11章-2.最後の施設とは 2005.2.21
キンッ! キンッ! と金属が鋭く鳴る戦場で、僕は集中していた。
両手にそれぞれ持った鋏の刃。それを持つ手に力が籠る。
もう少しだ。もう少しで完全に麒麟の資金源を絶てる。麒麟の傘下の武力組織はまだまだあるが、大きな資金源は今襲撃している施設で最後なのだ。
深淵の摩天楼崩壊から、約2年と2ヶ月。
牛腸の店が落とされてから、約8ヶ月。
僕達はやっと、そんな所まで来ることが出来ていた。
覚醒組7人と別働隊だった鬼人の青年達10人の計17人の構成で襲撃を行っている。
狂気の出力も随分と増えた。それでも一切冷静さを欠くことも無く僕は戦う事が出来ていた。
何となく感覚で分かるのだが、僕と強力な共鳴ができる鬼人が増えるほどに、僕の狂気の許容上限値は増えるようだった。
理由も仕組みも相変わらず分からない。だが、信頼関係を築いて共鳴できる人数が増えるほどに、僕が発する事が出来る狂気の量が増えたと感じている。
スタッと軽い音がして、僕のすぐ隣にグラが戻って来た。両手に握りしめられた短刀にはべっとりと血液が付いている。
グラはそんな得物には気にも留めず、静かに周囲を警戒していた。
「百鬼。俺から離れないで」
「分かった」
僕をピンポイントで狙う強敵が近くに潜んでいるのかもしれない。
周囲を警戒しつつも僕に離れないようにと指示する位だ。グラも強敵の所在を正確に把握できていないのだろう。敵は上手く隠密しているのかもしれない。
僕はより一層気を引き締めた。
敵が姿を現して攻撃を仕掛けてきた際には、グラの足手まといにならないような立ち回りが求められている。
「まだ、SSランクプレイヤーの姿が無いから」
「うん」
ここは麒麟にとって最後の資金源となる拠点だ。ここを潰せれば、いよいよ麒麟は財政難で弱っていくと考えられる。少なくても、現状の武力は維持できないはずだ。
故に、麒麟が動かせるSSランクプレイヤーが複数人この施設に配置されている。
それでも、暁達の麒麟本部への攻撃と同じタイミングで攻めているため、麒麟の戦力はこの場所に1点集中しているわけではない。麒麟が持つ武力の約4分の1程度の戦力がこの拠点に集まっていた。とはいえ、それでも僕達にとっては脅威だ。
事前情報では、SSランクプレイヤーはこの施設に4人配置されているという話だった。その4人は全員麒麟に雇われた野良プレイヤーなので、全て倒したとしても麒麟の戦力を削ったとは言い難い。だから僕達は、野良プレイヤーを倒し切る事よりも、施設の破壊を優先としている。最悪、雇われた野良プレイヤーは無視しても良いのだ。
雇われたプレイヤー達も分かっているはずだ。この施設が落とされれば自分たちの給料が無くなるという事を。そうなれば、金銭の契約以外の縛りが無い限り、麒麟の為に戦う必要がなくなるわけだ。
「ん? 斗鬼達が帰って来たね」
僕は斗鬼、鬼神野、鬼百合の3人が戦闘に加わる気配を感じた。彼等は隠密して施設内に爆弾を仕掛ける任務を行っていた。
戻って来たという事は、その作業が完了したという事だ。後は皆でこの施設から距離を取った後、起爆するだけだ。
「ナキリさん。戻りました。後は起爆するだけです」
音も無く僕の隣にキユリが現れた。そして、深く被っていた上着のフードを脱いで僕に顔を見せた。
グレーに着色された眼鏡を掛け、全身黒色の服に包まれた彼女は、周囲を警戒しながら淡々と報告する。
「ありがとう。全員が離れたら起爆しようか。内部の様子は?」
「労働者と見られる人質は30人程度いました。Sランクのプレイヤーが多く立て籠もっていて……」
「うん。いいよ。もうそれは助けられない」
「はい」
今落とそうとしている麒麟の施設は非常に規模の大きい施設だった。そして施設を守るために投入されている武力も今までの比ではない。この状況下で僕達は、人質にされた労働者を助ける事は出来ない。
安全に助け出すためには圧倒的な武力が必要だ。だが、残念ながら僕達にそんな武力は無いのだ。
この状況で、無理して人質を逃がそうとすれば、僕達の方が倒されてしまうだろう。むしろ、麒麟側はそれを期待している。僕達の隙を突くための人質といえる。
申し訳ないが、優先順位の話になる。僕は人質の命よりも、仲間の命を優先する。そして、この施設の早急な破壊を優先する。
キユリは少し悲しそうな表情をしたが、気持ちを切り替える様に小さく頷いた。
「避難完了。爆破します」
「うん。お願い」
彼女は持っていた携帯電話を操作した。
その瞬間、ドンッドンッドンッドンッっと遠方で爆発音が響き渡った。僕達は小さな生暖かい爆風を受ける。そして少し遅れて押し寄せた砂埃に飲み込まれた。
視界が薄暗くなるほどの濃い埃の空気に僕は咽そうになり、腕で鼻と口を塞いだ。そして、目を細める。
「確認してきます」
彼女はフードを被り直すと、再び僕の元から去って行った。
この爆破で生き残ったプレイヤーは処分し、爆破できていない部分があれば追加で爆破する。そういう計画だ。
「ナキリ気を付けて。敵は撤退する気がないみたい」
「そっか」
グラは尚も周囲を警戒し続けていた。
施設が破壊されたのを見れば、敵は撤退する可能性が高いと考えていたが、どうやら撤退する気はないらしい。
考えられる理由として濃厚なのは、僕達の殲滅だろう。
資金源が潰されたのだから、資金になりそうなものを得たいはずだ。
つまり、僕達を殺してバラして売ればいいと考えているに違いない。それに僕達を処分できれば敵対する武力を大きく削れるのだから、一石二鳥というわけだ。
簡単ではないだろうが、リターンが大きいのは間違いが無い。麒麟側もリスクを冒してでも資金調達を行おうという態度に変わったのだと察する。
「SSランクプレイヤー4人。どうしようか」
「俺と鬼兄弟と天鬼が前に出て、他援護が必要」
「分かった」
多勢に無勢でも問題なく動くことができるのは、グラと鬼兄弟、そして天鬼だけである。彼等は接近戦が得意なのだ。
一方で、他の子達は姿を隠し奇襲を掛けることに長けている。援護や不意打ちが得意である。つまり戦闘タイプが大きく異なるのだ。
それは見た目にも表れている。グラは紫色の長髪、アマキは黄色のオーバーサイズのパーカー。鬼兄弟達は赤と青の短髪に祭の法被という見た目をしていて非常に目立つ装いだ。彼等は隠れる必要性が無く、また敢えて敵の的になるために目立つ格好をしている。
一方でトキ達隠密組は黒い服を身に纏い、闇に紛れている。気配を消すのも非常に上手い。
こうすることによって、隠密組に敵の注目がいかないようにして、上手く動かす事が出来ているといった仕組みだ。
勿論グラは隠密の腕も相当あり、基本的に何でも出来る。あらゆる立ち回りが可能なオールマイティ型である。
「ナキリの傍には斗鬼達を置く。結構キツイ」
「撤退も考えたほうが良い?」
「いや、倒す。というか、倒さないとダメ。4人相手にしながら撤退する方が厳しい」
「そっか」
殺し合いは避けられないと理解する。
グラの話す様子から、戦力差は殆どなく、危険な戦いになる事が予想出来た。
「あー。でも。もう少し狂気が欲しい」
「これ以上の狂気って……。僕狂うけど良い?」
「うん」
「うんって……」
僕は苦笑してツッコミを入れる。
グラもクスクスと笑っていた。
「任せろ。俺が正気に戻す」
「ははは。頼んだよ」
全く、とんでもない安心感だ。
僕が狂っても良いから、狂気をよこせと言うという事の意味。僕はその意味を噛み締める。
本当に厳しい戦いだという事なのだろう。
僕が狂うというリスクをグラも一緒に負ってくれる、一緒に責任を取るという意味でもある。頼もしい限りだ。
僕は一呼吸置くと、狂気の扉から流れ出す狂気をさらに引っ張り出す。
――待ってたぜ? 相棒。破壊の時間だ!――
そんな声が聞こえたかと思えば、ドス黒いマグマのような熱いものが体を支配していく。
それは心地よく僕を溶かしていく。
もっと。もっとだ。
まだまだあるだろう? 僕の狂気はこんなもんじゃない。
全てをぶちまけろ!
奪われてきた恨みを。押し込めた怒りを。
全てぶちまければいい!
「はははははっ!」
僕は笑う。
やはり狂気は気持ちがいい。
妙に親近感のある化け物と、完全に同化したのだという実感がある。
「いいじゃん」
黒いマスクを引きちぎって口元を見せたグラは、ニヤリと笑う。
彼の伸びた真っ白な犬歯がギラリと光る。まさに鬼の様な風貌の彼は、一瞬にして僕の元から消えて行った。
それと入れ替わりにやって来たトキとキジノとキユリが僕を囲む。
殲滅の時間だ。
僕は思いのままに狂気をぶちまけた。
***
「ん……あれ……」
「ナキリ。おはよう」
「まさか……」
僕はぼんやりとする意識を早急に何とかして、状況把握を試みる。
「全部終わった。皆無事」
「そっか。ありがとう」
僕は上体を起こした。周囲を見回してみると、薄暗い室内だった。埃が溜まりお世辞にも綺麗とは言えない様な空間だ。
どうやら空き家に僕は寝かされていたらしい。
恐らく正気を失った僕を、グラが気絶させたのだろう。そして近くにある安全な空き家に運んだのだと考えられる。
「僕はどれくらい気を失ってた?」
「15分くらい」
あまり長時間気絶していたわけではないようでホッとする。
「怪我人はいる?」
「擦り傷とか切り傷くらいなら。ナキリの狂気のおかげで皆優位に戦えたから」
「良かった」
非常に優秀な成果だ。これで麒麟に大打撃を与える事が出来たと言えるだろう。
「いつ起きるか分からないし、正気に戻るかも分からなかったから、皆は先に帰らせた」
「うん」
周囲に他に気配が無いのはそう言う事かと納得する。僕はグラに腕を掴まれ引き上げられ、強制的に立たされた。まだ頭はくらくらするのだが。相変わらずグラはスパルタだ。
「皆心配してるから、直ぐ帰る」
「ははは。分かったよ」
僕は苦笑した。
そしてグラに支えられながら、避難シェルターへと戻っていった。




