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105 『切り札』賢者マエステヴォーレ

「騒がしいな……」


 銀色のメタリックな髪を撫でつけた男――イチヒの父、ギィ・ヴェラツカは、とある惑星の宇宙港にいた。

 キョロキョロとあたりを見回すその隣に、小柄な白いドワーフの姿がある。ギィの長年の相棒であり、船医のマエステヴォーレだ。


「ふぅむ、時期外れの検閲のようじゃな」


 宇宙港では、大規模な検閲が敷かれているらしく、そのせいで、いつも混雑する入港処理がさらに混雑しているようだ。


「こりゃあ、暫くかかるなぁ。マエステヴォーレ、船に戻ってようぜ」

「そうじゃの。“彼女”の様子も心配じゃし」

「爺さんは心配性だなあ。俺の仲間たちが一緒なんだ、心配要らないさ」

「……と言う割には、膝がガックガクじゃよ? ヴェラツカくん」

「う、うるさいな!」


 ギィとマエステヴォーレは、並んで彼らの宇宙船“ハルサメ”に上がっていく。

 船に戻ってきた、船長と鍛冶医師を乗組員たちが迎える。


「お疲れ、船長。なんかすごい外混んでね?」


 つやつやの金属光沢を放つ白銀の肌に、鈍い深紅の髪の彼は、航海士のシェン・シャララ。

 彼もまた、惑星メタルコア出身の水銀の金属星人(メタリニアン)だ。


 シェンの隣に、そっと不安そうに黒髪の女性が立っていた。彼女は、初めて地球の外にでる――イチヒの母、サナエ・ヴェラツカ。

 ギィ船長が膝をガックガクにして心配していたのは、他でもない“彼女”――サナエのことだ。

 なんせ、初めての地球の外に、初めての長距離航海に、初めての宇宙船である。


「なんか、時期外れのデカい検閲があるらしい」


 ギィはそう言いながら、入ってきた宇宙船のハッチを閉めた。羽織っていたジャケットを脱ぐと、サナエがスっと手を出した。


「あなた。掛けておくわ」

「……お、おう、ありがとう」


 ギィはちょっと照れながら、サナエにジャケットを手渡す。今まで男ばっかりの船だったのに、妻がいることが何だか気恥しい。


 案の定、乗組員たち2人のニヤニヤとした視線に晒されることになる。

 シェンの奥にいた、キラキラと輝くハニーゴールドの髪に、日焼けしたみたいな小麦色の金属肌の青年が口笛を吹く。


「カーッ。いっすねえ、船長。こんな美人な奥さんのためならなんだって出来ちまいますね!」


 彼は、メカニックのカン・ゴルディ。彼もまた、金属星人(メタリニアン)で、珍しい金メッキの合金ボディを持つ。

 

「道理で。突然“酸素生成フィールド”を買いたいから、『ハンター』に転職する! なんて言い出すわけだ」


 シェンもニヤニヤと、八重歯をのぞかせながら笑う。


「地球人は、酸素がないと生きていけないからのぅ。愛されておるな、サナエさん」


 マエステヴォーレが目を細めて笑うと、サナエは照れて気恥しそうに微笑んだ。


「……まさか、本当に私が地球の外に出られるなんて。夢みたいだわ。ありがとう、みなさん」


 紅一点のほほえみに、人妻相手だけど照れてしまうカンとシェンだった。

 だってこの船、金属男とジジイしか乗ってないんだもん。


「ま、船長いつも言ってたっすもんね。いつか嫁に宇宙を見せてやりたいんだ! って。まさかハンターに転職してまで、資金稼ぎに走るとは思って無かったけどよ」


 カンの言葉に、シェンも紅の髪を振って頷く。


「で、船長。ホントにハンターに転職したのって、“酸素生成フィールド”の為だけ? なんか、理由あんじゃね?

 そう、――イチヒちゃん絡みとか」


 カンもシェンも、ギィが結婚する前の惑星メタルコアにいた時からの付き合いだ。そう、ギィがまだ王宮近衛タングステン騎士団にいた時の。

 彼らは、出奔したギィを追いかけてメタルコアから飛び出して、居候ばりに無理やり乗組員になった。

 そんな腐れ縁の幼なじみに、そうそう隠し事は通用しない。


 ギィはポリポリと頭をかきながら、居心地悪そうに苦笑した。


「お前らには分かっちゃうよなあ。……検閲がある以上、話さなきゃならないとは思ってた。

 そう――これは、サナエだけじゃなくてイチヒを守るためでもある」


 ギィの言葉を、マエステヴォーレが引き継いで前に出る。

 

「そうじゃの、儂から説明させてくれんか」

 


 ――今回の騒動は、マエステヴォーレの仕込みだったのだ。

 

『宇宙軍』に面が割れている『行商船ハルサメ』を、追っ手から隠すために、行商身分を捨てて、『ハンター』身分に書き換えた。

 ハンターは、行商人と違って公的な職業じゃない。

 賞金首を狩ったり、荷物運びを請け負ったり、宇宙内にたまに現れるいわゆるモンスター、宇宙獣を狩ったりして生きる者たちの総称。いわゆる、個人事業主。


 そして、サナエを地球から連れ出したのも、『地球人は酸素が必要だから、地球から出て行かない』という思い込みを逆手にとるための、作戦だった。 

 ――まぁ、これに関しては、いつもいつも妻をひとり置いて仕事に出なければならないヴェラツカくんが、いよいよ病み出したから儂が助言したのもあるがの! フォッフォッフォ!


 それと、“酸素生成フィールド”はとんでもなく高額な装置なのだ。ちまちま行商人をやっていたって、そうそう手に入る代物ではない。

 だからこそ、ハンターの割のいい仕事がうってつけだった。


 鍛冶神の乗る、武闘派金属たちの船。

 むしろ下手な要塞に閉じ込めるより、サナエを連れ回してしまったほうが守れる確率は高い。

 あと、乗組員たちが大歓喜する内容がある。


 男ばかりの船ではいつも、とりあえず肉を焼いたような男飯しか食べることがなかった。

 でも、サナエは非戦闘員である代わりに、コックとしてこの船に乗ることになっているのだ。


 その話まで聞き終えたカンが、大きな声を上げる。それにシェンも、ガッツポーズで同意した。


「ハー?! 最高かよ爺さん!! ついにオレらの船にも専属コックが!!」

「ホントにな! おれらも偉くなったもんだぜ!」


 

「重たい話になるかと危惧してたのに……飯の話かよ、お前ら!!」


 ツッコミを入れるギィの姿を、サナエとマエステヴォーレが目を細めて眺めていた。

 どうやら、イチヒに遺伝したのはタングステンだけじゃなく。

 ――ツッコミ属性もだったらしい。

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