13章-5.医療施設の状況とは 2005.4.12
僕とグラが医療施設に辿り着くと、医療施設の周囲には狙撃されたと考えられる麒麟側の人間の死体が多く転がっていた。
医療施設の屋上から狙撃したのだと推測できる。それらの死体は随分と時間が経過しているように思う。血液の乾き具合から、死後40分以上だろうか。つまり、間違いなく真っ先に医療施設が狙われたのだと理解した。
また、出入口の扉は破壊されていた。痕跡から多くの人間がこの扉から雪崩込んだのだと分かる。上からの狙撃に対して、数で突破したようだ。
相変わらず無茶苦茶だ。これだから数の暴力は恐ろしい。
現在建物内で戦っている気配は無い。既に麒麟側に制圧されてしまっている。僕達は慎重に建物内へと入っていった。
建物内には、侵入者に対して戦った形跡が多くあった。銃撃戦が繰り広げられていたようだ。弾痕も死体も多く転がっている。
地上階に部屋を持っていた東鬼は無事だろうか。彼の事だから上手く逃げているとは思うが。
「百鬼。来る」
「分かった」
僕は背負っていたハサミを手にして構える。
「向こうはプレイヤーと戦闘員。Aランクが5人と雑魚多数」
僕はそれを聞いて狂気を解放した。
濃密でドス黒い狂気だ。範囲は限定されるが強烈な狂気と言える。きっとグラが欲しがる狂気だろう。
「いいじゃん」
「うん。こういう方が好きだと思ってね。だけど、無理はダメだよ」
分かっているのかは不明だが、グラは一気に駆け出した。僕もそれに続く。
グラと共鳴した事で僕の感覚は鋭くなり身体能力も上がる。敵の動きが手に取るように分かる。僕は大鋏の刃を振るい、銃弾が放たれる前に敵を処理していく。
何故向かってくる戦闘員達がここに多数いるのか。
僕達の侵入は何故気が付かれたのか。
色々と気にかかる事はある。
だが、最も気になる点は、倉庫内にある地下への入口が発見されてしまったかどうかだ。
ここにいる麒麟の人間が、制圧済み拠点に配置された、ただの見張りであればいいのだが。
地下への入口が発見されないままである事を祈りながら進む。
次々に現れる敵の処理をしながら、僕は周囲を細かく確認する。どの扉も開かれて侵入された形跡があり、物資が尽く運び出されたようである。
各部屋を念入りに調べられているのを見ると、不安はどんどん膨れ上がっていった。
「建物内の敵は全部倒した方がいい?」
「いや。この様子だと地下もバレてる。そっちを優先したい」
「分かった」
上階にも敵はいるようだ。周囲にも気配を感じる。だが、向かってこない者、行く手に立ちはだかってこない者は無視して進む。
「地下の入口どこだっけ?」
「まだまだ先」
ノリさんから教えてもらった地下入口の倉庫の位置はまだ先だ。
「多分、俺達が地下に行くのを少しでも遅らせようとしてる」
「つまり今まさに地下が攻められてるって事ね」
「うん」
立ちはだかる人間は少なくない。グラの目の前に飛び出せば、何も出来ずに死ぬことくらいわかっているだろうに。それでも麒麟の戦闘員達は立ちはだかるのだ。
つまり、僕達の進行を1秒でも遅らせようとしているのだと分かる。それは今まさに、麒麟の戦闘部隊が地下へ攻め込んでいる最中だという事を意味する。
命をこんなに雑に使う麒麟のやり方は本当に理解ができない。だが、これが大規模組織であるからこそ可能な有用な戦法とも言える。相変わらず胸糞悪い。
それ程までに僕達が奥に行く事を防ぎたいのか。
一体今、この先はどんな状況なのか。
麒麟側の必死さを目の当たりにして、不安は更に膨らんでいった。
***
向かってくる敵を全て処理し、地下への入口がある倉庫へと行くと、案の定、地下への入口である床のハッチは全開になっていた。
下階からは銃声が微かに聞こえてくる。今まさにこの先で戦いが起きているのだ。
僕達は急いで階段を下り地下1階へ向かった。すると、地上階同様に各部屋の扉が開いていた。
全部屋に侵入して、しらみ潰しに捜索されたようだと分かる。
この地下には氷織達の他に、暁の店所属のプレイヤーや、アカツキと手を組んだ一族の怪我人や病人が搬送され療養していたと聞く。
弱って満足に動くことが出来ない彼等の息の根を、確実に止めに来たのだろう。また、重要人物がいれば捉えて、捕虜として連れていくつもりなのだろう。
捕虜は人質にもできる。麒麟側は苦しい戦況を打開できると考えたに違いない。
先を急ぎながらも開け放たれた扉から室内を覗き込めば、争った形跡や荒らされた形跡が残っている。死体が複数転がっている部屋もあった。
捕虜として連れて行くに適さない人間は、その場で殺されているのだろう。
「ナキリ。次はどっちに行けばいい?」
「左に曲がって、その後は手前から2つめの扉の部屋に入る」
僕はノリさんに書いてもらったメモを見ながら、先を走るグラへ答える。実は医療施設の地下フロアは、そのフロア自体が迷路のようになっているのだ。
そのため、音がする方へ、気配がある方へと向かってもたどり着ける保証は無い。急ぎつつも間違えないように慎重にならなければならない。
ノリさんの予測では、ヒオリ達は病室から移動しているはずだと言う。
この医療施設の地下から、避難地域外へ出る地下通路があるらしく、そこを目指すはずだと。
東家の人間が必ず常駐しているので、迷わずに地下通路まではたどり着けるはずだからと。僕達はその外部へ繋がる地下通路入口を目指している。
「ナキリ、道が分からない! けど、遠くない所で戦闘が起きてる!」
「次は右手の倉庫に入って、その後は……。倉庫の正面扉から廊下に出る」
グラの焦り具合から、状況が良くない事が伝わってくる。周囲には敵と思われる気配が多く散らばっていて、それらと出くわせば倒さざるを得ない。
僕の回答を聞いた瞬間、彼は直ぐに部屋を移動してしまい、一瞬で姿が見えなくなる。僕も懸命に後を追う。倉庫へ入り、正面の扉へ。
そして扉から廊下へ出たところで、僕は足を止めた。
扉を出てすぐのところで、僕に背を向けたグラが棒立ちしていたからだ。だが、敵がそこにいる様子は無い。
「グラ……?」
「……」
声をかけるも、グラは一切答えないし、背後にいる僕の方へも振り向かない。先を見つめたまま動かない。
僕は嫌な予感がしてグラが凝視する先へと視線を向けた。胸騒ぎがする。
グラが固まるくらいなのだ。ただ事では無い。ひんやりとした汗が妙に背筋を凍らせるように流れていくのを感じとり、僕はぞくりと肩を震わせた。
視線を向けた先には、一際多くの死体があった。壁面全体にこれでもかと飛び散る血液と肉片、床に広がる血溜まり。そんな一際赤黒い空間には、廊下の床を埋め尽くすほどの死体が転がり、更に壁際には山積みにされていた。
つまり、この場で非常に激しい戦闘があった事を表していた。
だが、僕にはその程度の情報しか分からず、グラが固まる理由まではわからなかった。この死体の山に何かあるのだろうか。
それでも僕は注意深く観察を続ける。きっと何かあるはずなのだ。
と、その時だった。
僕は確かに捉えた。死体の山の中にある1点の違和感を。
黒い戦闘服を身にまとった麒麟の戦闘員達の死体の間に何かが……ある……!
「っ……!!?」
まさか。そんなはずは無い。
ただの見間違いであってくれ。
僕は僕の予想が正しくないことを切に祈った。
僕は事実を確かめるため、グラを押し退けてその場へ駆け寄る。そして、膝を付いて死体をかき分けた。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
死体の山の隙間から見える赤。
彩度の高い綺麗なその赤は、血液の赤じゃない……。
それはまさに彼女の……。彼女を表す色!
「どうして……。どうして爛華さんっ!!」
僕は思わず叫んだ。
血の気が失せぐったりとした顔。
それを目の当たりにして、嫌でも理解してしまう。
行き場のない感情で胸が張り裂けそうになる。
やはり、戦闘員達の死体の山の中にランカが居た。少しだけ見えていた赤は、彼女が着ていた赤の薄手のセーターの袖口だったのだ。
見間違いなんかでは……なかったのだ……。
僕は無我夢中で彼女の体を死体の山から引き出して確認する。
口元に手を当てるが、呼吸は無い。
そして脈も。
彼女は間違いなく、既に亡くなっていた。
その事実を再確認して、僕はパクパクと口を震わせた。まるで、全身の力が抜けていくようだった。
抱えた彼女の身体はすっかり冷たくなっているというのに。信じることが出来ずに、僕はまだ彼女の体温を探そうとしてしまっている。
「そんなっ……。嫌だ……。嘘だ……」
どこかにまだ彼女が残っているんじゃないかと。寝ていただけだと言って起き出すのではないかと。
あれほど強く美しかったランカが死ぬなんてありえないと……。
「起きてくださいよ……。こんな、こんな所で……。ダメですよ……」
だが。僕の脳味噌は残酷なほど冷静に彼女の死を認知していた。感情が全く追いつかない。認めたくないのに認めてしまっている。
「あ……、あ、貴女が死んで……しまったら……、虎河君は……?」
僕が震えながらも絞り出した言葉は、あまりに無意味な問いかけだった。当然答えなんて返ってくるはずもないのに。
彼女の体には多くの弾痕があり、身体中から血を流していた。激しい戦闘が行われていたのだと分かる。
被弾してもなお、彼女は立ち続け、命の限り戦ったのだ。身体中の傷がそれを物語っている。
また、血液の流れ具合から、亡くなってから20分以上は経過していると考えられた。
この避難地域に到着して、真っ先に医療施設に向かっていたら間に合ったのか……?
あと30分早く僕達が到着していれば、彼女は助かったのか……?
考えたって仕方ないのに。
なんの意味も無いのに。
どうしたってそんな後悔が、次々に浮かんで僕を突き刺していく。
僕が持てる能力で可能な限り『最善』を選んで実行してきたつもりだ。それでも、消えない。
全力でも届かなかったのだから仕方がないだなんて、割り切って考えるなんて。僕には出来なかった。
でも。どうして。
どうして彼女は、この場で1人、戦っていたのだろうか……。
多勢に無勢だ。例え相手がプレイヤーでなくても、こんな人数を相手では敵うわけがない。
また、麒麟側は仲間ごと構わず弾丸を浴びせることだってやってくる。1人で太刀打ちできるわけが無い。狭い通路内で行動を制限される場所では、あまりに相性が悪い。
それなのにこの場で、彼女は1人で戦っていたと……?
「ナキリっ!!!」
「っ!」
背後頭上から、グラの怒鳴り声が降ってきた。
「まだ、終わってない!」
「……」
見上げたグラの表情は、見たこともないくらい酷く歪んでいた。悔しさと悲しみと怒りとがごちゃ混ぜになったかのような、酷く辛そうな表情に、僕はハッとする。
まだ終わっていない。その通りだ。
グラが感じていた戦闘の気配はここではないのだ。この先で行われている。僕達は急ぎその場へ向かわなければならない。
僕は感情を飲み込んで立ち上がった。
悲しんでいる時間なんてない。今は一刻を争う状況なのだ。
「ランカは、ここで敵の足止めをしてた」
「うん」
「きっと、命を繋ぐため」
グラが言うように、彼女は1人でこの場に留まり、敵の足止めをしていたのだと推測できる。
他の人間を逃がすために時間を稼ごうとしていたのだろう。そんな事をすれば確実に死んでしまうというのに。
きっと彼女が守りたいもののためだ。
恐らく息子の虎河は、誰かに託されて生きているはずだ。
「やっぱり遠くない所で戦闘している気配がある……。急いだ方がいい。この先の道は?」
「この廊下を真っ直ぐ行って、2つめの脇道を左。その先の部屋に入って、奥の倉庫からまた廊下へでる」
僕達は、彼女の遺体を近くの比較的綺麗な室内へ運び入れ隠すと、先を急いだ。




