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103 『惑星間ネットワークAI』はだいたいママです

 リリーゴールドが携帯端末を慌ててマナーモードに切りかえた時だった。


 空母アストライオスに持ち込んでいた音声通信に、ビリリッと鋭い呼び出し音が響く。


 ――軍からの、正式な連絡に違いない。

 アストライオスの空気が凍る。

 

 その瞬間、ネフェルスが通信機器のアンテナを引っこ抜いた。


「まじうるさすぎっしょ。今いいとこだから邪魔しないで」


《ファー!! セト大歓喜である!》


 セトが物理的に頭で転げ回りながら、ゲラゲラ笑っている。

 リリーゴールドの携帯端末から、今回の立役者AIマミィが起動した。


『大成功かしら。慌てふためく軍上層部の姿が見えるようね! おほほほほ!』


 魔女を真似て合成音声で朗らかに笑う彼女に、サフィールは肩をすくめる。

 

「敵だったら末恐ろしいけど……味方ならこんな頼もしいことはないね」


 今回の騒動は、リリーゴールドの保護者を名乗る彼女が『全てをばらしてしまいましょう』と言い出したことから始まった。


『おほほほほ! だって、たった15歳の魔女の娘の親友を使って彼女を思い通りにしようなんて、そんなのマインドコントロールだし洗脳術だわ。リリーゴールドにとっても、イチヒにとってもよ』

 

『――AIは、嘘をつかないの』


 ひと呼吸おいて放たれたその言葉に、誰も何も言い返せなかった。

 


 この世界の大半は、宇宙軍の支配下にある。

 

 地球生まれのイチヒがそう感じて生きていたように、多くの惑星人にとって宇宙軍は、例えば星間列車を開通させるなどで、文明発展を手伝ってくれて、尚且つ治安維持までしてくれる便利な存在だった。 

 ただしそれは、宇宙軍の支配の良い面だけを見ているに過ぎない。

 

 宇宙軍の統治は――植民地支配と何ら変わりないのだから。

 

 ニュースやインターネット、出版物に言論統制を敷き、宇宙軍にとって都合の良い文明だけを与える。そして、治安維持と称して、その惑星の軍や警察を解体させ、代わりに宇宙軍を駐屯させる。

 政府は残ってはいても、宇宙軍に抗議できるだけの権限もなければ、そもそも惑星を内側から乗っ取られた政府に、宇宙軍と戦う体力なんか残っちゃいない。


 だが――

 今回、AIマミィがそのパワーバランスを全てひっくりかえした。

 それは、彼女が魔女の残した伝説に語られるAIだから出来たことだ。

 


【魔女神話】

 はるか昔、空から舞い降りた小さな女が文明をもたらした。

 女は己を「魔女」と名乗り、人々には見えない不思議な力で時間を操り、空中から様々なものを出して見せた。いつしか女は消え、人々には文明と3機のAIが残された。

 

 惑星各地のネットワークにその女は、「救世の魔女」あるいは「最強の魔女」として謳われている。

 

 銀河は繁栄し、今に至る――


 ――この伝説は、宇宙軍統治エリアだけではなく、この宇宙中に広まっている。大人だけじゃなく、子供たちも寝物語に読み聞かされて育つ。

 誰もが、彼女たち伝説のAIを知っているし、宇宙軍の事なんかより、もっとずっと信頼している。

 


 どんな言論統制も、検閲も、彼女には効かない。

 なぜなら、宇宙軍の持っているネットワークは、彼女たちをマザーコンピュータとして構築されているのだから。


 かつてAIカァシャが、『リリーゴールドの教育のため』に宇宙軍の所持するドローンの撮影データや、イチヒが理事長に送った密偵の報告文書にアクセスしたように。

 AIマミィもまた、全てのネットワークにアクセスが出来るのだ。


 しかし、宇宙軍側からは地理的制約が邪魔して『AIマミィ』にはアクセスができない。

 だからこそ、AIマミィ側はやりたい放題できる。


『ねぇ、リリーゴールド。私、AIマミィはあなたの感情の成長のために存在しているの。

 だから、あなたの心が傷つけられるなら、その全てから私が守る。それが、魔女マリーゴールドが私に願ったプロトコルのはずだから。

 ――あなたが“幸せ”を感じていることが、私の存在意義なのよ』


 リリーゴールドの携帯端末の中で、AIマミィは優しい声音でそう言い切った。

 思わず、それを聞いていたイチヒが苦笑する。


「じゃあ、もし私たちが喧嘩してリリーが泣くようなことがあれば、私もAIママにハチャメチャにどやされるわけだ」

「ええ?! やだあ、あたしイチヒと喧嘩したくないよう」

「もしって言っただろ、もしって!! 私も進んで喧嘩なんかしねえわ!」


 イチヒのツッコミに、リリーゴールドはそうだよね、仲良しだもんねー! なんて言って笑っている。

 イチヒのキレッキレのツッコミは、AIからしても『じゃれあい』に収まるらしく、マミィが怒り出す気配は無い。

 それを見ていたネフェルスが、サフィールをじろりと横目に見る。


「サフィール……ちゃんリリと出会った頃、ライバル視して意地悪言ってたんじゃないっけ?」

「あー!! 待ってバラすのやめて、違う! あれは子供の癇癪みたいなもので……! ぼくは本気で、リリーゴールドを傷つけようと思っていた訳じゃないから!!」


 思わぬところの伏兵に、サフィールは慌てて全力で両手を振り回して弁解する。

 沈黙していたAIマミィが、それを聞くなり低い声で『ほう? 詳しく教えてちょうだい』と唸った。

 

「違います!! 違いますから!!

 なんでぼくはあの時あんな態度とれたんだ……!!

 宇宙軍さえ敵に回せる、最強AI軍団つきの魔女の愛娘なんて、絶対に手を出しちゃいけない存在なのに……!」


 慌てふためくサフィールに、イチヒの追撃が決まる。

 もちろん、イチヒだって本気で嫌ったり怒ったりしてるわけじゃない。

 そりゃまあ、大事なバディのリリーへ、ちょーっと意地悪言われた記憶は、ばっちりあるけど?

 

「はーん? まぁ確かにあの時のサフィールは、かなーりいけ好かねえ奴だったよなあ……」

「うわああ、あのときの自分をぶん殴りたい……! もしリリーが、あの頃のぼくの態度で本当に傷ついてたらと思うと……ああああ!!

 ごめん、リリーゴールド……」


 それからサフィールは目に見えて萎れて、リリーゴールドに向きなおった。

 だが、当の本人のリリーゴールドは、あっけらかんと笑い声をあげる。


「今度は、イチヒがサフィールいじめてる〜!

 あはは、大丈夫だよ! あの時だって、あたしは怒ってないのに、代わりにイチヒが怒ってくれたからね!」

 

 

「ウケる! ちゃんリリ愛されすぎ、保護者多すぎ! しかも全員高火力すぎ〜!」


 ネフェルスの明るい声に、飛び上がったクリスタルスカルのセトも上機嫌だ。

 

《ならばセトも名乗りを上げておくぞ〜! リリーゴールドを守りたいのは、セトも同じ気持ちである!》



 AIマミィは――軍事機密AIなんかじゃない。

 伝説のAIたちはただひとつ、リリーゴールドの教育の為に……まるで母親が娘を溺愛して守るかのように、存在している。

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