12章-3.見せたい場所とは 2005.3.1
「グラ。笑いすぎ」
僕は終始クスクスと笑っているグラを小突く。だが、グラは笑うのを辞めない。僕もそんなグラを見て呆れて笑ってしまった。
不穏分子達が集まる小さな建物というのは、避難地域内にいくつか存在していて、僕達は片っ端から訪問した。
後半にもなれば、不穏分子達は僕が訪問する前に悪事の証拠を片付けていて、もぬけの殻となった建物もあった。
それはそれでいい。悪い事をしているという自覚があれば良いのだ。バレたら殺されるのだと理解したならば、僕達の目的は十分に果たされたと言える。
「そんなに面白かった?」
グラは笑いながらも頷く。どうやら笑いのツボにはまってしまったらしい。
「店長みたいだった」
どうやら僕の言動が牛腸に似ていたのが面白かったらしい。グラには、僕が店主のモノマネでもしているように見えていたのだろう。
確かに僕が彼等不穏分子達に言った内容というのは、日頃ゴチョウが従業員やプレイヤーに浴びせていた言葉だ。言い方こそ違うが内容は殆ど同じだと思う。
僕にとって未だにゴチョウは恐怖の対象であり、『最善』の統治者像なのだろう。超えられる気はしないなと感じる。
「2人共、今日はありがとうね。とても助かったよ。手が付けられなかった不穏分子が集まる拠点も解体できたから、きっと良くなるはずだ」
ノリさんは笑顔で言う。少しでも助けになれたなら良かったと思う。
「必要があれば何度でもやりますから。遠慮しないでください。氷織に会えなくても構いませんし」
きっと他に目的が無ければ、僕達をここへ連れてくる事に抵抗があったのだろうと思うのだ。
「避難地域が順調に回る事は、僕達の今後にとっても重要な事です」
「そう言ってもらえると助かるよ」
ノリさんは嬉しそうだ。このまま順調に、麒麟に見つからないまま、発展を続けられればいいのだが。
たとえ麒麟を倒せたとしても、僕達はきっと元居た地域に戻る事は出来ない。牛腸の店がある土地は非常に価値が高い。他の大規模組織が狙うに違いないのだ。今僕が持つ戦力では、町を奪還できても、その後守り維持する事なんて到底出来やしない。
麒麟が潰れた瞬間、麒麟がそれまで縄張りにしていた地域の取り合いが始まるだろう。その抗争に巻き込まれるわけにはいかない。
だからこの避難地域は、僕達が今後生きていく場所になる可能性が高い。ここまで地方であれば、発展したとしても、そこに悪意がなければそれ程狙われないだろう。
だから、方針としては、この場所を拠点として力を付け、防衛力を高めて。ゆくゆくは大規模組織を牽制できるほどの武力を所持し、十分に戦える算段が立つように。それまでは隠れ続けなければならない。
爛華が言っていた様に、おそらくこの地域を今後引っ張って行くリーダーとして、僕は担ぎ上げられる事になるのだろう。アカツキとも連携して立て直しを計り、大規模組織達に対抗できる力を付け、大規模組織の支配下とならない地域の形成を行わなければならない。それが僕に求められている役割なのだ。
本当に気が重いが、今日避難地域の視察を行って現状を見た限り、そうなるのだろうと実感してしまった。覚悟を決めなければならないと感じる。
「日も暮れてきてしまったんだけれど、最後に君達に見せたい場所があってね」
不穏分子が集まっていた拠点を全て訪問し終えたのに、ノリさんは別の場所へと歩いて行くため、何となく付いて行っていた僕達だが、どうやら他に案内したい場所があったらしい。
そこは避難地域の中心エリアからは大きく外れた場所だ。木々が生い茂る中、隠れるようにバラックがいくつか存在している。それは住居だろうか。
「ここにも家が……?」
住民の住居は、中心エリア内の外周部に固まって存在していたはずだ。コンテナ状の綺麗な仮設住宅が、ぎっしりと並んでいる所で全てだと思っていたが。
「ここはね、鬼人達が集まっている場所だよ。勿論中心エリアの方にも鬼人は何人も紛れてはいるんだけれど、ここは特に『鬼人以外の人間と関わりを持ちたくない人達』が集まって生活しているんだよ」
「え……?」
「直ぐに共存は難しいから。でも少しずつ彼等が生きやすい社会になる様に。この地域でも目指していけたらと思ってね。ただ、彼等を優遇してしまうと不満が募ってしまうから。あらゆる不満の矛先が向かってしまう可能性を考慮して、不便を強いてしまっている状態ではあるんだけれど……」
立派な建物や、便利なインフラはこの場所までは届いてこないという事なのだろう。彼等の都合で『他の人間と関りを持たない』と選択している以上、仕方のない事ではあるだろうが。きっと物資も不足しているだろう。
だが、そこで特別に支援をすれば、不公平になり他の住民たちが許さないことは目に見えている。故にこの状態なのだと察する。
「彼等が鬼人である事は、周知の事実なんですか?」
「いや。殆どの人間は知らないはずだよ。何となく違う……とは感じているだろうけれど。勿論鬼人同士は分かるから察しているはずだけどね。詳細を知っているのは東家の人間だけかな。だから、東家の人間と鬼人達以外の人からは、『人付き合いが苦手な人間が集まった場所』くらいの認識のはずだよ」
鬼人達に立ちはだかる障害は、僕が思うよりも大きいのかもしれない。彼ら自身にも問題があるようだ。
排他的な部分や閉鎖的な部分は、今までの歴史から仕方のない所ではあるが、そのままでは上手くいかないだろう。とはいえ、無理に共存させるのも違う気もしている。問題は根深そうだと感じる。
「見ていい?」
グラはバラックに住む鬼人達に興味があるようだ。ノリさんが頷くの見ると、彼は一人でずんずん進んで行ってしまった。
「百鬼君達なら、近づいても大丈夫かな。鬼人とシナジーのない僕はこれ以上近づけないから……。もし良かったら、彼等の状況を教えてもらえると助かるよ」
「分かりました」
僕もグラが向かった先へと足を進めた。
***
グラが入っていったバラック内に入ると、そこには1つの家族が住んでいた。母親と4歳か5歳程度の子供2人。彼らは僕らを見て酷く驚いていた。
勝手に家に侵入している状態なのだから当然と言えば当然だろう。むしろ、攻撃されない方がおかしいかもしれない。
「えっと……。貴方達は……?」
母親は困惑した様子で僕達に尋ねる。
「視察」
グラは簡潔にそれだけ答えると、足元に寄ってきていた鬼人の子供を抱き上げて頭を撫でていた。
あまりにも言葉足らずだろうと思うのだが、母親の方はグラのその様子を見て安心しているようだった。
やはり、彼等鬼人同士で通じ合うものがあるのだろう。
「抱っこ!」
「はいはい」
もう1人の子供は僕の方へと歩いて来ていて、両手を広げていた。母親から離れて、初対面の人間に近づいて大丈夫なのかと不安になる。警戒心はないのだろうか。
僕はその子の求めに応じて、グラがやっているように抱き抱えた。とても痩せているようで、非常に軽い。やはり満足に食料が届けられていないのだろうと思う。
「状況教えて?」
グラが母親に尋ねると、彼女は小さく頷いた。
彼女の話によると、この場に住んでいるのは子供たちのためだと言う。子供達は鬼人の血が濃く特徴が顕著だそうだ。
彼等の犬歯を見せてもらったが、確かに普通の人間とは明らかに長さが異なる。口を開かなければ分からないだろうが、他者とコミュニケーションを取れば一発で違いに気が付かれるだろう。
それに子供のうちは隠す事は難しい。気をつけるように教えたとしても無理だろう。
故に、中心エリア内の居住エリアに住むにはリスクがあるなと僕も感じる。
また、この子達の父親は鬼人の血が濃く、プレイヤーとして生きていたため、この地域の外へ出稼ぎに行ったという。
元店主達のツテで、暫くは西の方へ行き仕事を貰って回していたそうなのだが、どうやら仕事中に亡くなったらしい。
出稼ぎで得た資金はこの地域の為に使われていたというのもあり、元店主達から気にかけてもらってはいるそうだが、やはりそろそろ限界のようだ。
残された彼等はギリギリの生活をしているという。
「どうしたい?」
「出来れば私が働いて、この子達に沢山食べさせてあげたいけれど……。ここで面倒を見ながらは難しくて……」
確かに幼い子供をこの場所に置いて、労働をするのは無理があるだろう。
「分かった。なら2人を預かる」
「え?」
「は?」
グラの提案に、僕と母親の困惑する声が重なる。一体グラは何を考えているのだろうか。
「今更シェルターに数人増えても変わらない」
「いやまぁ、それはそうだけど……」
「それに、将来プレイヤーになりそう」
「……」
グラは何か楽しそうだ。まさかこの子達もプレイヤーとしてしっかり育てる気だろうか。
「他にもこういう子いる?」
「はい。他にも5人ほど……」
「分かった」
もしやグラは全員連れていく気だろうか。
「百鬼、後でノリさんに謝るの手伝って」
「……。分かったよ。グラの好きにして。一緒に頭下げるから」
僕は折れる事にする。
彼等を何とかしたいという気持ちは僕も同じだ。僕はグラの行動を静かに見守った。
***
結局僕達は、10歳未満の8人の子供たちを預かることになった。どの子も鬼人の血が濃く、見た目にまで特徴が現れてしまっている子達だった。
そして、子供達を引き取る事を条件に、彼等には中心エリア内の居住区域へと移動してもらい、地域のための労働を行ってもらう事となった。
その結果をノリさんに報告すると、案の定雷を落とされた。シェルターだってギリギリなのだから、当然幼い子供を更に8人収容するなんて大変なことである。
だが、結局は許して貰えたのでほっとする。鬼人達のバラックの解体と、労働力の確保、鬼人達との共存の可能性に向けた取り組みは、この地域にとって1歩前進と言えるだろう。
「本当に君達は滅茶苦茶な事をするんだから」
最終的にノリさんは呆れたように笑っていた。
「いつも本当にすみません。よろしくお願いします」
僕達は改めてノリさんに礼を言い、頭を下げた。
こうして、僕達の避難地域への訪問は終わったのだった。




