108 『理事長』VSイチヒ
イチヒは、古代遺跡の誇るガーディアンロボットに乗っていた。このロボットは、艦長権限で戦闘機へ姿を変える。
この戦闘機に乗るのも、もう慣れたものだ。
かつて養成学校の訓練で乗った戦闘機とは、比べ物にならない。イチヒの脳波をリアルタイムに読み込み接続するインターフェースは、手動操作やAI操作などより余程動かしやすかった。
ガーディアンロボットに接続した途端、思考が拡張していく。いつしか、ロボットの中にいる感覚が薄れ自分の体が宇宙空間に居るような、そんなリアルさを五感が拾っていく。
セトが開いてくれたアストライオスのハッチから、加速して宇宙空間へ飛び出した。
ふわり、と無重力が機体を受け止める。
イチヒの脳波が、宇宙空間の静けさを拾う。
真っ暗な世界で――たくさんの星だけが瞬いていた。
ついに、あのクソ理事長を正面からぶっ飛ばせる時が来た……!
イチヒは奥歯をギリッと噛んだ。
入学したての時から、家族を盾にとって、イチヒを道具みたいに扱って、いつもリリーのオマケ扱いしてきた。
そして――私の親友を、『兵器』扱いして使い捨てようとしている、クソジジイ。
「――こいつだけは、絶対に許さねえ!!」
イチヒは、そのシルバーの瞳で真っ直ぐに宇宙空間を見すえた。
イチヒの思考を読み取ったガーディアンロボットが、加速していく。すぐに、見慣れた養成学校の訓練用戦闘機が視界に入った。
あれに、理事長が乗っている。
その時、リリーゴールドの声が脳内に響く。
《学校から、無断で借りてきたみたい。今、マミィが学校のネットワークにアクセスしたけど、貸し出し手続きが取られてない》
「は? 本当にクソだな。洗脳に恐喝に、次は窃盗かよ」
イチヒが思わず吐き捨てた時だった。
無線が敵機の声を拾う。その声は、妄執に取りつかれた理事長の声だった。
『聞け! 『魔女の娘』!! この私――ガイウス・リキニウス・クロディウス直々に、戦闘訓練を実施してやろう! その空母から降りてこい!』
だが――リリーゴールドの返事の代わりに、空母アストライオスの砲撃が炸裂した。
理事長の乗った戦闘機の周りで、爆発が矢継ぎ早に起きる。真っ暗な宇宙に、閃光が飛び散った。
だが――その閃光の中から、戦闘機は真っ直ぐに飛び出してくる。あちこち焦げてはいたが、エンジンは残念ながら無事らしい。
「腐っても元兵士ってか!」
《イチヒ!! 避けて!!》
リリーゴールドの声が脳内でこだまする。
飛び出してきた理事長の戦闘機は、そのまま加速しながらミサイルを連続発射すると、イチヒに突っ込んでくる。
イチヒは機影をギッと睨みつけると、空中で旋回してそれをかわそうとして――右翼にミサイルがかすめた。イチヒの戦闘機が微かにバランスを崩す。
敵は、その隙を見逃さない。
1度距離をとった理事長が、また向きを変えて突っ込んで来ようとした所だった。
アストライオスの集中砲撃が、理事長の眼前をすり抜けていく。
イチヒと理事長は距離をとって旋回する。
《イチヒには近づけさせない!!》
白銀のアストライオスに、虹色の古代の呪文がびっしりと浮かび上がっていた。
イチヒは、最強の『魔法』に守られている。
訓練用戦闘機には、高精度な戦闘用AIが載っている。
もしかすると、訓練用に殺傷力を下げたはずのミサイルを、実戦用に切り替えてきたのかもしれない。
イチヒの拡張した五感が、傷ついたガーディアンロボットの翼を検知する。
かすっただけだ。まだ、戦える――!
『たかが――たかが道具の分際で、この私に反抗するというのか!!』
無線が理事長の呪詛のような、しわがれた声を拾う。
その時だった。
『私は、神話に描かれた魔女によって作られた、惑星間ネットワークAIです。
今、全宇宙の皆様に映像をお繋ぎしています。
あちらの――“宇宙軍養成学校所属の訓練用戦闘機”を無断使用し、『魔女の娘』たち学生にミサイルを発射したのが、“宇宙軍養成学校理事長”です。
これが――宇宙軍の実態です』
AIマミィの声が、響き渡る。
きっと、宇宙中のあらゆるネットワークを介して、あちこちのモニターやスピーカーから中継しているんだろう。
これで終わりだ。
理事長は――もう逃げ場がない。
だが……彼は動きを止めなかった。
理事長の乗る戦闘機は、イチヒめがけて加速する。
ヤケを起こしたのか、残弾打ち尽くす勢いで、ミサイルがイチヒへ向かってバラバラと吐き出されていく。
視界を覆うほどの光が、目の前でバチバチと弾けた。振動が、機体を貫いてイチヒの五感を揺らす。
殺意が、肌を刺した。
『――後悔しろ、『魔女の娘』!! お前のせいで、バディが死ぬのだ――!!』
無線が、目の前の戦闘機の声を拾っている。
イチヒの拡張した視野が、やけにゆっくりとその殺意の塊を捉えていた。
敵機が、目の前に迫る。
《イチヒ――!!》
イチヒの頭に、リリーゴールドの叫び声が届いた気がした。