2章-2.雑用係とは 2000.8.2
「君はずっと気になっているだろう? 僕が何で君にこんな事を言うのか。それと、君の店の店主、牛腸君とはどんな関係なのか」
「はい」
僕は素直に肯定した。僕達の店――牛腸の店の店主であるゴチョウと暁は一体どんな関係なのだろうか。
「彼、ゴチョウ君はね、昔は僕の店の雑用係だったんだよ」
「は?」
「ははは。良いリアクションだ。信じられないといった様子だね」
僕はあまりにも信じられなくて、思わず声を漏らしてしまった。こんな事で動揺した様子を外部に晒すべきではないのに。
「彼は僕の元部下になるわけだよ。雑用係から副店長を経て、今は独立して立派に店主だ。だからこうして今でも良質な繋がりがあるわけだ」
「そういう事ですか」
「そこで更にもう一つ、ネタバラシをしていこう。雑用係って何だと思う?」
アカツキはニヤリと笑う。まるで僕を試しているような様子だ。今の話を踏まえて考えろと言われているのだと思われる。僕は思考した。
雑用係は過酷な業務だった。人権なんて一切なく、ミスをすれば直ぐに殺されるほどだ。だからただの都合のいい使い捨ての労働力でしかないと考えていた。
しかしながら、その中から副店長が輩出され、そして独立して店主になったという事例が存在する。そう考えると、雑用係は僕が今まで考えていたものとは異なってくるのではないだろうか。
「選定のため……?」
「おぉ! 流石だね。そうだよ。僕達は才能が有りそうな人間を雑用係として引き入れて、店主になる事が出来そうな人間がいないかと選定しているんだよ。でも、どうしてそんな事をするかまでは分かっていないようだね」
全く持ってその通りだ。何故そんな事を行うのか理解できない。
「殺し屋達を相手に、仕事の仲介業務を行う店の店主をやるにはね、普通の人間じゃ無理なんだよ。相当な精神力が必要だ。そして、絶対にミスをしないという実力も。求められる能力はもはや人間を捨てなければ得られない程のものだと言える。だからね、将来店主になり得る程の素質がありそうな崖っぷちの人間を拾ってきて、雑用係として雇用し、過酷な環境下に置いて、人間性を捨てさせるんだよ」
わざわざそんな方法をとる意味があるのだろうか。
「これはね、僕達のやり方だから。これが最も効率が良かったというだけのね。君は知っているかな。こちら側、裏側の人間達がどれ程いるのか」
僕は首を横に振る。
「日々殺処分される程度には溢れているんだよ。孤児達がね。この国の一般人達は少子化と言って騒いでいるけれど、影の社会には沢山子供がいる。人間がいる。まともに生きられない命がそこに沢山あって日々消えていくわけだ。優秀な者がいるかもしれないのに日の目を見ずに消えていくなんて勿体ないだろう? だからね、優秀な者だけは拾い上げて生きられるようにと思うんだよ」
慈善活動か何かのつもりだろうか。それは偽善が過ぎるのではないだろうか。
チャンスを与えてあげているんだと言いたげな様子はあまり気分のいい物ではない。
とはいえ、今の説明で店主が多くの人間を雇い入れては処分するという考え方をしている理由は何となく分かった気がする。
人間が溢れている状況下で優秀な人間を手に入れるためには、今やっている方法が合理的なのだという事は理解できる。
「あぁ。そうか。そうだね。何で店主を増やそうとしているのか。ここを説明しないと君は納得できないか」
「店主を増やす……?」
「そうだよ。ライバル店が増える事になるのだから、意味が分からないと感じている事だろうね。でもね、どんどん優秀な店主は増やすべきなんだよ。いや、増やさなければならないと言った方が良いかな」
ますます話が分からなくなってくる。優秀な店主を増やす、つまり仲介の店が増えるという事だ。店を増やしてどうなるというのだろうか。
「重要なのはね。優秀な店主が営む仲介の店を増やすことだ。そういう店が無いとね、この裏側の社会は直ぐに崩壊する。暴力の世界になってしまうんだよ」
「暴力の世界ですか」
既に十分暴力の世界だと思うのだが。
これ以上に酷い事になると、アカツキはそう言っているのだろうか。
「そう。こちらの社会には法が無いからね。強い者が正しいという考え方は根強い。武力を持った者が必ずしも優れた頭脳やまともな倫理観、バランス感覚を持っているとは限らない。世の中を支配してはいけない部類の人間がいるのは分かるかな? そんな人間が武力を持っていたら本当に地獄だよ。まぁたまにね、武力も頭脳も極めた化け物はいるけれど、そんな都合のいい人間は滅多にいないから」
まるで本物の地獄を見て来たかのような口ぶりだ。
確かに武力を持った者が必ずしもこの社会を支配するのに適した内面を持っているという保証はない。むしろ何事も武力で解決してきたような人間の考え方では、適切な統治などできないと僕でも想像がつく。
「最低限の治安を守る事は、僕達が少しでもマシな生活、人間らしい生活をするために必要な事だよ。もう、武力で抑えつけられただけの無法地帯はこりごりだからね」
「一体どんな世界なんでしょうか」
僕の質問に対してアカツキは微笑むだけだった。これは答えてもらえそうにない。
僕の今の知識量では、恐らくその地獄とやらは正確に想像できないだろう。もっと世の中を知らなければならないと痛感した。
「仲介の店はさ、特殊だよね。1つの武力組織と言える。そういう集団だ。数は暴力というように、集団は脅威だ。どんなに強いプレイヤーだって、数には勝てない物だからね。そういう事だから、優秀な店主が営む店がある地域はね、それなりに治安が安定するんだよ。その地域で悪さをするのは分が悪いと、そういう認識が広まっていくわけだ。結局武力で抑えつけている事にはなるが、それでもある程度の秩序で運営される店があった方が、ずっとマシなんだよ」
僕の店の店主は、アカツキの考え方を踏襲しているのだと分かった。同じやり方を選んでいる。
僕は、僕の店の店主であるゴチョウが馬鹿ではない事を良く知っている。身の毛がよだつ程の合理主義者だ。あの男が選んだ方法というだけで信頼感がある。本当にこの方法が合理的で最善のやり方だと判断されるのだろうなと推測した。
そして、ゴチョウも、アカツキも、僕に対してそうなれと期待しているのだと感じた。副店長に昇格した時点で、店主の素質があると、僕は店主からある程度は認められたのだという意味だと理解する。
ゆくゆくは独立して自分の店を持ってくれと言われているのかもしれない。
そのためにアカツキも僕にこうした知識を与えて協力しているといった事なのだろう。
つまり、今日ここへ来たのは社会勉強の意味合いが強いと感じた。店主は僕をこの店に送るというコストを掛けてでも、経験を積ませ知識を得させようとしたという事だ。
それを悟って思うのは……。
荷が重い。
そういう感情だった。
だが、今アカツキが話した内容が事実であれば、僕は多くの他の雑用係達を蹴落として生き残ってきたという事だ。
当然そんなつもりは無かった。ただ生き残るためだけに淡々と仕事をして過ごしていただけだ。周囲の奴らが勝手に脱落していっただけだ。
だが、そんな僕の気持ちや考えは重要ではない。死んでいった奴らのために頑張ろうなんて気持ちは一切ないが、ここで僕が辞退したり不甲斐ない結果を残すのは僕自身あまり良い気持ちがしない。
「百鬼君は既に優秀なプレイヤーを従えているんだから、店主になる日は遠くないだろうね。ねぇ、グラ君」
僕は隣に座るグラを見た。彼はじっとアカツキを見たまま微動だにしない。
「グラ君は、ゴチョウ君じゃなくて、ナキリ君に付いて行きたいんじゃないかな?」
グラの視線が僕を捕らえる。とはいえ相変わらず前髪に隠されて表情はよく分からないのだが。
「プレイヤー達も人間だからね。付いて行きたい人の好みはあるはずだよ。そうだろう?」
グラは頷いていた。
「ナキリに付いて行く」
グラにそうはっきりと言われ、僕は驚き固まってしまった。
「頼む」
「分かった」
僕はしっかりと頷いた。




