとリリーゴールドに向き直る。
「えっ、卒業祝い?! 悪い、私は何にも用意してねえ……」
「いーの、いーの! あたしがあげたいだけだから!」
リリーゴールドはニコニコとしながら、イチヒにその小包を押し付けてくる。イチヒはその勢いに負けて、そっとそれを受け取った。
「開けてもいいか?」
「もちろんー! すぐ見て、すぐー!」
リリーゴールドは、相変わらず子供みたいだ。いつも全力で、楽しげで。
そんなリリーゴールドを眩しく思いながら、イチヒは小包にかかったオレンジ色のリボンを解く。
中にあったのは、白い小さなアクセサリーBOX。
ぱか、と開くとそこにはピアスがちょこんと乗っていた。
水色の雫型の、小ぶりなピアス。
透き通った姿は、宝石のようにも金属のようにも輝くが、時折呼吸するように虹色の光を発していた。
――まるで、『魔法』みたいに。
「ありがとう……! 綺麗だ……なぁ、これって」
「えへへ、多分正解! 4次元の『魔法』で作ったんだあ。きっと、オレンジの髪に似合うと思って」
イチヒは、ピアスを手に取って光にかざす。
キラキラと瞬く水色が、リリーゴールドのまとう青い炎を彷彿とさせる。
イチヒは、そっとピアスを耳につけた。
オレンジ色のショートカットの、メタリックな巻き毛の間で、水色の雫がゆらゆらと輝く。
「……どうだ?」
イチヒはちょっと気恥ずかしく思いながら、リリーゴールドを見上げた。
普段アクセサリーを付ける習慣なんてない。
慣れない重みが耳たぶを揺らす。
するとリリーゴールドは、身を乗り出して手放しに褒めてくれる。
「すっごくかわいい!! やっぱり、オレンジと水色はすごく似合う!!」
「……おう。ありがとな」
称賛の全力っぷりに、なんだかちょっと照れてしまう。ぱっと顔を背けると、耳元でピアスが揺れた感覚がした。
すると、リリーゴールドは得意げに胸を張って話し始める。
「ママみたいに、すごい『魔法』は込められなかったけど……投げつけたら、そのピアスからあたしの炎が出るんだあ」
「いや、この感じでコイツ手榴弾なのかよ?! もっと、なんかお守りみたいな感じなのかと思ってたわ!!」
「えへへ、いざって時に燃やしてね!」
「……勿体ねえわ! いざってときが来ないように祈っとくよ」
その正体は、まさかの物理的武器だった。
でも、その直球さがリリーらしい。
リリーなりに、私を守ろうって考えてくれたのか。
……この分だと、『水色』にも深い意味は無いんだろうな。
イチヒは笑う。
リリーゴールドに、自分の炎の色を相手にまとわせるなんて高度な独占欲があるわけない。本当に、単純にオレンジなら水色! って考えたんだろう。
「……大事にするよ」
イチヒは、指先でそっと耳元のピアスに触れる。ピアスは、宝石のようにひんやりとしていた。
「うん!!」
リリーゴールドの金色の瞳が、嬉しそうに瞬く。
イチヒは、リリーゴールドに渡すお返しは何がいいだろうか、と考えながらその笑顔を見つめていた。