100 少年少女の『正義』が、今問われる
数日後、元帥を通して空母アストライオス部隊に正式な任務命令がおりた。
それはあの日理事長が言っていたのと同じ――ズァフ=アルク銀河支配権及び魔女オーパーツの確保任務。既に展開されている、惑星安全安定化作戦への援護という形だった。
元帥は理事長の息子だという話だし、2人が裏で繋がっていると考えて間違いないだろう。それが、イチヒとリリーゴールドの結論だった。
空母アストライオスのロビーに揃った全員を、イチヒがゆっくりと見回す。そして重たい口を開いた。
「次のアストライオスの目標は、ズァフ=アルク銀河だ。上の話だと、大虐殺をかましても構わないから、オーパーツと銀河の支配権を手に入れてこいとの仰せだ」
イチヒの硬質な声が空母に響いて消える。
少女の姿となったネフェルスが、不安そうにサフィールの顔を見ていた。
この話は、もうリリーゴールドとセトは知っている。今回の会議はもはや、サフィールとネフェルスのために開いたと言ってもいい。
――イチヒは、全員の初任務だった『魔女オーパーツ回収任務』のことを思い出していた。
ここで、サフィールはネフェルスと運命的な出会いを果たしたのだ。
あの時も、リリーゴールド艦長に代わってイチヒが作戦説明を行っていた。
「これが、今回の目的地惑星“NA1025”だ。上からの資料によれば、知的生命体絶滅済みのはず。
で、リリー? ここは『魔女』が訪れた記録がある、で間違いなかったんだよな?」
イチヒが、サフィールとクリスタルスカルのセトのために宇宙軍本部から伝達された惑星図をモニターに表示する。そのデータは、この星が荒廃した死の星である可能性を示唆していた。
それからイチヒは、リリーゴールドに振り向いた。
リリーゴールドは大きく頷く。
「うん! カァシャに聞いたら、ここはママが行ったことがある星で間違いないって言ってた! でも、知的生命体は、ママが行った時には発生してなかったはずだって」
《セトも知らん星であるな!》
「なるほど……。っていうか、『魔女の娘』と『5000年前の軍神』がいるのチート過ぎない? 探索任務をこんなに不安に思わない日が来ると思ってなかったよ」
クリスタルスカルのセトが顎をカチカチ鳴らす隣で、サフィールは困った顔で眉を下げて笑った。
「まあ、それは正直私も思ってるよ……。なんせ本物の前情報アリで作戦に入れるんだからな。リリーと骸骨がいるし、そう心配することもないだろうけど、気を引き締めていこうぜ」
……そして今、イチヒは考える。
あの時は、『殺さなきゃならないかもしれない敵』がいないと分かっていたから安心して任務に行けたんだ。
だけど今回は違う。
もしズァフ=アルク銀河を守ろうと立ちはだかる『敵』がいたら、私たちは彼らと戦わなきゃならない。
でもそれは本当に敵なのか?
むしろ我々が、彼らの『敵』なんじゃないのか――?
やっとサフィールが、長い沈黙を破った。
「……軍人として、こんなこと言っちゃダメだってわかってるけど……ぼくは。
“力”は誰かを守るために使うものだと思う……なにかを手に入れるために誰かを殺すなんて、そんな……」
俯きながら紡がれる言葉に、ネフェルスの白い手がそっと寄り添っている。彼女は震えるサフィールの拳を優しく握っていた。
「よし! 全員の反対への合意が取れたな!」
イチヒの明るい声に、サフィールは驚いて顔をあげた。ネフェルスも不安そうな顔をしながら質問してくる。
「えっ? ねぇ、……誰かを殺しても、絶対手に入れなきゃいけないんじゃなかったの?? 反対しても、いいの……?」
その質問に答えたのは、イチヒではなくリリーゴールドだった。リリーゴールドはすっと立ち上がる。
その真っ白い身体がほんのりと発光していた。
「誰かを殺しても絶対に手に入れなきゃいけないものなんて、ないよ。絶対、そんなものはない!
それにあたし――“宇宙軍”にママの物をこれ以上好き勝手されたくないもん!」
リリーゴールドの強い金色の瞳が、静かな怒りをたたえていた。
そこへ、ふいっとクリスタルスカルのセトも浮かび上がって並ぶ。
《セトも同意見である。……この空母も、セトは5000年前民を守るために設計した。
それをたわけめ、『殺戮兵器』として使えと言ってきた。そんなの、セトは絶対に反対である!》
2人を見上げて、イチヒは誇らしげに微笑んだ。そして、強い眼差しでサフィールの方を見る。
「――って訳だ。だけどな、サフィール。
お前、言ってただろ。両親に誇れるような戦果を立てたいって。
それも、叶わなくなるかもしれない。
私たちがこれからやるのは、『軍への反逆』だ。ここを超えたら、もう戻れない。
だから……降りるなら今だ」




