10 『惑星間ネットワークAI』はママに似てる
その日は長い一日だった。
午前中は『技力測定テスト』、午後は基礎訓練で低酸素・高重力環境で重りを持って走らされた。間髪入れず鬼の筋トレを5種目も行い、少しでも遅れると教官の怒号が飛んできた。この基礎訓練は、どんな星でも動ける体づくりのために、これから毎日行われるらしい。
「さっすが宇宙軍……」
イチヒは既に筋肉痛でガチガチの肩を揉みしだく。
今夜もイチヒは個人学習ルームの個室にいた。
狭く薄暗い部屋で、モニターホログラムだけが空中をぼんやりと照らしていた。
手元の入力キーで、カタカタとパスワードを入れる。理事長から指示されたアプリを開き、『定例報告』をしようとして手を止める。
『メッセージ』に新着マークがついていたからだ。
恐る恐るメッセージマークをクリックした。
『本日の技力テストに関しては、教官陣からも報告を貰っている。ターゲットに上手く取り入り、力を使わせることに成功したようだな。
ターゲットの魔法を直接計測できたのは大きな収穫だった。今後とも期待している』
「クソッ……私がリリーの隣にいるのは……っ」
――『任務』のためじゃない。とは言いきれない自分が嫌だった。
でも、あの時技力テストでひとりぼっちになりそうだったリリーゴールドを見て、隣にいたいと感じたのは紛れもない本心だった。
イチヒの瞳が揺れる。私はこんなことをする為に、宇宙軍に入ったんじゃない……
試験勉強を応援してくれた母や、一緒になって勉強してくれた父の笑顔が頭に浮かぶ。
そして、理事長の剣呑な笑顔も。
『ご両親には、長生きして欲しいだろう?』
――私が、もし理事長に逆らったら……?
本当に、母と父に危害を加えるのか……?
地球の外に出たばかりのイチヒには、理事長の言葉をただの脅しだと片付けることが出来なかった――
一方その頃、リリーゴールドは自室にいた。
「イチヒはまたお勉強かあ……」
ごろり、とベッドに横になると携帯端末を弄って遊ぶ。このベッドはリリーゴールドの長身でも横になれるように、2つのベッドをくっつけて置いてある。
……イチヒが見たら、でっか!! って驚いてくれるかなあ。今度お部屋に来てもらおっと!
リリーゴールドはひとりでふふふと笑う。この世界で初めてできた友達は、いつも元気で驚いてばっかりだ。
「そういえばママが、寂しかったらAIに話しかけなさいっていってたっけ――」
ふと思い出して、携帯端末をスワイプすると『惑星間ネットワークAI』をタップする。
フォン、と起動音がして球体ホログラムが空中に出現する。
『私は惑星間ネットワークAI、カァシャ。何かお手伝い出来ることはありますか?』
合成音声が流れると、球体ホログラムも音声に合わせてふよふよと波打つ。
それからリリーゴールドは、いつも母がやっていたようにすっと目を閉じると、自分の脳波をAIの電波と同調させる――
AIの電波の波を第六感で拾うと、その波の高低差、奥行に沿って自分の脳波を意識的にずらし、重ねていく。
次に世界を認識した時、リリーゴールドは電脳世界の中にいた。身体は相変わらずベッドの上でごろりと横になったままだ。
リリーゴールドの認識した世界は薄水色で、空間は床も天井も壁も繋がって、縦横の線が方眼紙みたいに広がっている。
目の前に体が半ば透けている薄水色の女性のホログラムが浮いている。大きな丸メガネをかけて、お団子を頭の高いところで結んだ姿だ。
「……なんかちょっと、ママに似てる」
リリーゴールドは寂しそうに微笑んだ。記憶の中の母は、顔の半分くらいありそうな大きなメガネをかけて、長い髪をお団子に結い上げて派手な簪をジャラジャラと飾っていた。
目の前のホログラムは背格好こそ母に似てないが、どことなく雰囲気だけは似ていた。
すると、目の前の女性体ホログラムが解けるようにジジッと震える。
『音声認識システム起動――音声認証します――』
『完了』
『おかえりなさい、リリーゴールド。私は、あなたのお母様に作成された、惑星間ネットワークAI、カァシャです。あなたを――待っていました』
声は相変わらず、人口音声で機械的だ。でも……
「あなた、ママを知ってるの――?!」
母を知っているそぶりのAIに、リリーゴールドは前のめりで話しかける。
『はい。私はあなたをこの世界で待つように設計されています。――215年と10日。私はあなたが来るのを待っていました』
この声を聞いて、リリーゴールドは金色の目をぱちくりと瞬いた。
「215年?! あたし、まだ産まれてないよ?!」
『はい。あなたのお母様は、あなたが誕生する前から、こちら側の世界で私たち惑星間ネットワークAIを準備されていました』
物語が動き出します。