13章-4.守りたい者達とは 2005.4.12
「百鬼さーん!!」
遠くから赤鬼の声が聞こえてくる。その方向へ目を向ければ、アカギと青鬼がこちらへ走ってきていた。
「皆から話を聞いてきたっす!」
「何人か捕虜として捕まってるみたいっす……」
どうやら鬼兄弟は住民から色々と話を聞いてきたようだ。
「あと、皆戦うって言ってるっす!」
「やる気満々っす!」
「ちょっと、落ち着こうか」
僕は2人の肩を抱いた。色々と頑張って動いてくれたようだ。
自分達に出来ることを考えて動いてくれた事に感謝する。
「ありがとね。順番に教えてくれる?」
僕は鬼兄弟から住民達の状況を把握していく。
どうやら、守りきれなかった女性や子供が捕虜として連れていかれてしまっているらしい。
助けに行きたかったが、身を守るので精一杯で諦めていたという。だが、僕達が来たことで、可能なら助け出したいと。自分たちも戦うからという話だそうだ。
「成程ね。分かった。助けに行こうか」
鬼兄弟達は、その捕虜となった人達を助けたいようだ。既に気持ちがそちらへ行ってしまっているのだから笑ってしまう。
とはいえ、簡単に助けに行く事は出来ない。幸い動けない程の怪我人はいないが、万全では無い人達が多い。
彼等をこの場所に置いて攻めに行けば、逆に彼等が再び襲われてしまう。
戦力を分散するか。
そうは考えてみるが、子供達だけで行動させるのはリスクだ。僕かグラを置かないと統制が取れないのは今も変わらない。
それに、グラは僕がいなければ無理をしかねない。怪我を負った彼から目を離す訳にはいかない。
そしてそもそも僕達はたったの15人しか居ないのだ。こんな少人数で出来ることなんて限られている。
「ナキリどうする? 俺が何人か連れて……」
「グラ。ダメだよ。そんな事したら僕に隠れて無茶するでしょ」
「……」
「それに、ここは電波が無いから連絡も取れない。何かあった時に危険すぎる。だから、今の所分散させるつもりは無いかな。目の届く範囲に皆をおさめたい」
「なら、どうやって助けに行く?」
「それね……」
グラの提案は現実的な物だ。現状で考えられる最善の策ではある。
だが、怪我人だらけのボロボロの僕達が行うには、大きなリスクが伴いとてもじゃないが決行は出来ない。
「少なくても、僕の狂気が届く範囲に全員をいれないとダメだ」
「うーん……」
僕達は何かいい策は無いかと考えるが、やはり縛りが大きすぎて良い案は浮かばない。隠密組が偵察から帰ってきてから、彼等に話を聞いて打開策を考えるのがいいだろうか。
あまり順調に進まない状況に焦りを感じる。今は子供達にとって必要な休憩時間だ。焦ったところで何も出来ない。それでも、氷織達の無事が分からない限り落ち着くことは出来ないだろう。
「ナキリさん。戻りました」
グラと考えていると、音もなく隣に鬼百合がやってきた。他に斗鬼と鬼神野も偵察に行っていたはずだが、2人の気配は無い。
「おかえり。他の2人は?」
「えっと、重要人物を運んでいて……。先に私から状況を伝えた方がいいと判断して、私だけ先に戻りました」
「成程ね」
重要人物とは一体誰だろうか……?
それに2人がかりで運ぶとなると、その人物は相当な怪我人であるように考えられる。
「運んでいるのは、東家の方で。ノリさんと直接話がしたいと言っていて。自力では歩くことが出来ないため、2人で運んでいます」
「うん」
「それと、これがこの付近の状況です」
キユリは僕に手帳を見せる。そこには簡易的な地図が描かれ、住民や敵のいる位置と大まかな人数が分かりやすく記載されていた。
中心エリア全てが分かる訳では無いが、この周囲の状況だけは把握する事が出来た。
「ふむ……」
「ここに敵の拠点のようなものがあります。捕虜たちもここに集められていて……。東家の方はこの近くの小さい倉庫に隠されていました。それであの……。捕虜の中に鬼人の女性や子供達もいて……」
「助けたい?」
「はい……」
捕虜がいるという敵の拠点は、物資を保管管理する建物だ。そのまま乗っ取られてしまったようである。
「なら、逆にそこを取り返して、僕達の拠点にしてしまおうか。キユリ、戻ったところでごめんね、ノリさんを呼んできて貰える?」
「分かりました」
僕は作戦を脳内で描く。キユリがまとめた地図情報のおかげで、解像度が上がっていく。
と、その時。トキとキジノ、そしてもう1人の気配が近づいてくるのに気がついた。そのもう1人の気配はおそらくキユリが話していた東家の人なのだろう。
間もなくすると、2人が怪我人の男性に肩を貸した状態で現れた。
「ナキリさん! こちらが東家の方で!」
「ノリさんに直接じゃないと話せないとかで!」
2人が連れてきた東家の人間は見るからに酷い怪我だ。会話がまともにできるとも思えない。
「ナキリさん! ノリさんを連れてきました!」
そこへノリさんを連れてきたキユリが丁度よく合流する。ノリさんは男性を見るや否や駆け寄り状態を確認していた。
「ノリさ……こ……れ……。いそ……い……で……彼等へ……」
男性は胸元から何かを取り出しノリさんに渡す。と、その途端に気を失ってしまった。
ノリさんが受け取っていたのは小さく折りたたまれた紙だった。おそらくそれはこの男性が残した大事な情報が記載されたメモなのだろう。ノリさんはそれを広げ、真剣な眼差しで内容を確認している。
内容をチラリと覗き込んで見たが、暗号で記載されており、僕では全く読み解くことが出来ないようになっていた。
東家が使う暗号なのだろう。よく雪子鬼が持っていた資料にも似たようなものがあったので間違いないと思われる。
暗号解読はノリさんに任せ、僕達は気を失ってしまった男性の手当てを行う。傷を見るに拷問をされた後だろう。全身酷い状態で、痛みも相当だろうと推測できる。
「ナキリ君、彼の服のポケットにこれと同じように折りたたまれた紙がいくつかあるはずなんだけれど、探してくれないかな」
「分かりました」
ノリさんは暗号解読をしながら言う。
僕達は指示通り気を失った男性の上着やズボンを探った。すると、小さく折りたたまれた紙が、他に5つ見つかる。
それらを広げると、同様に暗号がびっしりと書き込まれていた。僕はそれをノリさんへ渡す。
「彼はね、裏切られて麒麟に捕まっていた人だよ。捕まっていた時に得た情報がここに書かれていてね……」
予想通り、内部の裏切り者によって麒麟に引き渡されてしまった東家の人だった。この痛々しい拷問の傷は、情報を吐かされる時に受けたものなのだろう。
僕は解読作業を進めるノリさんを見守る。表情が徐々に険しくなっていく。良くない事が書かれているのだろうかと不安になる。
「ナキリ君」
「はい」
「今から僕が話す内容は確かな情報ではないそうだ。だけど彼が、周囲の会話から推測した内容を話すね」
「はい」
「麒麟側はね、この避難地域に立派な医療施設がある事に勘づいていて、そこを1番の目的としている可能性が高いそうだ」
「なっ!?」
「だから、ナキリ君達は急いで医療施設へ」
僕は固まる。
その話が本当であれば、今まさに医療施設が攻撃されているかもしれないという事だ。急いで向かいたい。
だが、僕達が向かえばここにいる人達はどうなる……?
そんな事は分かり切っている。麒麟に再び狙われて命を落とすか捕虜にされてしまう。
「避難地域の事は良いから」
僕は何も言えない。
ノリさんは氷織達を優先しろと言う。僕の本心としてはその通りとしたい。
「力は、まずは自分の為に使うべきだよ。優先順位を間違えてはいけないよ」
「はい……」
僕は顔を上げて周囲を見る。すると、近くにいた隠密組の3人が不安気な表情で僕を見ていた。
いや、違う。彼等は僕を心配しているのだ。そんな様子だった。
「ナキリさん。別れて行動しましょう。医療施設へ向かう部隊と、捕虜がいる建物の奪還及び怪我人を移動する部隊に」
キジノが言う。
「ナキリさんとグラ兄の2人で医療施設へ行ってください。グラ兄の無茶を止められるのはナキリさんだけなので」
トキも続けて言う。
「残りの私達で捕虜になっている人達を助け出します。そして、そこを私達の拠点として機能させておきますから」
最後にキユリがそう言って笑った。3人とも自信に満ちた目だ。燃えるようなオレンジ色の瞳が輝いている。
「自分達はずっとナキリさんの近くで一緒に戦って育ててもらってきました。だから、大丈夫です」
確かにトキが言うように、彼等は随分と成長した。難しい仕事を任せられるほどに。
そして、あんなに幼いと思っていたのに、気がつけば立派な少年少女達だ。
「私達はノリさんの言う事ならちゃんと聞くので心配しないでください。赤鬼や青鬼、それに天鬼でさえ、ノリさんの言うことはちゃんと聞くようになったんですから」
常に近接戦闘を行う鬼兄弟とアマキは、特に人の言う事を聞かないし、ルールも守らない。僕とグラがフォローしなければシェルターでの生活すらも、初めは困難だった。
そんな思うまま、自由に生きる彼等が、今やノリさんの言う事はちゃんと聞いている。きっとノリさんが鬼人達に信頼されるようになったからだろう。
また、彼ら自身も成長して、我慢したり他に合わせたり、他人の都合を考えられるようになったからだろう。
「俺達3人で拠点の奪還作戦の指揮をとります。ノリさんに付いていて貰えれば安心です」
僕はノリさんの方へ視線を向けた。
「ノリさん。どうでしょうか? 彼等と共に作戦の指揮をとって貰えますか?」
「僕で……いいのかい?」
「はい。ノリさんになら、彼等を預けられます。そもそも鬼人達は、信頼する人間以外に対しては、口すらききません。だからむしろ、ノリさんにしか託せませんよ」
ノリさんはそれを聞いて、目を覆い肩を震わせていた。隠密組の3人はそんなノリさんを囲み肩を抱き合う。そんな様子を見て、僕は彼等ならば大丈夫だろうと思えた。
「よし。グラ行こう」
「え。何で俺だけ……?」
「一番他人の言う事をきかないのはグラだからさ」
「……」
「作戦としても、この分け方が最善」
グラは首を傾げている。全く納得していないようだ。
「ノリさん。僕の大事な鬼の子達を、よろしくお願いします」
「うん。ありがとう。彼等が無理をしないようにちゃんと見張っておくから」
僕は、まだ納得しきれていないグラを連れて、医療施設へと向かった。




