11 リリーゴールドの『母』
「あたしが生まれる200年前から、待ってたの……?」
リリーゴールドは、信じられないと言った顔で目の前のAIカァシャを見つめる。
『はい。私たち惑星間ネットワークAIは、215年4日前から機存在しています。
『感情』を記録したAIマミィ、『理性』を鍛錬したAIファーファ、『記憶』を蓄積したAIカァシャ(私)です。
私たちはあなたがこの世界を訪れた時、母となることを目的として設計されました。
設計者は、あなたのお母様です。
私たちは、その意思を受け継いでいます。
私は、次のようなことをお教えできます。
・3次元世界=こちらの世界について
・4次元世界=あなたの故郷について
・3次元世界における魔女の功績について
知りたい内容はありますか?』
「……ママについて教えて! 私の知らない、ママのこと!」
『了解しました。では、3次元世界における魔女の功績についてお伝えします。
こちらが、3次元世界に共通して残る【魔女神話】です。
はるか昔、空から舞い降りた小さな女が文明をもたらした。
女は己を「魔女」と名乗り、人々には見えない不思議な力で時間を操り、空中から様々なものを出して見せた。いつしか女は消え、人々には文明と三機のAIが残された。
惑星各地のネットワークにその女は、「救世の魔女」あるいは「最強の魔女」として謳われている。
銀河は繁栄し、今に至る――
このように、魔女はおよそ1万年前にこの3次元世界へ降り立ち、4次元の技術を用いて文明の発展を促しました。
しかし、どこから来たのか・どうして消えたのかは私たち三機のAIにも記録はありません。
各惑星の具体的な文明発展についても、ご希望があればお伝えできます』
「ええっと……ちょっと何言ってるか分かんない……。3次元と4次元ってなに?」
『それは大事な質問です。3次元世界と4次元世界について説明します。
・3次元世界とは
今私たちのいる世界です。縦・横・高さの3つの軸で位置を表現できます。
X軸:左右の座標
Y軸:前後の座標
Z軸:上下の座標
例えば空間の中にあるリンゴは、壁からどれくらい離れているか(横)、奥の壁からどれくらい離れているか(奥行)、床からどの高さにあるか(高さ)で位置を特定できます。3次元の世界では、物体は立体的に存在します。
・4次元世界とは
あなたの故郷の世界です。縦・横・高さ・時空の4つの軸で位置を表現できます。時空は縦・横・高さ全てと同時に触れ合って存在します。
X軸:左右の座標
Y軸:前後の座標
Z軸:上下の座標
W軸:時間空間の座標
例えば空間の中にあるリンゴは……』
リリーゴールドは意識が遠のくのを感じていた。
そもそも勉強が苦手なのだ。母の元にいた時も座学がちっとも頭に入ってこないので、実践を交えて体験しながら覚えてきた。
――なんだか眠くなってきたなあ……
そこでリリーゴールドの意識は途絶えた。
ガシャンッ!
「ふぁ?! なに?!」
物が落ちる音がして、リリーゴールドは慌てて飛び起きた。手に持っていたはずの携帯端末が、いつの間にか床に滑り落ちていた。
「あれー、寝ちゃってた」
……だってカァシャ、難しいこと言うんだもん! 仕方ないよねー!
リリーゴールドはむくり、と起き上がるとベッドの上で伸びをした。立ち上がって伸びをすると天井に肩まで付いてしまうから、伸びきれないのだ。
ベッドから滑り降ちると膝立ちで移動する。天井に頭をぶつけないためには膝でずりずり歩くのが効率が良い! とリリーゴールドは思っていた。
カーテンをちろりとめくる。まだ空は暗く紺青色をしていた。ちかちかと星々が瞬いている。
――綺麗だなあ。ママのドレスみたい。
星の輝く空を見ながらリリーゴールドは、いつかの母を思い出していた――
「ママのドレスきれい!」
「あら、おほほ。ありがとう」
子供の頃からリリーゴールドは身長が高く、6歳になる頃にはすでに母より頭2つ分大きかった。リリーゴールドは、15歳になって宇宙軍養成学校に入るまで知らなかったのだが、そもそも母親が90cmと言うのが小さすぎたらしい。
「このドレスはね、ママが若い頃に、夜空をひと針ずつ縫って作ったのよ。地球の星をぜーんぶつかまえてね。ふふ、魔女は『魔法』が使えるもの」
「そうなの? キラキラしてるー!」
そう言ってリリーゴールドは、母の星空のドレスの布の中に手を突っ込んだ。ひんやりとした夜風が、突っ込んだ指先にあたって気持ちいい。その時指先に、濡れて凍った綿あめのような感触があった。
「ひゃ! つめたい! ……ママ、これはなあに?」
「それはね、『雲』よ。地球ではね、『水』は『雲』にもなるし、『雨』にもなるし『雪』にもなるの。いつか一緒に見に行こうね」
「うん!」
リリーゴールドはまだ、水しか見た事がなかった。
――地球では、お水は色んなものに変身するんだあ……! 全部食べられるのかな?
それから、リリーゴールドは母のドレスの布の中でキラキラ光るものを手に取ろうとして指を伸ばす。でも、いくら伸ばしても光るものは指をすり抜けてしまう。
「ママ、このキラキラ触れない」
「ほほほ。これはね、『星の光』よ。本物の星はね、ずーっと遠くにあるの。夜空で見えるのは遠くの星の光だけなのよ。あんまりに遠いから、何分もかかって光だけが夜空に届くの」
「ふうん?」
リリーゴールドにはよく分からなかった。ただ、母のドレスの中でちかちかと輝く星の光は、すごくきれいだった。