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106 『理事長』の失墜と、宇宙征服

「なぜまだ見つからんのだ……! たかが行商船1艘が!!」


 理事長は奥歯を噛み締める。

 ツテを使ってあちこちの部署に連絡し、宇宙港で一斉検問を敷いた。しかし、一向に行商船ハルサメは見つからない。

 行商に出るエリアは、宇宙軍支配域に限られるはずだというのに。


「……どいつもこいつも使えんな」


 理事長の持つツテ――それは、養成学校在学時代に、イチヒにしたように何かと呼び出しては目をかけてやり、卒業後も使える駒として連絡をさせている卒業生たちだった。彼らは、今や様々な部署で士官として勤務している。


 理事長の権限では、軍が許可を出している行商船の個人情報にはアクセス出来ない。

 今回だって、治安維持強化を理由にして卒業生たちが動いてくれてやっと実現した一斉検問である。


 それに、地球駐屯地にも問題がある。

 そもそも辺境の地球駐屯地などに配属されるような無能は、彼の手駒にはいない。だが、太陽系を管轄する責任者ならばツテがあった。

 しかし、その責任者の彼から告げられたのは、イチヒの母であるヴェラツカ社長がレタス缶詰会社を売却し、何処かに姿をくらませたという話だった。

 特定の個人をこれ以上監視することは、管轄責任者の彼にも出来ない。

 イチヒの母親に関しては、もう打つ手がなかった。

  


 これ以上は、元帥(息子)に頼む他ない。理事長は重い腰をあげると、惑星間通信に手を伸ばした。



『おや、珍しいですね。父上から連絡とは』


「やむを得ん。お前も見ただろう? あの“AIの暴動”を――我々は、『魔女の娘』を制御する、次なる一手をかけなければならない」


 理事長がそう言った時、画面の向こうで息子が嘲るように笑った。

 いぶかしんだ理事長が、画面に映る元帥を睨みつける。


「……なんだ」

『“我々”? やめてくださいよ、父上』


 そこで、彼はひと呼吸置いた。

 次に、息子の口から紡がれた声は信じられないほど冷たいものだった。


『――これは、貴方が独断で行ったことです』


 制御できると信じきっていた息子からの言葉に、理事長は微かにうろたえの色を見せる。

 だが、努めて冷静に問い返した。


「……何? 我々一族の悲願がかかっているのだぞ? 何を言っている」


『ハッ。……いつまで、“軍の最高責任者”のつもりでいるんですか。

 

 ――“元帥”は私だ』


 モニター越しの、彼の目つきが変わった。彼はもう、私の『息子』として話しているのではない。

『軍の最高責任者』である元帥として、話しているのだ。

 ――この、父親()に向かって。


「……どいつもこいつも、私の役に立たないな」


 理事長の低い呟きは、しかし元帥の言葉に遮られる。


『“我々”宇宙軍本部は、『宇宙軍養成学校』に対し、厳格な粛清を行うことを決定した。

 追って沙汰が下される。貴方は“理事長”として、責任を取る立場にある』


 理事長は苦々しい思いで、元帥を見つめる。

 だが、納得はいっていなかった。


「ふん、なるほど。養成学校を粛清することで、『惑星安全安定化作戦』から目を逸らさせることが目的か。

 なぜ、世論などに左右される!

 所詮、無力な市民だ! また、恐怖で支配してやればよい! 邪魔ならば、殺すだけだ。

 嗚呼、見せしめにあのニュースのインタビューに答えた奴らを、一族諸共殺してやってもいいだろう!」


 元帥は、気が昂っている理事長を、酷く哀れなモノを見る目で見下ろした。


『これだから――過去の人は困る。

 理事長、もう時代は変わろうとしているんですよ。

 武力支配による恐怖政治だけでは、宇宙の統治は出来ない。

 そもそも、『惑星安全安定化作戦』だって難航し始めている。いつまでも宇宙軍だけが最強の存在じゃない』


「だから、我々はさらに強い力――『魔法』を求めたのだッ! もう、手に入るところだったではないか!」


『いい加減にしてください!!』


 元帥の声が、理事長室に響き渡った。スピーカー越しの声が、ガビガビとひび割れて聞こえる。


『――認めてください、父上。


 貴方は、『魔女の娘』を手に入れてなんかない。掌握でき損なったんです』


 それは、息子としての慈悲か。それとも、元帥としての断罪か。だが、どちらでもいい。

 私は、失脚したのだ。

 


『また正式に連絡をします。


 ――下手な気は起こさず、大人しくしていてください。では』


 絶望にうなだれる理事長の頭へ、息子の冷たい声が降った。そこで、惑星間通信は途切れる。


「私は、諦めない――」


 両手の拳を握る。

 強く、机に拳を叩きつけた。


 そして、妙案が彼の頭に浮かぶ――


「そうだ。“理事長”が失脚しても、私個人で『魔女の娘』を使いこなせば良い……! 宇宙軍なぞに、もう頼らぬ。

 ならば、『魔法』が全てを決める世界を、私が作ってやろう――!


 私が――この宇宙の、支配者となるのだ!」


 理事長――いや、ガイウス個人として、彼は席を立った。

 そして、実践訓練のために使用されている戦闘機の車庫へ向かう。

 

 そうだな、例えば『魔女の娘』の戦闘訓練のために私自ら、戦闘を教えてやっても構わないだろう?

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