11章-3.棲み分けとは 2005.2.28
僕は全員が共用室に集まったのを確認して、共用室の扉を閉めた。
これから作戦会議だ。ノリさんと僕と覚醒組による、打合せの時間となっている。
先週麒麟の資金源となる最後の施設を破壊した。それによる影響、状況の変化をノリさんから教えてもらう事になっている。
僕の為に開けられたソファーの中央の場所に、僕は腰を下ろした。
「じゃぁ、早速。今の麒麟の状況を教えるね」
「はい。よろしくお願いします」
ノリさんは子供達にも分かるように、簡単な言葉を使って教えてくれた。時折子供達に質問をして、理解度を確認しながら説明してくれるのだ。本当に分かり易い。子供達の勉強にもなるなと感じる。
彼の話をまとめると、狙い通り麒麟は深刻な財政難で、野良プレイヤーを所持できなくなったそうだ。雇っていた野良プレイヤーの数は大幅に減ったという。
そのため、現在麒麟は何とか資金を集めようと必死になっているそうだ。だが、暁達がそれを放って置くはずが無く、常に攻め続けているという。所属のSSランクプレイヤーは、2人削ったそうだ。大きな成果と言えるだろう。
このままの調子でいけば、アカツキ達によって麒麟を倒せるだろうとの事だ。
「ただね、ここにきて麒麟は一般人にも手を出し始めたんだよ。ちょっと厄介だね」
「え……?」
「ナキリ君は、一般人達との『棲み分け』について、どれくらい理解しているだろうか」
「あまり……。正直、明確には理解してません。ただ、彼等の人生には関わってはいけないとだけ。彼等の生活を脅かせば、僕達も生活できなくなるからと漠然と想像しているくらいです」
僕は正直に答えた。一般人との関係性について。何となく想像はしていたが、誰も明確な答えは教えてくれないし、知る術も無かった。ただ漠然と、幼少期の頃から一般人には関わってはいけないとだけ魂に刻まれているといった感覚だ。
「皆も分かる?」
ノリさんは子供達にも確認する。子供達は全員首を横に振った。
「そうだよね。これをはっきり説明できる人は多分殆どいないから、君達が知らないのは当たり前かな。じゃぁ、少しお勉強だと思って、僕の話を聞いてくれるかな」
僕達は頷き、ノリさんの説明に耳を傾けた。
ノリさんが言うには、一般人の社会と裏社会はしっかりと『棲み分け』を行うことが非常に大事なのだそうだ。
僕達の生活は、一般人が築き上げたものによって多くを支えられている状態だと言う。インフラ関係だって、割高ではあるがお金を払う事で利用させてもらっている状況だ。
本来身分が曖昧な人間が享受できるものではない。だが、ある程度の信頼関係を一般社会と築き上げ、仲介する裏社会の業者がいるお陰で、僕達はあらゆる便利な物を安定して利用出来ている。
ここで大事なのが『信用』なのだそうだ。
一般人の社会を脅かさないというルールを、裏社会の人間全体で守る事で信頼を得て、利用させてもらえるという話らしい。
ここで疑問になるのが、どうして裏社会の人間はしっかりルールを守ってこられたのだろうかという部分だ。
身勝手な人間なんて腐るほどいる。ルールなんて平気で破る人間だらけだ。むしろ、裏社会の人間に対して協調性を求めること自体が間違っているとすら思う。
だが、僕達は実際、魂に刻まれたかのようにルールを守ってきた。周囲からきつく言われて育ったのだ。だから何となく守っていた。
「今までは、深淵の摩天楼が目を光らせていたからね。だから皆そのルールを守っていたんだよ」
「深淵の摩天楼が……?」
「そう。深淵の摩天楼は秩序を守る事においては非常に優秀な組織だったんだよ。深淵の摩天楼のおかげで良くなった部分も大きい。例えば路上で野垂死ぬ人間がいなくなったり、不要な争いが減ったりとね」
まさか深淵の摩天楼がそんな役割を担っていたなんて思いもしなかった。
雑用係をしていた僕では知る由もない。雲の上の存在達の話など、どうだって良かったのだ。今日を生き抜く事以外に興味等無かったのだから仕方がないとは言える。
「一般人から搾取しようとすると、深淵の摩天楼に消される。皆そう認識しているから、誰も一般人には手を出そうとしなかった。事実、一般人から搾取をしていた裏社会の人間は漏れなく殺されているよ」
東家の情報で、『漏れなく殺されている』というのだ。本当に徹底していたのだと理解する。
「深淵の摩天楼はね、一般人達の企業とも多く契約していたから。裏社会の統制を取る事で彼等から信頼を得て、良い取引をしていたんだよ。もはや一般人の社会にある『警察』のような役割も担っていたと言えるね」
武力の無い一般人達が、裏社会の人間から搾取されない理由を僕は理解した。
深淵の摩天楼という最強の武力によって守られていたという事なのだ。
「麒麟が一般人達から搾取を始めたのは、その行為を見張る組織が無くなったから……?」
「そうだね。深淵の摩天楼が崩壊した事で、一般人達への搾取を止める組織が無くなったと言える。だけどね、完全に無くなったわけじゃないんだよ」
「それはどういう……?」
完全に無くなっていないとは一体どういうことなのだろうか。深淵の摩天楼の代わりに、誰かが目を光らせているのか?
そんな事が可能なほどの組織なんて、今のこの荒れ狂う裏社会には存在しないはずだ。深淵の摩天楼が治めていた地域全てを監視するなんて、不可能だと思うのだ。
「今この周辺で頂点争いをしている麒麟以外の組織達、その3つの大規模武力組織の方針はね、深淵の摩天楼の考えを踏襲しているから。彼等は麒麟が一般人達から搾取するのを良しとしない。一般人達から搾取する人間がいる事自体、裏社会全体にとっての不利益になるという考え方をしているんだよ」
「ふむ……」
ノリさんの話す内容は非常に理解できるものだ。深淵の摩天楼に所属していた組織なのだから、同じ考えを持っていることに違和感は無い。一般人の社会を守る事の利点を十二分に理解しているだろう。
とはいえ、深淵の摩天楼と同じように動く事は現状出来ないはずだ。現状4つに組織は分裂しているうえ、そのうちの1つである麒麟とは考えを違えているのだから。足並みを揃えるのは困難だろう。
これは、彼等にとって、非常に面白くない状況であると推測できる。麒麟のやり方に頭を悩ませているかもしれない。
「となると、麒麟は大々的に一般人から搾取は出来ない……?」
「うん。その通り。さすがに麒麟も、この弱っている状況で、他3つの大規模組織を完全に敵に回したくはないだろうからね。今のところは隠れて少しずつ搾取するに留めている」
今のところは、という話だ。もっと追い詰められた時に、麒麟はどんな手に出るか分かったものではないなと感じる。
今後も麒麟は、他の3つの大規模組織に目を付けられない程度に、一般人から搾取を続けるのだろう。そう考えると、一般人への被害を完全に防いでいた深淵の摩天楼の凄さが分かる。
深淵の摩天楼は裏社会を牛耳って、好きな様に動いてはいたが、その分しっかりと責任を取っていたのかもしれない。絶妙なバランス感覚で世の中を回していたのだろう。
食い潰すようなことはせず、しっかりと回す。だが、自分達の利益は確実に回収する。それを実現していたという事だ。
知れば知るほど恐ろしい組織だったのだと僕は気がつく。
もし、深淵の摩天楼があのタイミングで崩壊しなかったらと僕は想像した。崩壊直前、僕達は恐らく深淵の摩天楼のターゲットにされていた。
そのままであれば、きっと僕たちは今ここに居ないだろう。足掻くことすら叶わずに殲滅されていたと思う。
深淵の摩天楼の崩壊は、僕たちにとっては不幸中の幸いだったのかもしれない。どん底よりはほんの少しだけマシだったのかもしれない。今ならそう思える。
「そういう状況だから、引き続き僕達は防御もしっかりしないとね」
「はい。やはり狙われているのは避難地域でしょうか……?」
「うん。そうだね。麒麟にとってみれば、避難地域は宝の山だよ。避難地域はどの大規模組織の管轄下でも無いから、避難地域にある資源を強奪したり、人間を拉致しても、他3つの組織からお咎めは無いからね。やりたい放題できる絶好の狩場みたいなものだね。今も血眼になって探しているそうだよ。もちろん、僕たちがいるこの場所。避難シェルターもターゲットにされているから、気をつけないとね」
ここは踏ん張りどころだろう。ここで麒麟に復活されては困る。しっかり追い込んでいきたいところだ。
「現状の説明はこんなところかな」
「はい。ありがとうございます」
僕は説明してくれたノリさんに感謝する。
これだけの情報を共有してくれたこと。そして、子供達の勉強になる様に分かり易く説明してくれた事は、本当にありがたいと感じた。




