13章-7.狂気の仕組みとは 2005.4.12
「君があの有名な百鬼君というわけか。通りで。なら、君の狂気を見せてくれないか?」
「え?」
行く手を阻む戦闘員達を、患者衣を着た六色家の男性と共に倒しながら進んでいる時だった。彼はそう言ってニヤリと笑った。
「狂気を……ですか?」
「その通り。私達六色家は、幻術を扱う家だ。君の狂気というものも私達の専門だから、1度浴びてみたい」
それは単純な興味のようだ。男性は少し楽しそうである。
この得体の知れない『狂気』という物。『狂気持ち』である僕が発するオーラには、強い狂気が含まれる。そして、その狂気によって鬼人達と共鳴し感覚を共有することが出来る。
また共鳴中は、鬼人と僕の身体能力を向上させ、感覚も鋭くなる。使用する程に、共に歩む鬼人が増える程にその総量は増えていく。
さらに、この狂気を強く浴びた鬼人のうち、鬼人の血が濃い者は覚醒し、見た目まで変化するのだ。
仕組みなんて分からない、摩訶不思議な力のように捉えていたが、六色家の彼ならば他にも気付く事があるかもしれない。
僕は集中し、狂気の扉を少しだけ開ける。
すると、待っていましたと言わんばかりに狂気が漏れ出してくる。
僕の内にある『狂気』は、まるで意志を持った生き物だ。
戦闘中にも関わらず、しばらくの間閉じ込められて不満だったらしい。扉を少し開けた途端に這い出てこようとするのだ。
扉の向こうにいた化け物が、こちらを覗き込んでニタニタと笑っている。
僕はそんな化け物をしっかりと手懐ける。
必要量以外は絶対に外に出してはいけない。
確かな意識で、これ以上扉が開かないように固定する。
「なる……ほど……。これは面白い。君の狂気は特別だ。その内側にいる化け物を良くコントロール出来ている。プレイヤーでもないのに、よくもまぁ。とんでもない精神力だ」
男性はそう言って笑っていた。
やはり感覚が鋭い人には、この狂気は化け物として感じ取られるようだ。以前爛華にも似たような事を言われたのを思い出す。
「その狂気、今だって十分使えるはずなのに、君はどうして使わない?」
「え?」
「その狂気があれば、身体能力は向上するし、恐怖心も薄れるはずだ。強敵に出くわしても怯えることなく冷静に対処も可能なはずだが……」
「鬼人と共有していると考えられるので、彼等がいなければ僕自身は……」
僕の回答に男性は首を傾げながら考えているようだった。
「いや。そんなはずは無い。確かに人間離れした本能的な感覚は君ひとりでは持ちえないが、少なくとも身体能力は上がるはずだ。現に今……」
直後、僕はドキリとした。
僕の狂気が吸われているかのような感覚に困惑する。
六色家の男性が、僕の狂気に突然触れてきたのだ。
すると、僕の内なる化け物がこの男性に興味を示し、擦り寄るように、まとわりつくかのように引き寄せられていく。
「悪くない。この狂気、私も頂こう。代わりに私の感覚を君に貸してあげよう」
何かがリンクした。
そんな、漠然とした感覚と共に、僕は周囲の状況を唐突に理解した。
これは、いつも鬼人達と感覚を共有するのと全く同じだ。鬼人でもない人間と、同じようなことが出来るなんて思いもしなかった。
「私は幻術のプロだ。このくらい朝飯前……と言いたいが、これは非常に高度な技だから、六色家でも1部の人間しかできないだろう。そう考えれば、やはり鬼人は特別と言えるか……」
僕は新たに得た鋭い感覚で周囲を確認する。
敵の気配と位置がより正確に把握出来る。すると、自ずと取るべき行動や道筋も分かってくる。
「いつも鬼人達を動かすように、私を武器として使いなさい。今なら、私の行動可能な範囲は何となく分かるだろう?」
「はい」
僕は六色家の男性と連携しながら、先を急いだ。
***
六色家の男性が共に来てくれたおかげで、僕は順調に進むことが出来ていた。不要な争いは避けつつも、フロアに散らばる戦闘員達を確実に減らしていく。
今後の事も考えれば、減らせるだけ減らすべきだ。だが、最も優先すべきは、今も逃げていると考えられる怪我人達へ合流することである。
六色家の男性の話だと、ここで療養していた怪我人達が、捕虜として連行されていくような気配は無かったと言う。
故に未だに逃げ続け身を隠しているか、殺されてしまったか、もしくは無事に地下通路へと逃げのびたかのどれかだと言える。
現状怪我人達がどこにいるか分からない以上、やはり地下通路入口を目指すのが良さそうだ。
「とんでもない人数だ。せめて私も両足揃っていればもっと役に立てた……、いや、両足が揃っていたら、まだ戦場にいたか。ハッハッハ!」
六色家の男性はそんな事を話しながら、楽しそうに戦っている。やはり彼は、麒麟本部との戦いの最前線にいた、優秀なプレイヤーなのだろう。
片足と片腕、さらに片目を失ってなお、僕より遥かに強いのだ。意味が分からない。もし、五体満足であれば、グラよりも強いかもしれないとすら思う。
「ん? 向こうで戦闘が始まったな……」
「どちらですか?」
「あっちの方角だ」
僕は道筋を確認し、六色家の男性が指指した方角との位置関係を考える。そこは、今僕達がいる場所よりは地下通路入口に近いところになる。
逃げ隠れていた怪我人が見つかってしまったのだろうか。もしくは爛華や彼のように敵を引きつける為に戦闘を始めたか。
「詳しい状況はここからだと分からない。が、恐らく1対多数だ」
「そちらへ向かいましょう」
1体多数となれば、一刻を争うはずだ。恐らく囮となる為に戦いを始めたに違いない。
僕達は急ぎその方向へと向かった。
進んで行くにつれ、僕にもその戦いの様子が何となく伝わって来た。これは急がなければならないと肌で感じる。
しかしながら、立ちはだかる敵が多い。これを無視して進むわけにもいかない。野放しにすれば、助けに行くどころか敵まで連れて行ってしまうのだから。
「ナキリ君。狂気をもっと纏いなさい。それは君自身の力になるはずだ。体も今よりずっと軽く動かせるようになるはずだ」
僕は六色家の男性が言うように、狂気の扉をさらに開放する。そしてどす黒い狂気を全身に纏った。鬼人が周囲にいない状況で、自分の意志で狂気を解放したのは初めてかもしれない。
すると、狂気はいつもより僕にねっとりとまとわりつく。まるで、行き先が無くて困っているようだ。
「それを自身で喰らって使えばいい」
「ふむ……」
もはやイメージの世界だ。
いつもグラ達がこの狂気を根こそぎ喰ってしまうから、僕の元にはこれほどの密度の狂気が残らないのかもしれない。
だが、今は違う。全ての狂気が僕の元にある。これを僕が喰らうとどうなるのだろうか。要は試しだ。僕は狂気に喰らいついた。
「成程……?」
これは美味い。
夢中で喰らい尽くして、溺れてしまいそうだ。
当然味があるわけじゃない。そこにあるのは快感だ。なんとも言えない快感。全能感。気分が高揚していく。
だが、それに呑まれてはいけないのだと、何となく分かる。
これは使いこなすべき道具だ。そんな道具に、逆に使われるなどありえない。
「いいじゃないか。その調子だ」
「はい」
僕は刃を構え駆け出した。そして、立ちはだかる戦闘員を軽々と蹴散らしていく。
体が異様に軽い。相手の動きもよく理解できる。そして何より、この刃が肉を割き骨を断つ感覚が気持ちいい。笑いが零れてきてしまいそうだ。
「本来狂気とは、人を狂わせ攻撃性を高めたり、恐怖心を無くすものだ。相当な精神力が無ければ逆に呑まれて正気を失う。そんな劇薬だ。だが、君にはそれを扱うだけの精神力がある。そしてまた、君の狂気は特殊だ。まるで生き物のように意志を持ち、周囲までも飲み込もうとする。実に面白い」
男性も刃を軽々と振るい、戦闘員達の首を飛ばしていく。相変わらずとんでもない動きだ。半身が無ければ、バランスをとる事すら難しいはずだと言うのに。
「戦闘員……増えましたね」
「あぁ。恐らく敵の最前線が近い。そして、ここで私達は少し止まらなければならない」
「え……?」
「ここに幻術が掛けられている。よく周囲を見て見なさい。戦闘が起きているのはどちらか」
僕は進行方向を指さそうとして、固まった。そして、酷く困惑した。
戦闘の気配がある方を目指して進んでいたはずなのに、気が付けば戦闘の気配は僕の背後の方向だ。一体何故だ。全く理解できない。
「幻術とは、人間の感覚を惑わせる術全般を指す言葉だ。君の狂気も幻術の類だ。そして、ここに仕掛けられている物も幻術」
「幻術……」
「詳しく説明している時間は無いから、私の言う通りに。狂気を強く纏った状態で目を閉じ、私の気配だけを意識して付いてきなさい」
「はい」
僕は半信半疑ではあったが、六色家の男性の言う通りに狂気を纏い、そして彼の気配にだけ意識を集中して歩いて行った。




