12章-4.家族とは 2005.3.25
避難シェルターの共用室。僕とグラはぐったりした状態でソファーに座っていた。満身創痍だ。もう何もしたくない。
「百鬼。コーヒー飲みたい」
「自分でやって」
「微糖がいい」
「……」
「……」
僕はチラリとグラの方を見る。彼はソファーの背もたれに寄りかかり天井を仰いでいた。
「たまにはグラが淹れてよ」
「……」
全く動く気はなさそうだ。僕は諦めて、グラと同様にソファーの背もたれに寄りかかり天井を仰いだ。
避難地域から鬼人の子供を引き取ってから約3週間。僕達は子供達の面倒を見ていた。ノリさんに丸投げするのは流石にないだろうと言う事で、積極的に子供達と関わるようにしていたのだが、やはり子供の体力はとんでもなかった。
案の定揉みくちゃにされて、僕達はぐったりとしている。
喧嘩は日常茶飯事だし、目を離した隙に、直ぐに危険な事をやろうとするのだ。好奇心の塊である。僕達は彼等に完全に振り回されていた。
「2人ともお疲れだね」
共用室へノリさんがニコニコしながらやって来た。僕達がぐったりしているのを見て微笑んでいる。
「コーヒーを淹れてあげるね」
「ありがとうございます」
しばらくするとノリさんは盆にマグカップを3つ載せてソファーセットへと戻って来た。
僕達は手渡されたマグカップを受け取り、コーヒーを飲む。疲弊した心と体に沁みていくようだ。
「東鬼君からの報告書が来たから渡しておくね。避難地域から発信された資料だから、決まり通り僕達東家の人間は先に内容を見させてもらったよ」
「はい」
僕は早速ノリさんから手渡された資料に目を通す。
その内容はどれも、非常に良い報告だった。僕達の思惑通りに事が進んでいるらしい。僕とグラに恐怖し、元店主達の言う事を聞くようになったそうだ。
元店主達から睨まれれば、直ぐに僕達に告げ口されて殺されると認識しているというのだから、作戦は大成功と言える。
また、鬼人達の孤立したバラックは全て解体され、彼等は他の居住者達と同じエリアで生活するようになったそうだ。立派な仮設住宅は資金の都合上得られなかったそうで、建物形態はバラック状だという。とはいえ、林の中ではないだけ随分とマシになったと言える。
同時に労働も、他の住民達と同じように行っているそうなので、特に周囲から不満の声は上がっていないらしい。こちらも上手く回り始めた事が分かり、ほっとする。
「ナキリ君とグラ君のおかげで、避難地域の治安は随分と良くなったよ。本当にありがとうね」
「いえ」
「あぁ、そうだ。これも見せないと!」
ノリさんは胸ポケットから折り畳み式のガラパゴス携帯を取り出す。そして少し操作した後、画面を僕達に見せた。
そこにあったのは、爛華と六色 若菜がそれぞれ赤ん坊を抱いて笑顔を向けている写真だった。
「無事に生まれたよ。虎河君と常磐君だ。2人とも男の子で誕生日はたったの5日違い。無事に生まれて良かったよ」
ノリさんもとても嬉しそうだ。良い報告ばかりで、僕も久しぶりに嬉しい気持ちになる。
グラもその写真には興味がある様で、携帯の画面を食い入るように見ていた。
「小さい」
「そりゃぁね。生まれたばかりは人間も小さいよ。3キロとかそれくらいしかないんじゃない?」
「……」
「グラは子供好きなの?」
「うん。可愛いと感じる」
「そっか」
グラは普段、長い前髪で表情を隠しているし、言葉数も多い方ではない。何を考えているのか分かりづらくはあるのだが、子供達にはとても優しく接しているなとは感じる。いつも可愛がっているイメージだ。
「家族は憧れる」
「うん」
正直僕も家族なんてものは知らない。物心付く頃には既に、親なんていなかった。同じような境遇の子供達と固まって何とか生き延びていたような記憶はある。
グラも幼い頃に捨てられているのだから、家族なんてものは知らないだろう。僕と大差ないだろうなと思う。
だから、こうして祝福されて生まれてきた子達に対して羨ましいという気持ちは確かに存在していた。
「はははっ! 全く、君達は何を言ってるんだか!」
突然。ノリさんは腹を抱え笑い出す。僕達は困惑しながら顔を見合せた。
そんなに可笑しい事を言っただろうか?
困惑する僕達をノリさんは見て、呆れたように微笑む。本当に仕方の無い子達だと、そんな風に言いたげな様子だった。
「あのね。君達は皆、既に家族みたいなものでしょう。むしろ君達には家族以上の絆があるじゃない。見ていて羨ましいくらいには、君達には信頼関係があって、互いに思いやっているんだから。どこにも他者を羨む必要なんてないでしょうに」
「え……?」
「血の繋がりだけが家族じゃないんだよ。君達は家族以上の関係性を築いているんだから」
「血の繋がりだけじゃない……?」
「そうだよ」
ノリさんはさも当たり前のように言う。そんな様子から、僕達は『家族』という物がどんなものなのか、正しく理解していなかったのかもしれないと感じた。
「確かに言葉通りの意味で言えば、『同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々』という意味だけれどね。君達が憧れると言った家族像はそういった意味じゃないでしょう」
「はい……」
「僕はね、君達が憧れると言った『家族』は既に手にしていると思うよ」
ノリさんに言われて。確かにそうかもしれないと僕は感じた。
「全く君達は……」
本当に世話が焼ける、と言いたげだ。
ノリさんはコーヒーを飲みながら優しく微笑んでいた。
そんな事を言われてしまって、僕は何だか照れ臭くなってしまった。むず痒い。グラはそんな僕を見てクスクスと笑う。グラだって同じようなものの癖に……。
僕は小さく息を吐くと、コーヒーを飲み気持ちを落ち着けた。確かに、他者を羨む必要なんて無いくらい、僕の周りには心を通わせることが出来る仲間が沢山いると思える。本当に贅沢な環境だと感じた。
「話は変わるけれど、避難地域の子供達をここへ連れてきたのを後悔してる?」
「少しだけ……」
僕は正直に答えた。間違いだったとは思わないが、ここまで大変だとは想定していなかった。
斗鬼、鬼神野、鬼百合達を施設で買った年齢とさほど変わらないのだから、ちゃんと指示をすればコントロール出来ると思っていたのが間違いだった。
トキ達の場合は、施設できっちり躾けられていたのだ。だから初めから物分かりが良かったし、こちらの言う事もしっかり聞いて理解できる状態だったのだ。
一方で、今回引き取った子供達は、親元で伸び伸び過ごしていた子達だ。特別な訓練なんて受けていないし、後がないような状況に一人で立たされたことも無いだろう。
ちゃんと考えれば分かる事ではあったのだが。僕もグラも見落としていた。
「小さい子達に掛かりきりになるのも分かるけど、天鬼君達の事もちゃんと見ないと。また拗ねてしまうよ?」
「うっ……」
確かにノリさんが言う事は正しい。大変なのを理由に、アマキ達を放って置くのは違う。
彼等はもう随分と大きくなったから、ある程度はこちらの都合も理解してくれてしまうだろう。故に、遠慮させてしまうかもしれない。
「アマキ君達にとって、ナキリ君とグラ君は特別なんだよ。僕じゃ代わりになれないんだから。僕がどんなに気にかけて声を掛けたって、満たされない物があるんだからさ。ね?」
僕は頷いた。
「コーヒーを飲んだら、彼等の所にもちゃんと行きなさいな」
「分かりました。グラ、それ飲んだら行こう」
「……」
グラは何も答えなかったが小さく頷いた。本当に限界なのだろうと思うと少し面白かった。
無限に体力がありそうに見えても、子供相手にはここまで疲弊するのだなと思うと非常に意外だ。戦闘時に気を張るのとは別ベクトルの気の張り方をするからかもしれない。
しばらく待っているとグラもコーヒーを飲み干したようだ。そして決心したように立ち上がる。まるで戦場に向かうかのような気合いの入れ方だ。
「行こうか」
僕達は共用室から出て、アマキ達の部屋へと向かったのだった。




