12章-8.脱出とは 2005.4.12
「百鬼さん! この扉が!」
遠く、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。僕は声がした方へと向かう。
「この扉、開かないんですけれど、大きいし、これかなって」
そこにあったのは大きな鉄扉だった。幅180センチメートル程度の両開き扉であり、特に室名札も無ければ扉に装飾もない。確かに怪しい。
また、階段室からは随分と遠い位置にあり、逃げる事を目的とする人間からは最も見つかりにくい場所にその扉はあった。
僕はその扉を確認する。すると扉の下部に何かある。どうやらこの扉のロックのようだ。僕はそれを外す。
すると、扉はゆっくりと開いたのだった。
「見つけた……」
その扉の先、室内を照らせば正面に巨大な貨物エレベーターがあった。だが、当然電気が止まっている。非常電源もない。エレベーター自体は動きそうになかった。
だが、このエレベーターの竪穴を利用すれば下階へ行けるのだ。何とか扉をこじ開けてシャフト内に入れないだろうか。
僕はエレベーターの扉を開けようとする。貨物のエレベーターの扉は、シャッターの様に下から上へ開く仕組みのようで、僕は扉の下部に手を掛けて持ち上げる様に力を込めた。
しかし、人間の力では全く開く気配は無い。道具を使って開けられないだろうかと周囲を見回す。
「ナキリどいて。俺がやる」
グラは僕を扉の前からどかすと、エレベーターの扉に手を掛けた。そして、力を込めている。グラの力ならいけるだろうか。
僕が数歩下がって見守っていると、鬼兄弟達もグラの脇から扉に手を掛けて開けようとする。
2人の力が加わると、扉は僅かに開く。そして、ギギギっと金属同士がすれるような不快な音を響かせながら、扉は徐々に開いていく。
そして、しばらくすると人が1人通れるだけの隙間が出来た。僕は近くにあったスチールの小さな棚を開いた隙間に挟み込み、固定する。
これで下階へ行く道が確保できた。早速グラが身を乗り出してシャフト内を確認してくれている。物理的に降りて行くことは可能だろうか。
「下に行けそう。吊ってるロープを伝って降りられると思う。ただ4階分の高さがあるから落ちたら死ぬかも」
そうは言っても、行くしかない。ここにいては時間の問題で焼け死んでしまうのだから。
「俺が先に行くっす! 最悪下で俺が落ちてきたナキリさんを受け止めるっすから!」
こんな時でも、赤鬼はニッと笑って元気に僕へ提案してくれる。その元気に救われる思いだ。本当にありがたい存在だと感じる。
「ありがとう。お願いね」
アカギは頷くと、こじ開けた隙間から躊躇いもなくシャフト内へと入って行った。
真っ暗な竪穴に、1本のロープを伝って降りて行くなんて、怖いに決まっている。それを買って出てくれたアカギに感謝しながら、僕はシャフト内を照らす。
しかし、降りて行ったアカギの姿は直ぐに見えなくなってしまった。携帯電話の画面の光では不十分過ぎる。
しかしそれでも、その光はアカギからは見えるだろう。だから僕は照らし続けた。
しばらくすると、遥か下の方で1つの光が見え、それが左右に揺れた。
「着いたっす!」
アカギの声が聞こえてくる。どうやら無事に辿り着いたようだ。
「俺も先に行くっす!」
「僕も〜!」
僕の隣で覗き込んでいた青鬼と天鬼はそう申告すると、一切の躊躇いもなくロープに飛び移って下方へ行ってしまった。
「2人が下に着いたらナキリが降りて。3人いれば落ちても受け止められるでしょ」
「いや、何で僕が落ちる前提……」
グラはクスクスと笑っている。確かにこのメンバーの中で落下するとしたら僕なのだろうとは思う。
垂れ下がったロープを伝って、10メートル以上も降下するのだ。特殊な訓練でもしていなければ、自分の体重を支えながら安全に降りるなんてできないだろう。
「せめて、これ付けて」
「え」
僕はグラから黒い手袋を渡された。それはいつもグラが黒い皮膚を隠すためにつけている手袋である。
「素手の状態で滑り落ちたら、皮膚が禿げる」
「……。怖いこと言わないでよ」
僕は有難くその手袋を受け取って、自身の手に付けた。確かにグラの言う通りだ。
途中で握力が無くなって落下した場合、掴んでいた手の皮膚はボロボロになるだろう。容易に想像出来る。
「俺は最後に行くから」
「分かった」
まもなくすると、下方で3つの光が揺れていた。アカギとアマキも無事に辿り着いたようだ。
「ゆっくりで平気。火も階段側から来てるし、まだ余裕がある」
「うん」
僕はグラの気遣いに感謝しながら、エレベーターのロープに飛び移ると、慎重に降下して行った。
***
僕は無事にアカギ達がいる場所へと辿り着いた。エレベーターのカゴの天井にある点検口からカゴ内へと入り、扉をこじ開けていた。
カゴ内側の扉は手動で容易に開いたのだが、やはり外側の扉が開かない。グラが来るまで厳しいだろうか。
どんどん降りてくる子供達が加勢して、懸命に扉を押し上げている。すると、少しずつ扉が開いてきた。
少し開いた隙間からアマキが這い出ていく。そして、少しすると扉を固定できるような金属製の椅子を持って戻ってきた。
その椅子を外側の扉の隙間に挟み込み、僕達はようやく脱出の道を切り開くことが出来た。
「お。開いてる」
音もなく降りてきたグラは確保された避難経路を見て嬉しそうだ。
グラが降りてきたということは全員揃ったのだろう。僕たちはようやく最下階フロアへとたどり着くことが出来たのだった。
エレベーターシャフトから脱出すると、そこはまるで地下駐車場のような空間だった。
コンクリートの床、コンクリートの太い四角柱。天井には配管が多くあり、むき出しだった。高さは3メートルくらいだろうか。
平面的な広さは照明が無いから分からない。音の響き方から、それなりに広い地下空間のように思う。
どうやらこの場所は、建物の1階では無さそうである。恐らく地下空間だ。
「ふむ……」
真っ暗で殆ど様子が分からない。だが、火災の気配は無いので一安心ではある。
この場所の用途は倉庫だろう。建物内へ搬入する物資を一時的に保管する場所だ。ということは、近くに大きめの扉の地上出口があるはずなのだが。
「ナキリさん! 階段があるっす!」
闇の中、遠くの方からアオキの声が聞こえてきた。僕達はそちらへ急ぐ。
アオキのいる所まで行くと、彼の言う通りそこには鉄骨造の上り階段が設置されていた。隣には幅の広いスロープもあるので、確実に搬入ルートだ。この階段を上がれば外に出られるかもしれない。
僕は足元を照らしながら急いで階段を駆け上がった。一体この先は、どこへ出る事が出来るのだろうか。全く予想できていない。
建物の1階に何かを搬入できるような出入口はなかったのだ。だから、地下を通じて別の建物に出る可能性もある。
期待と不安を胸に階段を駆け上がった先。
踊り場に大きな扉があった。幅180センチメートル程度の両開きの鉄扉だ。
きっと出口だ。
僕はその扉のノブに手をかけ、慎重に開く。
すると開いた隙間から光が差し込んだ。
屋外に繋がっている!
僕は一気に扉を押し開けた。途端に眩しくなり目を細める。だが、そこで同時に感じる熱波に僕は混乱した。
暗闇に慣れていた目はなかなか機能しない。だが僕は瞼を無理やりに開けて周囲を確認した。
そして、驚愕した。
「は……?」
目に飛び込んできた光景は、まるで地獄かのような火の海だったのだ。
一体なぜ……? 何が起きている……?
僕は困惑し固まる。
確かに倉庫と宿舎を燃やす計画だった。だがこんな燃え方は計画していない。こんな勢いよく建物全体が火に包まれるような燃え方をするはずがない。
つまり、この火災も麒麟側が用意した仕掛けという事だ。
僕は唖然として動くことが出来なかった。一体どうすればいい。何を優先して行動するのが『最善』なのだろうか。
分からない。選択するのが怖い。間違えるのが恐ろしい。
だが、そんな悠長に何かを考えている場合じゃない。とにかくここから逃げなければ。
僕は子供達に指示を出そうと彼等を見た。しかし、彼らは困惑した様子で周囲に意識を向けていた。僕の動きなんて全く眼中に無い。何かに気を取られている。
「ナキリさん。皆が……」
アマキの泣きそうな声だ。
「皆が火の中にいる……」
僕はその言葉を聞いた瞬間。
正気を、失った。




