12章-7.本当の狙いとは 2005.4.12
建物4階への階段を駆け上がりながら、僕は腕時計で時間を確認した。
13時23分。僕達が襲撃を開始してから約40分程度経過した。ノリさんの予想だと、他の支部から応援が来てしまうと考えられる時間は開始後1時間程度と聞いている。
避難地域が襲われている今、他の支部からの応援がこの支部へ来るかは不明だ。だが、もしこちらへ来てしまえば、僕達の退路が塞がれてしまう。
だから、後20分程度しか時間は残されていないという事になる。それまでにプレイヤーを殲滅して撤退しなければならない状況だ。
Sランクプレイヤーさえいなければ、任意のタイミングで撤退できたのに。
僕は思い通りにいかない状況に悔しさを覚え、グッと奥歯を噛み締めた。
元々の計画では、複数回の襲撃で攻め落とす事を前提にしていた。宿舎と倉庫を燃やして施設としての機能を低下させる事。そして、少しでも戦闘員を削る事ができればいいのだからと。
いつでも撤退が可能な状況とみて、可能な限り無理のない範囲で攻めた後、他の支部からの応援が来る前に撤退する方針だった。
だが、もはや僕たちはAランク以上のプレイヤー全員を殲滅しなければ撤退は出来ない状況になってしまった。
多くのSランクプレイヤー達に待ち伏せされ、彼等と戦闘を初めてしまったのだ。途中で逃げる方が危険だ。
もはや足止めだ。むしろ、麒麟側の狙いは僕達の足止めだったのかもしれない。僕達を避難地域へ向かわせない為に、この支部全体を使って計画していたという事かもしれない。
「百鬼さん。この先、非常に危険ですから僕達が前に出ます」
階段室から出る手前で鬼神野が言う。
この鉄扉を開けた先は、グラ達の戦場だ。高ランクプレイヤー同士の戦闘の場だ。戦闘力の低い僕が前に出て良い場所では無い。
僕は後方に下がり、狂気の出力に専念する。これだけ強烈な狂気を放っているのだから、恐らく扉越しでもグラ達は僕が近くまで来ていることに気がついていることだろう。
「行きます!」
キジノは掛け声とともに鉄扉を手前に引き、開け放った。そして僕達は4階フロアへなだれ込む。さらにその勢いのまま、グラ達の戦いに加勢する。
僕は、僕の姿を確認したグラ達と一気に共鳴の密度を上げていく。
容赦など必要無い。さっさと蹴散らしてしまえ。
僕の意志を感じ取ったグラ達は、一気に攻めていく。格段に上がった身体能力と加勢を得て、僕たちは高ランクプレイヤー達を蹂躙していく。
それは一方的な虐殺に見える程、圧倒的だった。Aランクプレイヤーは為す術なく、一瞬で命を刈り取られ、残るはSランクプレイヤーが片手で数えられる程だ。
僕は残りのSランクプレイヤー達に逃げられないように、彼等を囲むようにして退路を塞ぐ。
完全に追い詰めた。僕はなおも立ち続ける麒麟のSランクプレイヤー5人を睨む。
僕は彼等の殺意を浴びて、そこに確かに存在する憎悪を感じとる。きっと彼等にも事情があるのだろう。引けない理由があるのだろう。
死に物狂いで格上の僕達を殺そうとするくらいなのだ。家族や仲間、自分の命を握られているのだろう。逃げられない状況なのだろう。
きっとそんな追い詰められた状況だからこそ、これ程の憎悪が向けられるのだ。僕達の事を心底憎んでいるに違いない。
だが、僕達だって麒麟を憎んでいる。大事な人達が傷つけられてきたのだ。奪われてきたのだ。
もう、許し合うとか、話し合いで解決しようとか、そういう事が出来る次元じゃない。戦わないなんて選択肢は無い。殺し合う以外にありえないのだ。
「死んでくれ」
僕がそう告げた瞬間。
鬼人達は解き放たれたように一斉に攻撃を仕掛けた。攻撃をかいくぐる隙間なんて一切ないほどの密度で、まるで嵐のようだった。
僕はそんな彼等を見ていた。四肢や首が飛んでいく様子を見続ける。血しぶきが舞い、肉片が飛び散る。Sランクのプレイヤーが相手でも、それは一方的な戦いだった。そして、ついに最後の一人の首をグラが刎ね飛ばしたのだった。
刎ね飛ばされた首は宙を舞い、そして遠くでドチャリと生々しい音を立てて床に落ちた。
終わった。
僕は動かなくなったプレイヤー達の肉塊を見て、安堵する。
誰一人失うことなく処理できたことにホッとする。
この後は素早く撤退して、避難地域に向かわなければ。
僕は気持ちを切り替えて、鬼人達に指示を伝えるべく、口を開いた。
「皆、急ぎ撤退を――」
しかしその時だった。
カーン! カーン! カーン! カーン! カーン!
けたたましくサイレンが鳴り響く。
まるで、僕の言葉を遮るように耳をつんざくほどの音量だ。その音色はどこか不穏で、不安を掻き立てるような音だった。
一体何事だ……?
僕が困惑したのも束の間。
続け様に、ドン! ドン! ドン! ドン! と各地で爆発が起きる音が響く。
その途端、照明が落ちた。
一気に真っ暗になる。僕は慌てて周囲を見回すが全く何も見えない。
僕達がいる場所は、その爆発による衝撃で細かく振動し、天井から舞い落ちてきただろう埃で僕は咽そうになる。
状況を確認しようにも、この建物に窓は存在しない。換気用の窓すらないのだ。給気口が天井に見えていたので、この建物の換気は完全に機械で行われていると見て間違いないだろう。
つまり、外に出なければ、周囲の様子が全く分からない。
僕は不安に押しつぶされそうになりながらも、せめて周囲の様子だけでも、把握しようと試みる。
携帯電話の画面の明かりをつけると、子供達の不安げな顔が照らされた。その顔達を見て、僕はしっかりしなければと気を取り直す。
こんな時こそ、僕が皆を導かなければ。『最善』の選択をしなければ。
爆発音は下の方から聞こえてきた。この建物の下階、もしくは建物の周囲で爆発が起きたと推測する。
ただ、建物自体は倒壊していないのを見ると、建物を壊すための爆破ではなかったのだと考えられる。
それであれば、考えられるのは――。
「ナキリ! 火の臭いがする!」
「なっ!?」
グラの声に僕はハッとする。
「建物に火を付けられたかもしれない」
「そんなっ!」
僕達が今いる建物の造りは非常に変わっていた。出入り口は1か所しか存在せず、他に人間が出入りできる開口部がどこにもないのだ。そして、鉄筋コンクリート造でがっしりと造られており、人力で壁を破壊することも不可能に近い。
恐らくは、防衛ラインのための建物でもあったのだろう。ここに立て籠もって、敵を迎え撃つための建物だ。
だが、それであれば消火設備は整っているはずだ。そうでなければ、こうして火を付けられてお終いになってしまうのだから。
僕は天井を見上げ照らしてみる。するとそこにはスプリンクラーがしっかりと設置されていた。
煙感知器と思われる設備もあるので、熱や煙を感知すれば作動して、消化が始まるのかもしれない。
だが、グラが火災を感知しているにも関わらず、何か周囲で設備が作動する様子は現状感じ取れない。もしかすると意図的に消火設備は壊されているのかもしれない。
もしかして……。
そこで僕はある考えに至る。
最初から僕達をここ――出入り口から最も遠い4階へ誘い込んで、まとめて焼き殺す気だったのでは……?
そんな事をすれば、ここに配置されていたプレイヤー達だって全員焼け死ぬ。だが、それも想定の内……?
最初から道連れにするつもりだったとでもいうのか!?
僕はそんな考えに至り、ゾワリとして背筋が凍った。
つまりだ。
つまり麒麟は最初から、この支部全体を使って、僕達を殺す気だったのだ。
支部を防衛しようなんて気は一切無かったのだ。切り捨てる気満々だったのだ。
僕達を確殺するために支部を丸ごと、プレイヤー達諸共全て生贄にしたのだ。
足止めなんて、そんな生易しいものなんかじゃなかった。
そんなぬるい話じゃなかったのだ。
麒麟のなりふり構わない戦い方から気がつくべきだったのだ。
こんな、異常なやり方をする位だ。何かあるに決まっていたのに。
「ナキリまずい! 火が迫って来てる!」
気づけば、黒く熱い煙が僕達のいる場まで流れ込んできていた。このままでは焼き殺されてしまう。
明らかに速い火の回り方に、やはり意図的に火災を起こされたのだと悟る。可燃物がそこら中にばらまかれているのかもしれない。
「ここは立て籠もるための建物だから、最上階にも必ず備蓄の水はあるはずだ! 水を被って服を濡らして。できるだけ煙は吸わないように」
僕は声を張り上げる。
「ナキリさん有りました! 備蓄の水のボトルが!」
部屋に隣接する倉庫でキジノが見つけてくれた水を皆で頭から被る。そして口元を布で覆い、煙を吸い込まないようにする。
火がどのように回っているのかすら分からない。爆破と共に、燃料に火を付ける仕組みだったのだろうか。火元が分からないとどちらへ逃げたらいいかも分からない。
各自ボトルに入った水を持てるだけ持ち、脱出を試みる。各々の携帯電話の画面の明かりだけが頼りだ。
僕達は可能な限り姿勢を低くして、ここへ来た時の階段室へと急いで向かった。
***
煙を掻い潜り、心もとない明かりで照らしながら、何とか僕達は階段室前に辿り着く。
そして、僕は階段室への鉄扉に手を掛けた。
「待って」
「え?」
扉に触れる直前でグラに止められた。そして、僕の手を引かせると、代わりにグラが鉄扉へゆっくりと手を当てた。
「扉が熱い。それに油の臭いもする。扉を開けたら爆発するかもしれない」
だが、この階段以外で下の階に降りる術がない。
かもしれないだけで、爆発しない可能性だってある。それに賭けるか……?
いや。待て。
これは完全に罠であり、僕達を丸焼きにして殺そうとしているのだ。
階段室に罠が張られている可能性だって十分に考えられる。
むしろ、逃げ場はここだけなのだから、この階段に罠を仕掛けるのが最も効率がいいとすら思える。
「どうする……?」
「どうしようか」
悠長に考えている時間なんてない。
他に逃げる手段は、本当にないのだろうか。
僕は周囲を見回す。何か使える物はないだろうか。階段以外に外部へと出る事が出来る手段はないだろうか。
換気用のダクトを伝って行けば、外部へ出る事が出来るだろうか。
いや、どのように繋がっているかも分からない状態で、そんな賭けは出来ない。
屋上へ出られるルートは無いだろうか。屋上には、空調設備や貯湯タンク等、設備が載っていると考えられるのだから、メンテナンス用のルートがあってもおかしくはない。
だが、それも階段室の屋上、塔屋からのルートが一般的だ。階段室に入れないのであれば屋上へのルートも絶望的だ。
何か……。
何かないのか……!?
僕は懸命に周囲を照らし、手当たり次第に使えそうな物がないか探していく。
と、そこで僕は今いる部屋に、大きな什器や物資が多く残されている事に気が付いた。
これらの物は、一体どこからどのように搬入されたのだろうか……?
階段室の鉄扉の幅よりも大きなものまであるのだから、人力で階段から持ってきたわけではないはずだ。
つまり、窓の無いこの建物へ搬入するためには、階段以外にルートがあるはず……!!!
「どこかに、貨物用のエレベーターがあるかもしれない!」
探せ!
必ずどこかにあるはずだ。
僕達は迫り来る炎と煙の中、手分けをして探し続けた。




