99 『不変』を忌み嫌う軍神
そしてその頃、クリスタルスカルのセトは操縦席の周りを飛び回っていた。
艦長不在時に、操縦席に座れるのは前艦長のセトしかいない。リリーゴールド不在時に、操縦席に座るのはいつもセトの仕事だった。
――また、アストライオスと共に宇宙に出るとはな。
電脳世界を通して、アストライオスの機体が宇宙空間を切り裂いて飛んでいく姿を認識する。
今はアストライオス自体のAI自動航行モードで、目的地までゆっくり進んでいる最中だ。
操縦席の拡張機能が、セトの脳裏にその巨大な姿を映し出す。
白銀の機体は、船のような平たい船体の上に、ピラミッド型の船体を載せ、その周りを大小様々な大砲で取り囲んだ形をしている。
ピラミッドには、白いエンジンに描かれているのと同じ虹色の文様がびっしりと描かれ、空母アストライオスが特別なものであると示していた。
虹色の文様は、息をするように常に明滅している。
そしてその船体の頂きには、神殿の形を模した船首がそびえていた。これは5000年前、セトを慕っていた市民たちがセトを祀る祭壇が欲しいとごねるから作ってやったものだ。
セトはあの時、市民たちの良き隣人で、そして守り神だった。
真っ黒な宇宙の海を、白銀の空母アストライオスは駆け抜ける。
空母アストライオスはセトの最高傑作であり、それでもなお戦火から皆を守れなかった苦い記憶の象徴でもある。
人間とは愚かな者よ。セトが死んだ5000年前の戦争から――誰も何も学んでいないのだからな。
まあ当時の戦争を知る人物は、みんな死んでいるがな! このセトを含めて!
あの時の覇者だった文明は滅び、そして今度は当時弱小文明だった宇宙軍が戦争を始めた。
永遠にただ、同じ歴史を繰り返しているだけだ。
セトは、とある4次元の学説を思い出していた――
4500年前のある日のこと、4次元の脳内クラウドに新しい情報が書き加えられた。
その論文の執筆者は、“アプルフェル・フェローチェ”、この4次元最古の存在であり、4次元文明を始めたその人だった。
『この世界は、球体をしている。球体の外側に我々の4次元世界、内側に3次元世界があり、我々は3次元への自由な干渉を可能として存在している。
だが、常に謎だったのは球体内部の中心にある、3次元のグレート・アトラクターへ流れ込み続ける3次元がどこへ行くかだった。
長年の研究により、3次元物質の移動先を観測することに成功した。3次元物質は我々4次元世界へ流れ込んできており、4次元世界に出た時、3次元物質から4次元物質へと転じている事が判明した。
だが、それではいつか4次元物質だけが極端に多くなってしまう。しかし、4次元物質はこの何万年も数を変えていない。そこでひとつの仮説を立てた。
それは、3次元から成り代わった4次元物質が増えた分、4次元物質が3次元物質に降格している可能性だ』
この学説が言っているのは――いずれ、内側にいた3次元は、その巨大な重力源、グレート・アトラクターを通って外側の4次元に成り代わり、そして逆に、4次元は内側に降格して3次元に変質する可能性。
宇宙規模で、巨大な輪廻転生が起きているのではないか?
それがアプシュルの考えだった。
文明が輪廻するように、そもそも宇宙も輪廻する。
歴史は、永遠に繰り返される回廊の中にある。
セトはひとりごちる。
つまらんな。つまらん人生だ――何が起こるか分かっている人生など。
戦争が繰り返すことも、4次元が3次元へ過度な干渉をすることも、いつかは自分に返ってくる。
セトは5000年前のあの日、『不変』から逃れて、生きる刹那の喜びのために3次元へ来たというのに。
3次元は未知の力である4次元に焦がれ、4次元は不変の力に飽き飽きして、3次元の多様性と進化に焦がれる。世界は、永遠にこれを繰り返しているのだという。
だが、セトの脳裏にズモルツァンドの母娘が浮かんだ。
4次元に生まれながら、『特異点』として全ての理から外れた、魔女マリーゴールド。
彼女は、4次元の『不変』のルールを唯一破り、娘を産むという進化をなしとげた存在。
4次元存在に親はいない。親から子供が生まれるのではなく、本来であればひとりでに物質に心が宿る。
生まれた時の姿のまま、不変のときを生きる。
そして、3次元と4次元両方の素質を抱いたまま生まれ落ち成長してきた、魔女の娘リリーゴールド。
彼女はもう、ありえない存在としか言いようがなかった。4次元の身体ながらに、彼女は赤ん坊として生まれ、今日まで成長を続けてきたという。
初めてこの話を聞いた時、セトは驚いて腰を抜かすかと思った。まあ、骸骨だから首しかないのだが。
《なに?! じゃあリリーゴールドには子供の頃があると言うのか?!》
「あるよお。生まれた時は、こーんなにちいちゃかったんだから!」
《ありえん……セトは信じられん……》
「マエステヴォーレさんも言ってた! 4次元存在だから生まれた時からおじいちゃんだったって」
《――それ、彼が本当にそう言っていたのか?》
「うーん、おじいちゃんってのは語弊があるぞ! って言ってたかも?」
楽しげに笑うリリーゴールドを見て、セトは彼女に力を貸すことに決めたのだ。
リリーゴールドと、その親友イチヒなら――もしかして、このつまらぬ世界のその先をセトに見せてくれるかもしれないからな!
セトは見たいのだ。
ただの“決められた予定”ではない、真新しい未来を。
3次元が4次元に憧れ、ただ染まるだけではない歴史を。4次元が不変のまま、つまらない時を過ごすのではなく、変化していく運命を!




