12章-2.不穏分子の実態とは 2005.3.1
避難地域に住む人々へ平等に分け与えられるはずの物資に対して、中抜き行為を行う者。
どんな手段を使ったのか、この地域へ軽い麻薬を持ち込み、住民を釣ってコントロールしようとする者。
女性や子供、年寄り等弱い者へ暴力を振るったり、搾取を行う者。
住む場所を奪われた同じ避難者同士だと言うのに、こうして争いや問題が起きているなんて。
身を削りながらも他者へ手を差し伸べて、助け合おうとする元店主達を見て何も思わないのだろうか。
僕は大きなため息を付くと、ドアノブに手を掛けた。
その扉は、避難地域の中心エリア外、中心エリアから徒歩で10分程度離れた位置にある、木造の小さな小屋の出入り口の扉だ。ここが不穏分子達のたまり場である。
僕はノックもせずに、一気に扉を開け放った。
「こんにちは」
僕は室内の様子を確認しながら挨拶する。
薄暗い10畳程度の狭い室内にいたのは、20人程度の人間だ。非常に密集している。
そのうち成人男性が8割程度で、どうやら隠れて麻薬を楽しんでいたようだ。
「酷い臭いだ。君達はここで何をしているのかな?」
僕は彼等に問いかけるが、彼等は僕を睨むばかりで何も答えない。
本日僕がこの避難地域へ視察に来ると言うのは周知されており、彼等も僕が誰なのか、何故この避難地域に滞在しているのかは知っているだろう。
だが、まさか避難地域の中心エリア外の小さな小屋にまで来るとは想定していなかったはずだ。
「僕はね。ルール違反する人間が嫌いなのさ」
背負っていた大鋏に僕は手を掛ける。
「誰のおかげで君達は安全に生きる事が出来ているか分かってる?」
彼等に近づきながら僕は大鋏を構えた。そしてジャキリと鋏を鳴らす。
僕が冷めた目で彼等を見ると、彼等の表情は一瞬にして強張った。しっかりと恐怖を抱いてくれているようで何よりだ。
「し、仕方ないじゃない!」
「何が?」
僕に怯えている人間の内の1人。痩せこけた成人女性、歳は20代後半だろうか。女が歪んだ表情で訴える。
「ここの暮らしがどれ程辛いかなんて知りもしないで!」
「うん。興味ないね」
「っ!!」
「嫌なら出て行きなよ」
制限の多い環境下で、自由なんて殆どなく。全員で生き残るために労働も強要される。
プライバシーも無ければ拒否権もない。その上、この地域の中で弱い人間は、さらに虐げられて搾取される。
酷い環境なのは知っている。だが、それでもこの避難地域の外よりはマシ。命の危険に常に晒されている事なく、生きて行けるだけマシ。そういう底辺の話なのだ。
「より良い暮らしを熱望するのは分かるけれど、君達が今それを望める立場? 弁えてもらわないと困るんだけど。幸い人間は余っているし、君達はこの避難地域にいらないから。出て行きたかったら出て行きなよ。僕から元店主達に話を通しておいてあげるから」
案の定彼等はうんともすんとも言わない。
この避難地域の外へ出れば、何の力もない人間は生きていく事が出来ない。まともな生活なんてできるはずがない。直ぐに捕まり強者から搾取されてしまう、高確率で殺されるという事を知っているからだ。
常に怯えて暮らさなければならない環境というのは、ここの生活よりもずっと悲惨なものだと言える。
「ふむ……。いや、僕達に不満やネガティブな感情を持った人間を外部に野放しにするのは良くないね。やっぱり今の話は無しだ。君達には今ここで死んでもらう事にするよ」
「なっ!? 冗談じゃないわよっ! ふざけ――」
ズシャリ……。
そんな生々しい音が鳴ったその瞬間、僕に口答えをした痩せこけた女は白目をむいて、ばたりと前方へ倒れた。彼女の背中には深々とナイフが刺さっている。
いつの間にか女性の背後に回っていたグラは、その死体からナイフを抜き取る。そして僕の方へとゆっくりと歩いて戻って来た。
「この餓鬼ッ!! いつまでも調子乗ってんじゃねぇぞ!」
続けざまに背後から聞こえてくる怒鳴り声。僕の死角から斧を振りあげて襲い掛かる男性の気配を僕は察知する。
僕はその攻撃をひらりと躱すと、その流れで振り返り男の腹部へと膝蹴りを喰らわせた。
「ぐっ……」
男は呻き声を上げて床に膝を付く。非常に苦しそうだ。僕の膝蹴りはしっかりと男の鳩尾に入ったようなので、恐らく呼吸すらまともに出来ないだろう。
「愚か者」
僕は持っていた鋏を男の首に掛けた。
そして、腕に力を込めて一気に首を切断した。
ゴロンと床に転がる男の首は明後日の方向を向く。恐怖からか酷く歪んだ表情で白目を向いていた。
それらはほんの数分の出来事だった。ほんの数分で2人の人間が死んだ。
戦闘続きの僕達からしてみれば、それは些細な事ではあるが、ここにいる人間達にはショックが大きすぎたようだ。
つい数分前まで生きていた人間が目の前で殺された事は、非常に衝撃的だったようで、震えだしたり失禁する者が現れる。
極めつけは、今僕が殺した男だろうか。この地域では力の強い方の人間で、彼等の中では強者の認識だったのだ。
それを貧弱そうな僕が、いとも簡単に殺してしまった事で、より一層彼等を驚かせたようである。
「さてと。次は……?」
僕は彼等全員の顔を確認する。東鬼に貰ったデータ通りのメンツだ。ここにいる全員殺しても問題がない。
ただ、15歳未満の若い人間はまだ考えを変えるだけの柔軟性がある。だから、優先的に狙うべきは思考が凝り固まった大人だろう。
と、考えたがここに子供はいない。
「ふむ……。外で偵察している人間もいるし。ここの人間は全員いらないかな。グラ殺しちゃって」
「分かった」
グラが返事をした時だった。彼等の内の一人、小柄な男が前へ出て僕達の足元で土下座を行った。
「申し訳ございません。どうか命だけは……」
「命乞いね。でもルール違反はルール違反だからさ。諦めてよ」
「もう絶対にしません。ルールも守ります」
小柄な男はガタガタと目に見えるくらい激しく震えている。
「そんな当たり前の事を言われてもね。元店主達がある程度は見逃してやってくれと、懇願するから。仕方なく、君達みたいな不穏分子は元店主達に任せてたんだけれど……。こうやって僕に口答えはするし、襲い掛かって来るし。流石に見逃せないさ」
「本当に申し訳ございません!」
僕はチラリと、土下座する男の背後で硬直している他の人間達を見る。すると、彼等はハッとしたようにその場で土下座する。死を身近に感じて、死にたくないという本能が働いたのだろう。
「理解してもらわないと困るよ。この地域のルールは僕だ。僕がルールなんだよ。分かってる?」
「は、はいっ!」
「君達なんて、いつだって殺せるんだからさ。生かしてもらっているって自覚を持ってもらわないと」
「も、勿論です!」
「僕は僕に利益をもたらさない人間は不要だと思っているんだけど。君は一体、僕達の為に何ができるの?」
「っ……」
「何もできないくせに、迷惑だけは掛けるなんて。文句も言うしさ。君達が生きている価値ある? 僕にとっては一切ないんだけど」
「ど、どうか! 命だけは!」
「ふむ」
割と簡単にプライドは捨てたようだ。それは僕の目の前の小柄な男だけではない。他の人間達も同様だった。
反抗する様子はない。僕達の武力には敵わないと知り、大人しく命乞いをしている。
「そうだね。僕は鬼じゃないから、1週間あげるよ。僕にとって価値のある人間であることが1週間で証明出来たら生かそうかな。1週間後に元店主達に話を聞いて、改善がみられるなら今回は見逃してあげるから」
「ありがとうございます! 心を入れ替えて、誠心誠意この避難地域のために働きます!」
「うん。期待しているよ」
これで少しでも元店主達の言う事を聞いてくれるなら良いのだが。
正直期待などしていない。今僕がいる時だけはこうして従うフリをしているにすぎないだろう。
それでも、今後悪事がバレたら殺されるという認識にはなったはずだ。店主達にバレたら終わりだと考えるだろう。そのリスクを感じて、悪事から手を引く者もいるはずだと信じたい。
「僕が期待しているのは、この避難地域の発展だから。ルールを守ってしっかり働いてね。一週間後、朗報が届くと信じているよ」
僕はそれだけ言って小屋を去った。




