111 イチヒだけが『太陽』の隣に並べる
久しぶりに学校に戻ったイチヒたちを、たてがみみたいな頭のサルベル教官が出迎えてくれた。
ほんの半年前までは毎日彼の地獄の筋トレを受けていたのに、なんだかすごく昔のことのように感じる。
「今回は大変な目にあったな……
指導教官として――理事長の横暴に気付けず、申し訳なかった」
頭を下げた彼のたてがみも、今日は心なしかしぼんで見える。
そのあと話してくれたのだが、あのガイウス理事長に代替わりしてから、学生を対象に銀葬先鋒隊の選抜試験を課すようになったのだという。
サルベル教官は、入学したての学生から選抜するのは反対だったのだが、理事長に反対できる立場になかったのだと言って、それも詫びてくれた。
理事長は、たまたま今回はイチヒとリリーゴールドに目をつけたが、今までも自分の手駒になるような優秀な『兵器』を探していたんだろう。
――もしかすると、この宇宙のあちこちに彼の支配から逃れて安堵してる先輩がいるのかもな。
イチヒはそんなことを考えた。
「――やっぱり、あのニュースがあってから退学した人が多かったんですか?
ぼくの同室だった彼も、あの日から来てないと聞きました」
サフィールがまわりを見回してから、そう問いかけた。
3人が学校に帰ってきてすぐに気づいたことだ。あんなに生徒でごったがえしていた校内は、今は嘘みたいにしんとしている。
「残念ながらそうだ……
養成学校は、しばらくは厳しい立場になる」
サルベル教官は、しおれた声で言う。
かつての授業での怒号のような声量は今の彼にはなかった。
「――上から聞いている。君たちもしばらくは銀葬先鋒隊の任務から外れて、学生生活に戻るのであろう?
残っている生徒たちで、引き続き訓練は行われる。卒業まであと数ヶ月だが、よろしく頼む」
元帥からの命令で、イチヒたちアストライオス部隊はズァフ=アルク銀河の、魔女オーパーツ回収及び支配権獲得任務は凍結となっていた。
惑星安全安定化作戦の方は継続らしいが、ニュースにものぼらなくなったので詳しくは分からない。
――それからの数ヶ月、イチヒたちは久しぶりの学生生活を満喫していた。
本来のカリキュラムどおり、訓練と並行して就職活動や受験活動が行われる。イチヒたちは、既に正式配属の身のため就活は必要ないのだが。
「――ねぇ、イチヒは上級士官学校へ進むの?」
食堂でラーメンをすするリリーゴールドに問われる。
イチヒは口に入っていたステーキを飲み込んでから、うーんと悩んでみせた。
「前は進むつもりだったよ。でもなあ、もう“中尉”を貰ってるし、リリーの副官だしなあ。
まあ、士官学校でしか学べないこともあると思うけど」
イチヒたちのいる、『宇宙軍養成学校』は1年半のカリキュラムで、本来はその上の『上級士官学校』1年半を追加して、合計3年で成り立っている。
基本的に士官候補生として3年間を過ごすのだが、イチヒたちのように学生時代にスカウトにあってそのまま軍入りする場合もあれば、士官を目指すのをやめ、養成学校卒業後軍曹として現場に出る場合もある。
イチヒたちは特例で、階級付きで銀葬先鋒隊に正式配属されていた。
まあこの歪なスカウトシステムも、あの理事長がいなくなった今後はなくなるのだろう。
「リリーはどうするんだ?」
「んー、あたしはこのままアストライオスに乗ろうと思ってるよ! セトやネフェルスもいるし」
「……とか言って、本当はもう勉強がいやなんだろ?」
「――バレた?」
リリーゴールドはてへ、と笑って首を傾げた。
リリーは、入学したてからずっと勉強を嫌がってたからな。……なのにこいつ、記憶力がバカ良いからテストの点はいいんだよな、解せねえ。
イチヒは苦笑する。
たぶん、4次元技術を使うのに演算とかってやつをしこたまやってるから、私たちなんかよりよほど出来のいい脳みそなんだろう。
「――ねぇ、イチヒがもしよかったら。
これからもあたしの副官として一緒にアストライオスに乗って欲しいな!」
「ははっ、お前に人事権はないだろ!
私が進学しなくても、リリーの副官でい続けられるとは限らないんだぞ?
……でも、その話乗った!」
イチヒの言葉に、リリーゴールドは目を輝かせた。
「きっと、ずっとイチヒがあたしのバディだよ!
だって、『魔女の娘』を対等に扱ってくれるなんて、きっとイチヒにしか無理だもん!
だってあたし、放射能でちゃうし。燃えちゃうし。
でも、タングステンなら燃え尽きたりしないでしょ? 言ってたもんね、『焦げもしない』って!」
そう言ってリリーゴールドは目を細めた。
「……ソレ、私があの時の訓練で言ったセリフかよ。
ほんと、お前は記憶力だけはいいよな」
イチヒは笑う。でも、何でも覚えているリリーゴールドの記憶力が嬉しかった。
このセリフは、複合環境障害突破訓練で、ドローンとガスで見た、自分の炎がイチヒを燃やしてしまう幻覚に怯えていたリリーに言ったものだ。
『リリーは絶対に私を燃やさない。お前は力をコントロールできる。
それに、タングステンを舐めてもらっちゃ困るな。普段の炎なら焦げもしないね』
イチヒは肩をすくめる。
「これからもずっと一緒だ。
――よろしくな、相棒!」