2章-3.間引きとは 2000.8.2
僕達は早速、暁の店の雑用係達を紹介された。計15人もいた。
確かに規模の大きい店ではあるが、多すぎではと感じずにはいられない。受付にいた事務の女性達は雑用係ではないので、省かれている。事務員の他に15人もいたという事だ。
彼等は、経歴の長い順番に番号が割り振られており、番号で呼ばれるそうだ。ほぼ年功序列で決まっているようだ。一番上の雑用係は17歳程度、一番下は6歳程度の子供だ。
僕は彼等の様子を観察した。
この人間達は将来の店主候補だ。暁の話を聞いた後だと、彼等を見る目が変わってしまったなと自覚する。
将来店主に成れそうにもない人間は不要だろう。きっとそういう基準で今後切られるのだ。一体ここからどれだけの人間が生き残れるのだろうか。
「彼は百鬼君だ。他店の副店長をしている。今日は君たちに解体ショーの見本を見せるためにわざわざ来てもらった。しっかり彼から学ぶように。また、彼は僕の大事な知人だからね。失礼が無いように頼むよ」
雑用係達は元気に返事をしていた。
彼等の様子を見ると、健康状態にバラつきがあるように見えた。痩せ細って目が虚ろな者がいるかと思えば、肉付きがよく健康的な者もいる。彼らの環境は基本的に変わらないはずだ。こんな明確に差が出るのは不自然だ。
何かあるな、と僕は直感的に思うのだった。
「君達、折角だから、ナキリ君に質問したい事があれば今少しして良いよ」
アカツキがそう言うと、雑用係達はソワソワし始めた。顔を見合わせているものや不安そうな顔をするもの。色々といる。
どうにも僕が思う雑用係の人間の様子とは思えない者が大半だ。店が違えば教育方針も、求める物も異なるからかもしれない。
もしこんな様子を僕の店の店主であるゴチョウが見たら、一気に機嫌を悪くするだろうと僕は想像した。
効率を最優先するゴチョウならば、このように雑用係達の中で空気の読み合いを行う時間すら、許さないはずだ。酷ければその場で死人が出るだろうと思う。
しばらく彼らは互いに様子見をしていたのだが、そんな中で、一人の少年が静かにスっと手を挙げた。
13番の子だ。年齢は10歳前後だろう。小柄で痩せている。黒髪の短髪でこれといって目立つ容姿では無い。だが、その目つきは非常に鋭い。その眼力によって、キリッとした印象の子供だった。
「13番です。質問良いですか」
「どうぞ」
「ナキリさんはどうして副店長なのに解体業務をしているんですか?」
成程。鋭い質問だ。僕は内心感心してしまった。
解体の業務は雑用係の仕事という認識なのに、他店とはいえ副店長の肩書を持った僕がレクチャーしに来たこと自体に、しっかりと疑問を持っているようだ。怪しいと感じているのだろう。
「僕の人間性が解体業務に向いているからだよ。店主から指名されるから、やっているんだ」
ここでは『元雑用係だった為にやっていた延長』という事実は伏せるべきだろう。暁の店でも、彼等雑用係には教えてはいけないカラクリなのだろうから。
それに、僕の答えは全くの嘘ではない。『人間をこの手で殺しても全く動じない』という僕の人間性は、解体業務に向いているのは事実だろう。
正気の沙汰じゃない。だが、僕は全く平気だった。きっと元より、僕はそういう人間なのだろう。
この社会で、雑用係として生きていくには有用な性質だったと僕自身思う部分だ。
質問した少年は僕の答えを聞いて少し考えているようだった。
「すみません。1番です。私からも質問いいですか?」
「どうぞ」
「解体のコツがあれば教えてください」
1番の男はにこやかに微笑みながら、僕へ質問を投げかけた。僕はその様子をじっと観察した。彼もまた特段容姿に特徴のない男だった。
至極無難な質問内容に対してはこの際どうでもいい。この男の性質の方が僕は気になった。
この男は17歳前後、正直僕とさほど変わらない。体格だけで言えば、痩せ型な僕よりずっと良い。
どうやら僕は、この男に少し舐められているようだと感覚的に分かった。
この余裕があるような態度から、一応は丁寧に下手に出ている、という考えが透けて見えた。
気分は良くない。隣に立つグラがピクリと動いたところで、僕はグラを制止した。恐らくグラも感じたのだろうと思う。
「どの点のコツが知りたいのか、もう少し詳しく教えてくれるかな。例えば道具の使い方なのか、止血の仕方なのか、片付けの仕方なのか、ショーとしての魅せ方なのか、とかね」
「ショーとしての魅せ方を教えてください」
鼻で笑いそうになるのを僕は堪えた。
「ショーは、主役を引き立たせることが重要だよ。といっても、ありのままの主役が望まれる。だから、むしろそれ以外はノイズさ。いらない。魅せるとかじゃないんだ」
案の定男は、僕の回答を聞いて困惑したような表情をしていた。
隣に立つアカツキは変わらずニコニコと笑顔を絶やさない。腹のうちに一体どんな物を隠し、何を考えているのやら。恐ろしくて知りたくもない。
「あとは解体ショーの時に聞いてもらうことにして。君達はもう自分達の仕事に戻りなさい」
アカツキがそう言うと、彼等は自分達の仕事へと戻って行った。
彼等が出ていった後、僕はアカツキの様子を伺う。本当に食えない男だ。
「アカツキさんは、僕に何を求めてますか?」
「察しが良くて助かるよ。間引きして欲しい」
「……」
なぜ僕が他の店の雑用係に対して、そんな事をしなければならないのか。
「将来店主になる見込みのない人間は必要ないから」
「分かりました」
全くとんでもない業務を依頼されてしまった。だが、きっとこれが本当の依頼内容なのだろう。
「頼んだよ。業務量的に残す雑用係は5人いれば十分だから」
アカツキはそう言って、変わらない笑顔を僕に向けたのだった。
***
その後僕は、暁の店を自由に見学をした。どんな場所でも入っていいと言うのだ。機密資料や物資だってあるだろうに、僕達は全ての場所の訪問を許された。
また、アカツキから従業員やプレイヤー達には話がいっているようで、僕達が突然ふらりと現ても歓迎されるような様子だった。
僕は容赦なく暁の店を見て回った。それはもはや捜査に近い。アカツキが全てを許した意味を考えれば、この行動が求められており正しい事なのだろうと思う。
僕がこの短時間で見極めなければならないのは、従業員15人全員の人間性だ。限られた時間でそれらを知るためには、彼等の仕事ぶりを見るしかない。
短時間ではアウトプットの精度を見るしかなく、それでしか判断できない。つまり、今からでは、彼等の『過程の頑張り』なんて見られる訳が無いのだ。
アカツキはそれを分かった上で外部の人間にやらせるのだから悪い人間だ。今日のこの時点のアウトプットの精度でしか判断する気がないらしい。
長年この店にいる子もいるだろうに。それまでの様子はどうでも良いという事だ。
「グラ。ここにいるプレイヤー達のことを教えて欲しい。ここのプレイヤー達の力関係について」
僕達は、待機部屋として用意してもらった部屋のテーブルセットに座る。そして、暁の店の所属プレイヤーの資料を広げて正面に座ったグラに問う。
するとグラはその資料を手に取り、素早くテーブル一面に大きく広げていった。その置かれた資料の位置関係で何となくパワーバランスが分かった。
そして、派閥がある事も理解した。
「わざと対立させて、競争心を煽っている」
「やっぱりか」
この暁の店に所属するプレイヤー達には派閥が存在している。それは当然雑用係達にも影響する。そこを読み解かなければ、この店の雑用係達の事は理解できないだろう。
そして、その情報の読み違え等あってはならない。
本当にとんでもない業務を押し付けてくれたものだ。店主の顔に泥を塗る訳にもいかないのだ。
ここで成果を見せなければ僕もどこで切られるか分かったものでは無い。
僕はグラが広げた資料を今一度よく確認する。2つの派閥で争う構図であり、双方のトップにいるのはSSランクのプレイヤーだ。
高ランクプレイヤーは大抵、一癖も二癖もある。正直彼等の腹の中が読めないのもキツい。
「この2人、フェイクだ」
「フェイク?」
僕が聞き返すとグラは頷いた。
「実際は対立してない。そう見せているだけ」
「……」
本当にグラには感謝だ。そのようなプレイヤー間の関係性は、僕には感じ取る事は出来ないものだからだ。
高ランクのプレイヤー達は、そうした目には見えない様なものを感じ取り、自身の身の置き方を決めているらしい。
「どうする。不十分?」
「いや、調査はもう十分だよ。グラありがとう」
大体方針は決まった。あとは、彼等と直接対話をして最終的なものとすべきと僕は判断したのだった。




