11章-4.説教とは 2005.2.28
「じゃぁ、次に先日の戦いについて、お説教をさせてもらうよ」
「え……?」
僕は困惑する。ノリさんからの状況の説明が終わって、解散かと思われた所での一言だ。
お説教とは……?
だが、その途端にノリさんの視線が鋭くなったのを感じて僕はビクリとする。相変わらず口調も優しく柔らかい表情をしているのに、それが返って恐ろしくなる。
「グラ君。君もだよ」
「……」
グラも珍しく緊張しているようだ。普段優しい人が怒ると、こうも恐ろしいのかと感じる。
「君達は随分と無理をしたそうだね。子供達がどれだけ心配したか分かってる? 先に戻ってきた子達が、僕に何て話したのか」
僕は隣に座るグラに視線を送る。僕はその時、記憶を飛ばすほどの狂気に堕ちていた。だから子供達の様子を知らない。
グラはふいっとそっぽを向いてしまった。
「全く君達は……。グラ君も無茶しすぎだし。もし百鬼君が正気に戻れなかったらって皆怖がっていたんだよ」
僕はグラとは反対隣に座る天鬼を見る。すると、アマキはとても悲しそうな顔をしていた。本当に心配をかけたのだと分かる。
「ナキリ君が元に戻れなかったら自分たちのせいだって、皆辛そうにしていたんだよ。ここにいない他の子達も皆。ナキリ君がいなくなってしまったらどうしようって」
先にシェルターに戻った子供達がそんな状態になっていただなんて知りもしなかった。
アマキはその時の事を思い出したようで、しょんぼりとしてしまっていた。
「ごめん」
「うん……」
アマキは小さく頷くと、甘えるように僕にくっついてもたれかかった。そんな様子に、体は大きくなっても変わらないなと僕は思う。
僕はアマキの肩を抱いた。僕だって誰かを失うかもしれないと思えば恐怖し不安になる。それが自分のせいかもしれないなんて思ってしまえば気が気じゃないだろう。
彼等がどんな気持ちでいたのか、僕は今更ながら理解した。
「グラ君も相当暴れたって聞いたけど。ちゃんと怪我の手当はしているのかな?」
「……」
ノリさんの追求に、グラはそっぽを向いたまま黙っている。まるで叱られて拗ねる子供みたいだ。
「グラ。僕には怪我人はいないって言ったよね?」
「手当はした……」
グラの気持ちは分からない訳では無い。故に僕はグラを責める気にはならないし、注意する気にもならない。
「どこを怪我したの?」
「腕とか。無理な動きをして、筋を痛めたくらい」
今このシェルターには、晩翠家の男性はいない。氷織達と共に避難地域へと行ってしまっているので、怪我をちゃんと見てくれる人は居ないのだ。
しっかりと処置ができない事で酷くならなければいいのだが。
「悪化とかは?」
「してない」
「分かった」
適切な処置はできていると言うので、僕はひと安心する。
「聞いたよ? ナキリ君の狂気を殆どグラ君が喰い尽くして、滅茶苦茶に暴れたそうじゃないか」
「……」
「限界を超えた動きをしたら、体は壊れてしまうんだよ? 鬼人は丈夫だと言うけれど、限界はあるはずだよ?」
「……」
グラはそっぽを向いたままだ。ノリさんの優しい口調の追求は、ダイレクトにグラに響いているのだろう。
「ナキリ……。俺はどうすれば……」
グラは小声で僕に助けを求める。そんな様子は意外で、ちょっと笑ってしまいそうになる。
グラは今までこんな風に怒られた事などないのだろう。ミスを責められる事や仕事上で注意されることは沢山あっただろうが、ノリさんのように純粋な心配や思いやりから叱られるという経験なんて無いのだと想像できる。だから、対応の仕方が分からないのだろうなと思う。
「心配をかけた皆に、ごめんなさいをすればいいのさ」
「ナキリがいつもやるやつ……」
「そう」
僕はグラを肘で小突いた。
その通り。いつも僕が皆にやるやつだ。
グラは小さく息を吐く。そして皆の顔をしっかりと見た。次いで、意を決したように口を開く。
「皆心配かけてごめん」
グラがそう伝えた途端、子供達は一斉にグラに飛びついていた。僕達の勝手な行動は、子供達にこんなにも心配をかけてしまったのだなと、理解する。
「君達が無茶しなかったら、きっと安全な撤退すら厳しかったんだろうから。やむを得ないことだったんだと思っているよ。でもね、その選択で彼等を傷付けたということも知っておいてね」
「はい」
グラの判断は正しかった。だが、その行動によって子供達に沢山心配をかけて傷付けたのも事実だ。
子供達は優しいから、僕達が無茶をすれば自分達の力不足を責めてしまう。そんな事は分かっていたのに、僕達はちゃんと配慮もフォローもできていなかった。
ふと、ノリさんの顔を見ると、とても優しい顔をして微笑んでいた。僕達の成長を見守るかのような視線だった。
彼の人柄に触れていると、他者を信じる事も大切なのだろうなと素直に感じる。だが、僕の立場では、やはり方針を変えるべきでは無いだろう。僕は皆を守らなければならないのだ。何に対しても常に警戒心や疑う心は持ち続ける必要がある。
ただ、頼れる大人として子供達に安心感を与えてくれている事にはしっかりと感謝すべきだと感じた。ノリさんのような大人が味方でいてくれて本当に良かったと、僕は改めて感じたのだった。
***
作戦会議が終わり、共用室には僕とグラが残っていた。子供達から沢山文句を言われ、揉みくちゃにされていたグラは相当疲れたらしい。ぐったりした様子でソファーに座っていた。
「そういえばさ」
僕はグラに話しかける。だが返事はない。返事をする気力もないのだろう。だが、聞いていない訳ではなさそうなので僕は話を続ける。
「僕はあの時、記憶を飛ばす程の狂気を放ったけど、誰も覚醒はしなかったよね」
僕は気になっていた事をグラに尋ねる。
先日の戦いで、僕は強烈な狂気を放った。周囲には覚醒していない鬼人の子達が沢山いたのに、誰一人として覚醒しなかったなと。
彼等は皆鬼人の血が濃い事が分かっている。だから、正気を失う程の狂気を放てば、近くにいる鬼人は覚醒するものだと思っていたのだが。何か覚醒には条件があるのだろうか。
「何で覚醒しなかったんだろうか……?」
「さぁ? 俺が全部狂気を喰ったから……?」
「ノリさんも言ってたけど、それどういう事?」
「んー……。独占した感じ」
全く意味が分からない。
「普通はナキリが発した狂気は皆で分け合う感じになるんだけど、あの時は俺が独占した」
「グラが一人だけパワーアップしたってこと?」
「そう」
まさかそんな事が出来るなんて思いもしなかった。
「グラが全部食べちゃったせいで、他の子達はそれ程強い狂気を受けたわけじゃないから覚醒には至らなかったって感じかな?」
「たぶん……?」
グラも良く分かっていないようだ。
「あとは、気持ちの問題」
「気持ち……ね……」
理解出来なさそうな話になってきたなと僕は感じる。
理屈ではなく感覚の話なのかもしれない。
「覚醒してない子は、ナキリの事を上司みたいな存在だと思ってるから」
「うん。まぁ僕が判断して指示を出しているわけだし、それはそうなんじゃないの? グラ達は違うの?」
「違う。ナキリは相棒」
「ふむ……」
ここまでグラがはっきり言う位だ。『上司』と称する関係性と、『相棒』と称する関係性には大きな感覚の差があるのだろう。この感覚の差が覚醒に影響しているだろうとグラは思っていそうだ。
僕を『上司』と称する関係性は、上下関係とも取れる。上下が存在する関係性であるうちは、覚醒しないという事だろう。
一方で『相棒』という表現は捉えるのは難しいが、恐らく同じ立場で隣に立つ存在なのだ。肩を並べる存在。互いを補い合う存在。
つまり、そういう関係性にならないと、僕の狂気を受けても覚醒しないのかもしれない。
「何だか難しいね」
「そう?」
僕にはあまり理解が出来ない話なのだが、グラはそうでもないようだ。
「同じ気持ちになれば覚醒すると思うし、そんなに気にしなくていいでしょ」
「同じ気持ちね……」
確かに、別動隊だった青年達とはあまり交流が出来ていない。分からない部分も多いのだ。アマキ達の様に幼い頃から知っているわけではないから、『同じ気持ち』になるのは難しいのかもしれない。
とはいえ、グラが言うように、覚醒の条件なんて気にする事ではないのかもしれない。
現状僕は、彼等に覚醒を望んでいるわけではない。だから、覚醒の仕組みなんて解明できなくたっていいのだ。
僕は気持ちを切り替える様に、立ち上がった。
少しリフレッシュしたい。コーヒーでも淹れようか。
「僕はコーヒー飲むけど、グラもコーヒー飲む?」
「飲む。微糖で」
「はいはい。砂糖は棚にあるから、自分で取って入れてね」
僕は、変わらずぐったりとした様子でソファーに座るグラを横目に、湯を沸かすため、共用室内の小さなキッチンへと向かったのだった。




