12章-6.もどかしさとは 2005.4.12
僕は状況を整理する。そして、麒麟側の狙いを考える。誘い込まれたとなれば、必ず麒麟側には何かしらの作戦や意図があるという事だ。警戒しなければならない。
とはいえ、グラ達の場所へ行かなければ分からない事の方が多い。前を走る鬼神野が持っている情報だけでは不十分だ。最前線の現場の状況は常に大きく動き続けていると見るべきだ。
「Sランクプレイヤーが沢山現れた所で、自分達は下がったので……」
「うん。その判断は正しいよ」
グラ、鬼兄弟、天鬼以外のメンバーは、僕が近くで狂気を供給しなければSランク相手に戦えない。というより、戦う事を禁止している。
実際、戦うこと自体は可能であるが、実力差が殆ど無いのでリスクが大きい。無傷でとはいかないだろう。
だから彼等は最前線から少し距離を置いて、周囲の格下の戦闘員を減らす事を優先させたという事だ。
その結果、誰もグラ達最前線の戦いの細かい様子が把握出来ていないのだ。それはやむを得ない。
「グラ兄達は、先を急いでる感じでした。余裕がなさそうで……。自分達も余裕がなくて、詳しく聞く時間も無かったので、何となくそんなふうに感じたと言うだけですが……」
「ふむ……」
キジノも混乱しているようだ。何かが起きているような気はしていても、掴みきれずにいるのだろう。せめて僕が思考できるように気がついた事を教えてくれるというのはありがたい。
電話で直接グラに聞ければ楽なのだが。戦闘時にそんな事をする余裕は無い。僕はもどかしさを感じつつも彼の話に集中する。
「この建物に入った瞬間から、少しずつSランクプレイヤーが現れて……」
「ん? もしかして4階に全員固まっていたんじゃない……?」
「あ、はいそうです。1階から3階にそれぞれ5人ずつくらい。グラ兄達が率先して倒していきました。それで4階に行ったらさらに多くのプレイヤーが待ち構えていて……」
僕は頭を抱えた。
成程、そんな事をされれば、グラ達は簡単に誘導されてしまう。Sランクのプレイヤーを放置すれば、仲間が危険になるわけだ。見逃すわけが無い。だから、見つけたら確実に殺そうとするだろう。
そうして、この建物の奥へ奥へと進んでいってしまったのだろう。立ち止まって僕へ報告する間もない位の密度で攻撃を仕掛けられたに違いない。
また自爆する戦闘員も紛れていれば、尚更立ち止まるなんて出来ない。
「百鬼さん……」
キジノは振り返り不安げに僕を見る。
燃えるようなオレンジ色の瞳が揺れている。僕の不安が伝わってしまったのだろう。
「一旦ノリさんへ連絡する。その間、僕の護衛を任せていい?」
「はい。分かりました」
僕は1度立ち止まり携帯電話を取り出して、急いでノリさんへと発信する。
この先何があるか、予想できない。立ち止まる余裕もなくなるに違いない。だから今、先にノリさんへこの状況を伝えておいた方が良いだろうと判断した。
不安な気持ちを押し殺し、僕は携帯電話を耳に当てる。プルルル……と呼出音が鳴ったと思ったその瞬間だった。
『ナキリ君!!』
ワンコールもなり終わらないうちに通話が繋がり、直後ノリさんの慌てたような声が聞こえてきた。
「ノリ……さん……?」
『貰った電話でごめんね。大変だ! 避難地域が襲われているんだよ!』
「なっ……、え……?」
避難地域が襲われている……?
『直ぐに撤退して、避難地域の方へ向かって欲しい!』
「……」
僕は混乱した。
頭が真っ白になって何も考えられなくなった。
『ナキリ君……?』
どうしてこのタイミングで避難地域が襲われているのだろうか。
厳重なセキュリティで順調に回り始めた避難地域がなぜ……?
今この瞬間、一体何が起きているというのか。
『ナキリ君ごめん。申し訳ない。僕も気が動転していて一方的に言ってしまった。先にナキリ君の方の要件を聞かないといけなかったのに……』
僕はノリさんの優しい声を聞いて、少し落ち着いた。動揺している場合じゃない。
「いえ」
ノリさんの気持ちは十分に分かる。避難地域が攻められて、一刻も早く僕達をそこへ向かわせたいのに、連絡を取ることが出来ず、もどかしい思いをしていたのだろう。
戦闘中の僕達と連絡を取るには、僕の方から発信するしかない。丁度そんなタイミングで僕からの着信があったのだ。十分に理解出来る。
「僕が電話したのは、今攻めている麒麟の支部の様子がおかしいという話を伝えるためでした。自爆する戦闘員が多数紛れている上、SランクプレイヤーやAランクプレイヤーが固まって待ち伏せしていました」
『それはおかしいね……。分かった。僕はそれについても調べるから』
この支部で何が起きているのか。きっと避難地域が襲われているというのにも繋がってくるはずだ。
「そういう状況なので、既にグラ達がSランクプレイヤー達と戦闘を始めてしまっています。直ぐに撤退が出来ません」
『うん。ナキリ君達は、今は自分達の戦いに集中して。避難地域のほうは何とか時間を稼ぐようにするから』
「はい。お願いします」
急がなければ。
僕は通話を切って携帯電話を胸ポケットへと仕舞った。
僕は刃を握りしめて周囲の敵へと切りかかる。
「キジノ、ありがとう。進もう」
「はい!」
僕達は再び上階を目指して走り出した。
***
3階まで来ると、そこはまさに戦場だった。グラ達の戦いを補助していた戦闘部隊が、そこかしこで戦っている。
僕は瞬時に強い狂気を纏った。そして彼等と共鳴する。一気に蹴散らさなければならない。一刻も早く4階へ向かいたいのだ。
「みんなごめんね。無理させるよ」
そして狂わない限界まで狂気の出力を上げた。
実際のところ、『狂気を放つ』とは何なのか。少し前にグラと話した事がある。
グラが言うには、オーラを放つ事と似ているという。『オーラを放つ』とは、強いプレイヤーが存在感を示して他を牽制する時に行う行為だそうだ。
僕の場合はそのオーラに濃い狂気が混じっていて、受け取れる範囲にいる鬼人は狂気を喰らい共鳴できるということらしい。
また、鬼人達に狂気を浴びせると何が起きるのかと言うと、彼等の身体と精神、両方のリミッターが解除されるのだ。つまり限界を超えた動きができるようになる。
人間は普段、力をセーブして生きている。そうしなければ体が壊れてしまうからだ。
狂気はそのセーブを解き放つ。そして、精神的にも恐怖心を取り除く。普通の人間なら直ぐに体が限界を迎えて壊れてしまうが、鬼人達の体は丈夫だ。回復力もある。だから多少リミッターを解除しても平気なのだ。
だが、無理をさせる事に変わりは無い。本人達は調子が良くなるせいか、狂気を浴びる事に抵抗は無いようだが。
それでも、幼い子や戦闘慣れしていない子には毒だろう。
その事を十分に認識した上で、僕は狂気を解き放つ。
途端に鬼人達の動きが良くなる。戦闘力は倍以上に跳ね上がる。そして、あっという間に3階の戦闘員達を処理し終えた。
自爆されることも無く、安全に処理できたようだった。
戦闘を終えた鬼人達は直ぐに僕の元へと集まってきた。だが、当初投入された戦闘補助部隊の人数より、随分と人数が少ない。
「みんなは怪我してない?」
彼等は頷いた。共鳴しているから、僕が何をしようとしているのか言わずとも伝わっているのだろう。
「急ぎたいんだ。ここを直ぐに片付けて、避難地域に行かなきゃいけないから」
この先、4階に待っているのは、今ここにいる子達よりも強いプレイヤーだ。僕の狂気を喰らったとしても、格上との戦闘は危険が伴い厳しい戦いになるだろう。
「これ以上戦うのが厳しい子は無理せず……」
無理せず休んでと僕は言おうとした。しかし、彼等の真っ直ぐな目を見て僕は言葉を止めた。
どうやらみんな僕について来てくれるようだった。
ここにいる子達は、比較的年齢の高い青年達のうち戦闘が得意な子達だ。作戦開始時は10人配置されてたのだが、今は6人。今ここにいない子は、恐らく怪我をして退避したのだろう。
「ありがとう。よろしくね」
僕は合流した6人の鬼人を連れて、グラ達が戦う最上階、4階へと向かったのだった。




