10章-4.新たな仲間とは 2004.12.17
急いで避難シェルターへ戻ると、玄関を入ってすぐ、僕はノリさんに出迎えられた。
「ひ、氷織は……?」
ノリさんは何も言わず暗い表情だった。言葉に迷っているように見える。
僕の心臓は緊張でドクドクと激しく脈打つ。嫌な汗が全身から吹き出し、背中を伝っていくのを感じる。
暑いのか寒いのかすら分からない。おかしくなってしまいそうだ。
「落ち着いて聞いてね。ヒオリちゃんは生きてるよ。でもね、無事ではない」
「……」
生きているならば、直ぐにでも会いたい。だが、ノリさんはその場を動こうとしない。
まるで僕が地下シェルターの医務室へ駆け込むのを阻止するかのように立ちはだかっている。
僕はもどかしさを感じるも、ノリさんの言葉をじっと待つ。
「ヒオリちゃんの左足は腿の途中から無い。随分前に切断されていて、処置も雑だったから酷い状態だった」
「っ……」
「それから。全身酷い怪我だ。長期間虐待を受けていたんだろうね。骨折も何カ所もある。当然そちらも雑な処置でね……」
僕はグッと怒りを堪える。ここで怒りを爆発させてはダメだ。狂気に飲まれて暴走してしまう。
「そして、何よりも深刻なのが、精神と脳だよ」
「え……? それはどういう……」
「相当酷い環境に長期間いた事で、脳が委縮してしまっている。障害が残る可能性が高い。それと、薬だ」
「く……すり……?」
「薬漬け……と言えば分かるかな」
僕は言葉を失った。
ガラガラと地面が崩れて落ちていくような感覚だった。
僕は今、まっすぐに立てているのだろうか。
それすらも分からないくらい、頭が真っ白になっていた。
ノリさんは、そんな僕の肩を抱いて、ゆっくりと歩き出す。
地下シェルター、ヒオリが搬送された医務室へと案内された。
***
医務室に着く頃までに、僕は最低限心を落ち着けた。
覚悟はした。だが、きっと現実を見れば、今している覚悟なんて意味がないほどの衝撃を受けるのだろう。
「百鬼君……」
「大丈夫です」
ノリさんは頷き、ゆっくりと医務室の扉を開けた。
室内に入ると、ベッドの上には全身に処置が施され、多くの管に繋がれたヒオリがいた。意識を失っている。小さく息をしているため生きているのだと分かる。
状態は先ほどノリさんから聞いた通りなのだろう。左足の欠損。骨折を含む全身の酷い傷。そして薬。
精神の影響は、意識が無いため確認はできない。だが、体の損傷だけで相当に酷い状態だった。目を覆いたくなる程の現実だが、僕は彼女の様子をしっかりと確認した。
長く綺麗だったこげ茶色の髪は短く切られ、そして大半は抜け落ちて禿げてしまっている。少し筋肉質で健康的だった体も、すっかり痩せこけてしまっていた。腕だって枝の様に細い。どれほど辛い状況だったのだろうか。半年でこんなに変化する程、壮絶な環境だったのだろうと想像する。
「命は助かると思う。だけど、精神が戻るのかは分からない」
近くにいた晩翠家の男性が言う。
「時間はかかるけれど、体内に残った薬の成分を消す事は出来るだろう。だが、脳が受けた損傷を回復する事が出来ない。薬への酷い依存症も一生残ると考えられる」
「はい」
「使われた薬はね、深淵の摩天楼が生成していた物か、それに近い物と考えられる。精神依存が非常に強い物だ」
彼は、僕でも分かるようにヒオリの状況を教えてくれる。専門的な言葉は避けて、僕が知りたい事を的確に伝えてくれるのだ。流石プロだなと感じる。
「今後の治療の方針としては、まずは体内に残った薬の成分を消して、中毒症状を無くす。可能な限り怪我の治療を進める事。骨は折れて曲がった状態でくっつき始めてしまっているから……。日常生活が出来るくらいには戻せるように努める」
「分かりました。ありがとうございます」
僕は彼に深く頭を下げた。
正直に言えば、ヒオリが生きているだけでも救われる思いだった。見つかって本当に良かった。
だが、彼女の状態はあまりにも酷い。今後も永遠に苦しみ続ける事も分かっている。素直に喜べる状態とは程遠い。
もしかすると、彼女の笑顔は今後一生見られないかもしれない。
そんな予感がして僕の心臓はキュッと締め付けられた。
それでも、生きてくれるだけで良い。
これは僕の我儘だ。
そして、身勝手な僕は願う。
どうか生きて、僕の傍にいて欲しいと。
「それから、これ。心当たりはあるかな?」
彼は僕の目の前に手を出す。その掌の上には1つのアクセサリーがあった。
「これは……」
「彼女がずっと右手に握っていたんだ。きつくきつく握っていて、やっと開いたと思ったら中からこれが出てきたから。よほど大事な物かなと」
「……」
僕はそのアクセサリーを受け取った。
それは紛れもなく、僕がクリスマスイブに彼女に贈ったネックレスだった。チェーンは切れてしまったのか残されていないが、飾りの部分だけがあった。
宝石は変わらず輝きを放っている。少し緑み掛かった明るい水色の宝石。パライバトルマリン。ヒオリの雰囲気に合うと思って僕が選んだものだ。
「ヒオリ……」
どんな気持ちでこのネックレスを握りしめていたのだろうか。奪われないように、必死で握りしめて守っていたのだろうか。
そう思うほどに、僕は打ちのめされた。彼女の気持ちを想像するだけで苦しくなる。
最も大切な人、愛する人を守れなかったのだという現実に、僕は狂ってしまいそうだった。何のために戦っていたのかすら分からなくなる。
今までの全てが否定されたかのような気がして崩れ落ちそうだ。
僕はそんな無力感を抱えながら、静かに医務室を後にした。
***
医務室を出ると、直ぐの所でノリさんが待っていた。僕が出てくるのを待っていたのだろう。
「ナキリ君。少し話そうか」
僕は頷き共用室へと向かった。
共用室に入ると、ノリさんはコーヒーを淹れてくれた。僕はそのコーヒーを受け取り一口飲む。
「ヒオリちゃんは、別動隊が今日制圧した施設にいたんだよ。その施設はね、麒麟の傘下の小さな武力集団の拠点だ。まさかそんな所にいるなんて思わなかったよ」
僕は静かに頷く。
ヒオリは捕虜として連れて行かれたはずだ。それが何故、小規模な武力集団の拠点に居たのだろうか。
「別動隊からの報告では、施設の地下には沢山の死体が乱雑に捨てられていたそうだ。それも若い女性ばかり。そのどれもが酷い虐待を受けたと考えられるような状態だったそうだから……」
「武力集団は定期的に若い女性を虐待目的で買っていたか……。発見が遅れていたらヒオリも同じように死んでいたんでしょうね……」
もう少し発見が遅れていれば、ヒオリも地下の死体の仲間入りをしていたのは間違いがない。
別動隊とは、このシェルターにいる鬼人達の内、比較的年齢の高い子達で構成された集団だ。12歳から17歳の子達10人である。元々ミヅチの店でプレイヤーとして活躍していた子達であるため、非常に優秀だった。
彼等だけで十分に活動可能であるため、僕達とは別で動いていて、同じように麒麟が管轄する施設を日々潰して回っている。そんな彼等が見つけてくれたのだと言うのだ。後で彼等の部屋を訪ねて礼を言わなければ。
「深淵の摩天楼が作成していた麻薬はね。晩翠家の彼が言っていたように精神依存が強い物でね。回復するには非常に長い時間がかかると予測されている。それに、回復したとしても依存の症状は無くならない。永遠に残ってしまう。そういった事とも今後戦っていかなければならないだろうね。その為には周囲のサポートが絶対に必要だから。出来る限り彼女の傍にいてあげて欲しい」
「分かりました」
僕が傍にいる事で助けになるなら、いくらでも傍にいると誓う。ヒオリの為に出来る事ならば、何だってやる。
だが、現状、どのようにサポートをすればいいのかすら分からない。そんな自分の無知が嫌になる。
「それで。今後の事なんだけれど」
「はい」
「麒麟が管轄する拠点のもう少し大きい所も潰して行けないかな」
「え……?」
それはつまり幼い子供達に、より危険な仕事をさせようとしているという事だろうか。
「今ね、麒麟は抗争続きによって、構成員の不満が膨れ上がり、内部で少し揉めている状況なんだ。うまく連携も出来ていない。だから切り崩せそうなんだよ」
確かにノリさんが言う事が本当であれば、絶好のチャンスと言えるだろう。
「ナキリ君は、現在の裏社会の勢力図は把握してるかな?」
「概ね分かります」
「それは良かった。麒麟を含む4つの武力を持った勢力が、それぞれの縄張りを持って、牽制しながら争っている状況は今までと変わらない。だけどね、そこに暁さんの店と『幻術を使う一族』が手を組んで5つ目の勢力として立ち上がったんだよ」
「え?」
それは初耳だ。それに幻術を使う一族とは一体……?
「細かい話はしないけれど、彼等が手を組んだ事で、新たに巨大な武力組織が出来上がったと言っていい。それは麒麟を含めた4つの勢力を牽制できるほどの力を持っている」
僕は驚きすぎてポカンとしてしまった。アカツキは変わらず麒麟からの襲撃に耐え忍んでいたはずだ。だがここにきて、他と手を組んで反撃に出たという事なのだろうか。
「彼等は積極的に麒麟を狙って攻撃を開始したから、今麒麟は大打撃を受けているんだよ。僕達もそこに便乗して、一気に落とせたらとね」
確かに良い案だ。アカツキ達の襲撃に便乗して、麒麟の資金源となる施設を破壊するだけでも大打撃になるはずだ。
だが、やはり懸念点は幼い鬼人の子供達の安全面。そして、この避難シェルターが麒麟側に見つかってしまうかもしれないというリスクだ。
今日潰した施設よりも大きい規模の施設を潰すとなれば、それなりに人数が必要になる。危険だからと言って子供達の戦力無しで処理するのは、流石に厳しいだろう。
「それでね。提案なんだけれど。流石に危険だからさ、幼い子供達は置いて行って。代わりに別動隊の彼等を連れて行ってもらえないかな」
「なっ!?」
気が付けば、共用室のドア付近に別動隊の子達が集まっていた。
「彼等にはもう、この話はしてあるよ」
「そう……ですか……」
僕はドア付近に現れた彼等の様子を見る。確かに彼等の力があれば、十分に成し遂げられると思う。
だが、本当に彼等はノリさんの提案を受け入れるつもりだろうか?
「君達。今の話。ノリさんの言った通りで良いの?」
僕が尋ねると彼等は深く頷いた。
僕に付いてくるという事は、僕に命を預けるようなものだ。怖くは無いのだろうか。
「日頃、子供達からナキリさん達の様子は聞いてますから。信じてます」
「そっか。分かった。じゃぁ、改めてよろしくね」
僕は立ち上がり、別動隊のリーダーである17歳の青年と握手をした。
こうして僕は新たな仲間――別動隊として活動していた10人の鬼人の子達を得たのだった。




