109 絶対に守る。何があっても、君だけは
イチヒの目には、全てがスローモーションに映っていた。
迫り来る理事長の機体を、軽く見切って上空へ立体回避する。打ち出されるミサイルも、拡張した痛覚はなんのサインも寄越さない。
――無意識に伸ばした“手”が、ミサイルを払い落としていた。
イチヒの乗っていたガーディアンロボットは、いつの間にか形態を戦闘機から変え、巨大なガーディアンロボットの姿に戻っていたのだ。
完全武装した白銀の躯体は、巨大な騎士の姿をしている。
ふわり、と跳躍した。
無重力が、イチヒの足取りをどこまでも軽くする。
生身のままでも常に重たい質量に慣れていたイチヒのタングステンの身体は、巨大なガーディアンロボットを恐ろしく俊敏に操った。
そしてそのまま、飛び込んできた理事長の機体を片手で捕縛する。飛び回る虫をひょい、と捕まえるかのように。
軽く力を込めれば、戦闘機は飴細工のようにめしゃりと潰れていく。
『……やめろ……!! やめてくれ……!!』
理事長の裏返った声がして、イチヒは指をとめた。
――元より、殺す気は無い。
こいつには……きちんとみんなの前で、断罪されてもらわなきゃならないからな。
その数分後、理事長はリリーゴールドの『重力魔法』で地面に這いつくばっていた。立ち上がることさえできない透明な重さが、彼を潰れたカエルみたいに地面に縫い止めている。
空母アストライオスのロビーで、全員に見守られながら、理事長は屈辱に顔を歪めていた。
ここには、彼があんなに欲しがった魔法が溢れていた。
重力で潰れた顔で、理事長は目だけ動かしている。
彼の目線は、ふよふよと浮かぶクリスタルスカルのセト、真っ白なリリーゴールド、同じく真っ白なネフェルスとマエステヴォーレを順番に拾っていく。
理事長は、リリーゴールド以外の存在を知らないはずだが、見るからに異質な彼らを見て何か感じ取ったようだった。
そして、今いる空母アストライオス。
あんなに欲しかった『魔法』は、彼に牙をむいた。
AIマミィの中継を聞いて即座に、元帥から連絡が入っていた。
間もなく彼を断罪するための“処刑人”たちが、彼を迎えに来る。
「あたしは、あんたの兵器にはならない」
リリーゴールドが、その巨大な身長で床の理事長を見下ろした。神々しいまでの白い髪は、今も淡く発光し続けている。
そこへ、イチヒの父ギィが現れてリリーゴールドの隣に腕組みして立つ。
理事長が目を見開いた。
「な……なぜ、お前……がここに!!」
「――人質は、人を選んだ方がいいぜ」
ギィは憐れむような目を向けると、それだけ言って離れていく。その後ろを、彼女の妻サナエが追っていった。
理事長は、憎しみと悔しさに顔を歪ませる。
相手の方が、上手だったのだ。
あれだけ検問を引いても見つからなかった、イチヒの両親は――すでにイチヒとリリーゴールドと共にいた。
支配したつもりのイチヒも、人質にとったつもりのイチヒの家族も、全て思い通りになどなっていなかった。
「あんたは――馬鹿にしていた“絆”に負けたんだ」
理事長が最後に聞いたのは、イチヒのその静かな言葉だった。
――ほどなくして、理事長の身柄は倫理監査局を引き連れた元帥の手に引き渡された。
元帥は、あれが父親だからといって容赦はしないと言い残し、リリーゴールドの身を案じた。
そして、最高司令官でありながら、若く未来ある兵士たちを守れなかったことを詫びると、倫理監査局部隊員と共に宇宙船へと戻っていった。
猿轡のような口を覆う機械をはめられた理事長は、目元にさらに深いシワを刻んで、イチヒたちを睨みつけながら、引きずられて扉の向こうへ消えた。
《――ねぇ、イチヒ。本当に……『元帥は味方』だと思う? 理事長の仲間じゃなかったのかな?》
イチヒの頭に、リリーゴールドの脳波通信が届く。
イチヒは、それを聞いて腕を組んで考える。
……絶対グルだと踏んでたけどな。リリーにアストライオスに乗るよう命じたのは、理事長だけじゃなく元帥もだっただろ。
だが――理事長とは別の意図でリリーを狙ってるのかもしれない。
「イチヒ! よくやったな」
「偉いわ、あなたがリリーちゃんを守り抜いたのよ」
思案に沈みそうになったイチヒを、彼女の両親が現実に引き戻した。2人に抱きしめられ、わしわしと金属の髪を撫でられる。
「父さん、母さん……!」
マエステヴォーレも、そのシワシワで小さい手でイチヒの両手をギュッと包み込んでくれる。
「イチヒ嬢――辛かったのう、よく耐えた」
みんなに囲まれるイチヒに、リリーゴールドが上からそっと近付く。
「えへへ、ありがとう、イチヒ。
イチヒはやっぱり、
――ずっと、あたしの“ヒーロー”だね!」