10章-3.出来る事とは 2004.12.17
その日。はらはらと空から真っ白な雪が降っていた。雪国ではないこの土地で雪を見るのは久しい。一段と酷く冷え込み、外は昼間でも一切人の気配が無く、雪が落ちる音すら聞こえてきそうな程に静かだった。
恐らく積もりはしない。地面に触れれば消えてしまう雪を見て僕は思う。
「今日は一段と寒いから。皆気を付けて」
僕は集まった皆に声を掛ける。ふとアパート敷地内の開けた庭の方を見れば、鬼兄弟と天鬼が楽しそうに雪の中ではしゃいでいる。
子供は風の子なんて言葉がまさに当てはまる様子だ。彼等の赤と青と茶の髪が少し白くなる程、夢中になって雪を楽しんでいるようだった。
「今日はね。3カ所ある。暗くなる前に終われるように頑張ろうね」
僕がそう言うと、幼い鬼人の子供達は元気に返事をしてくれた。
僕達が避難シェルターに来てから、あっという間に半年が経った。季節はすっかり冬になってしまった。
状況は半年経っても殆ど変わっていない。今も麒麟が血眼になって僕達を探し殲滅しようと狙っているし、氷織と鬼楽は行方不明のままだった。
僕達は避難シェルターを拠点とし、連日麒麟が管轄する施設を潰すという活動を行っている。規模の大きなものには手を出せないが、小規模なものを少しずつ破壊している。主に、捕虜がいるだろうと考えられる施設だ。
麒麟は、僕達の店を潰し、そのエリアを手に入れた後、地域に残っていた人間を脅して金を巻き上げたりしているという。
詳細は不明だが、エリアに取り残された商人達を虐殺するなどはしていないらしい。有能な商人は生かしたまま、適度に金を巻き上げて管理する方針としたようだった。
また、麒麟による支配は、牛腸の店のエリア外――外周にある周辺地域にまで及んでいるそうだ。そこには何の力も持たない人達が多く住んでいる。
そんな彼等にも当然、麒麟の魔の手は伸びていた。攫って単純な労働力としたり、バラして臓器を売り捌いたり、見目が綺麗ならば娼館に売ったりなど。そうやって資金を得ているらしい。
一方で、ヒオリとキラクについては麒麟の人間に生きたまま連れて行かれたらしいのだ。
雪子鬼が必死で記憶を整理して教えてくれた内容では、顔立ちの整っていたキラクは高値で売れると見込まれて生け捕りにされたそうだ。
そういう少年を好むような人間に高く売れるのだと、麒麟の人間が言っていたのを聞いたので恐らくとのことだった。
ヒオリは『牛腸の店の副店長に対する有効な人質』として捕まって連れて行かれたそうだ。
だが、ヒオリを使った交渉を持ち掛けられた事は1度もない。もしかすると既に殺されてしまったという可能性も十分にあるだろう。それでも、未だに捕虜として生きている可能性だってあるはずだ。
だから僕達は、彼等を探しながら捕虜がいる可能性がある拠点を、片っ端から潰して回っている。今僕達に出来ることで、最も有益なのがこの活動という結論だった。
単純な武力だけはあるのだ。それを有効に活用して、少しでも状況を改善したいと考えている。
東家による情報網は本当に優秀で、僕達は活動中、麒麟に所属する高ランクプレイヤーと一度も鉢合わせていない。上手く隙を狙って襲撃を行う事が出来ていた。
「さてと。今日もグループ分けをしようかな」
僕達はこの避難シェルターで出会った鬼人の子供達のうち、戦闘が得意な9人を連れて活動している。元は鮫龍の店がある拠点内で生活していた10歳前後の子供達だ。
特に鬼人の血が濃く戦闘に興味のある子達である。訓練と子供達のストレス発散の目的で連れ出しているが、今では重要な戦力になっていた。
アマキ達がお兄さんの様になっていて、日々子供達を指導していた。あんなに幼いと思っていた子達は今では立派なお兄さんお姉さんなのだから、子供の成長の速さを感じる。
そんな彼等のグループ分けとは、『突入する部隊』、『周囲を警戒する部隊』、『捕虜となっていた人達を逃がす手助けをする部隊』の3つだ。麒麟の主力プレイヤーが駆け付ける前に撤退する必要があるため、役割を分けて迅速に対応できるようチーム分けをしているのだ。
喧嘩にならないように、僕は子供達をそれぞれの部隊に振り分ける。皆『突入する部隊』をやりたがる程血気盛んなので、いつも少し困ってしまうのだが、平等になるように調整していく。
『突入する部隊』のリーダーはグラ、『周囲を警戒する部隊』のリーダーは鬼兄弟、『捕虜となっていた人達を逃がす手助けをする部隊』のリーダーは天鬼と鬼人の子3人だ。
ちなみにこの3人には、覚醒した日に名付けた。少年2人はそれぞれ、斗鬼、鬼神野、少女は鬼百合と名前を付けた。
避難シェルターにいた年配の鬼人の女性に、名付けなさいと言われたためだった。というのも、覚醒させたのだから責任を持たなければならないそうだ。
覚醒するという事は、『覚醒させた人と共に在る事を決めた』という意味でもあるらしい。故に、しっかりと名付けるべきだと。
本人たちも『鬼』が付いた名前がずっと欲しかったの言うのだ。そんな理由から僕は彼等に名を与えたのだった。
トキ、キジノ、キユリはずっとグラに付いていただけあり、現在隠密の腕は相当なものになっていた。彼等は皆、闇に紛れて全身を隠す事が出来るような黒い服を身に纏い、グラと同じように肌の露出が殆どないスタイルだ。
ただ一点目立つとすれば、彼等の燃えるようなオレンジ色の瞳だろうか。それだけははっきりと見えていた。
しかしながら戦闘時になれば、トキはオレンジ色のレンズのスポーティーな眼鏡を掛けてしまうし、キジノはフードを深く被ってしまう。キユリもグレー系の色で着色された眼鏡を掛けるため、その美しい瞳は隠されてしまう。
隠密するのだから仕方のない事ではあるが、勿体ないなと感じてしまう部分だ。
そんな僕の気持ちを察してか、彼等は僕と対話をする時だけはいつもその美しい瞳を見せてくれる。今日もその美しい瞳達が、僕の姿を映して輝いていた。
「今日のチーム分けは今言った通りだから、各自のリーダーに指示を貰って、言う事を聞く様に!」
僕は子供達を3人ずつに分け各リーダーへと振った。
結局僕が出来る事は、戦略を練り、鬼人達と共に戦う事だった。極力子供達が怪我をしないように、かつ勉強になるようにと調整している。
恐らく、今僕が連れている幼い子達は今後プレイヤーになるのだろう。身体能力は高く、好戦的。強くなることに興味を持っているのだから。そして本人たちもグラや鬼兄弟達に憧れているようだった。
更に言えば、彼等鬼人の子は常に狙われる境遇にある。体自体に価値があるのだ。悪い人間はこぞって狙うだろう。故に、身を守るために戦える事は、彼等にとって必須と言ってもいい。
本当は幼い子供達を戦わせたくは無い。しかしながら、そういった背景と戦力的にも、こうして比較的安全に経験を積ませることが合理的だと僕は判断している。
「百鬼。準備できた」
「分かった。じゃぁ行こうか」
僕達は目的地へと、姿を隠しながら向かった。
***
本日3カ所目――最後の目的地。僕達はその施設への突入の準備を行っていた。
「準備はいいね?」
僕は全員の顔を確認後、ほんの少しだけ狂気を纏う。強すぎる狂気を幼い子供達に当てるのはリスクがあるだろうとのことで、出力を抑えている。
しかしながら、適度な狂気を纏えば鬼人の子全員と共鳴が出来、連携力は高まる。覚醒の有無は関係なく、僕の調整次第で共鳴は可能だった。
本来の鬼人同士の感覚的なコミュニケーション能力と併せれば、十分強力だと言える。それに、僕は共鳴することで皆の様子を直感的に把握できる。危険があれば対処もしやすいわけだ。
「それじゃぁ、作戦開始」
僕が合図を送ると、一瞬で全員その場から姿を消してしまった。僕は目的の施設を別の建物の屋上から確認する。
制圧対象の施設は5階建て、鉄筋コンクリート造の古びた建物だ。何の飾り気もない無機質な箱型の建物。窓は全て曇りガラスで、その上分厚いカーテンが閉まっている。故に、中の様子は何一つ外部からは確認できない状態だ。
事前の調べでは、この中には捕虜となっている人間が働かされているという事だ。麒麟の重要な資金源となっている、麻薬の製造に関わる仕事だろう。
恐らくこの施設にも、ヒオリとキラクはいない。もう半年以上探し続けて何の手がかりも無いのだ。死んでしまっているのだろう。
そろそろ諦めて現実を見なければいけない時なのかもしれない。彼等はもうこの世に居ないのだと。
頭では十分に分かっている。それでも気持ちが追いつかない。僅かな可能性にしがみついて、こんな事を続ける事にどれ程の意味があるのだろうか。
ヒオリが居ない世界なんて、生きる意味なんてないとすら思っている。今すぐにでも生きる事を辞めてしまいたいくらいだった。
だが、僕にはやらなければならない事がある。
何年かかってもいい。麒麟が消滅するのを見届けるまでは死ねない。
必ず消滅させる。
その復讐心が今の僕が生きる目的の主軸になっていた。もし、その復讐心すら消えてしまったら、きっと僕はもう立てない。そのまま死を選ぶような気がする。そんな予感がしていた。
僕は皆の様子を上から見守る。グラを先頭に正面入り口から施設内へと突入した彼等は、作戦通りに敵を無力化して進んで行く。特に問題もなく進むことが出来ているようだ。
そして、それに続いて『捕虜となっていた人達を逃がす手助けをする部隊』もアマキを先頭に建物内へと入っていく。彼等は次々に捕虜を担ぎだしていく。少し離れた位置に捕虜たちを避難させるためのトラックが停車しているので、そこまで搬送することになっている。
中には自力で歩くことができない者もいる。そんな人達を担ぎながら運んでいく。さらに、周囲では搬送中に攻撃されないよう、鬼兄弟達が目を光らせている。
どこも順調だ。動きも洗練されていて無駄がない。随分とこの活動にも慣れたという事だろう。
しばらくそのまま見守っていると、最後にグラが建物から出て来て、僕の方へと軽く手を振った。どうやら完全に制圧が出来たらしい。僕は階段を降りてグラの元へ向かった。
***
建物前でグラと合流し、僕達は捕虜となっていた人達を避難地域へ運ぶためのトラックがある場所へと向かう。
現在避難地域は順調に機能していた。一時は絶望的な状態ではあったが、今では人を受け入れる事が出来るだけの余裕もある。
元店主達の頑張りによって、1つの村が出来上がっていた。その村は上手く麒麟から隠す事が出来ている。原理は良く分からないが入り口が見つかりにくいらしい。
当然麒麟はその村の存在を認知している。しかし場所を特定する事が出来ずにいるといった状態だった。
麒麟も本当に諦めが悪い。僕達の事なんて無視したっていいだろうに。いつか復讐されるかもしれないと危惧して、不穏分子は徹底的に消したいのだとは思うが。
配下に入らない、コントロール外の武力集団は、全て潰しておくという考えなのだろう。だから、僕達はどこまでも追われ続けるのだろう。
僕達が堂々と人間らしく生きるためには、麒麟を消滅させるしかない。そういう状況だった。
トラックの前に辿り着く頃には、捕虜となっていた人達の収容は完了していた。大型トラックの荷台内に設置された簡易的な座席に座り、いつでも出発できる状態だ。
「隠密している人間は全員処理したっす!」
赤鬼が僕達の元へと戻って来た。このトラックを付けられないよう、この状況を隠密して見ている人間は全員処理しなければならない。
麒麟の人間でなくても、情報が洩れてはいけないため、確実に処理する必要があるのだ。
僕はそれを確認してトラックの運転手に出発するよう伝えた。すると間もなくしてトラックは発車し、僕達はそれを見送った。
「さて。僕達も帰ろうか」
僕がそう言った時だった。
ブーッ……ブーッ……ブーッ……ブーッ……。
僕の携帯が鳴る。取り出してみれば相手はノリさんだった。
「はい。ナキリです」
『ナキリ君! 今平気!?』
何かノリさんは慌てているような様子だ。何かあったのだろうか。
「大丈夫です。丁度3カ所目の制圧が終わりトラックを送り出したところです」
『あぁ、それは良かった! なら、急いで戻って来て!!』
「え?」
避難シェルターの方に問題でも起きたのだろうか。僕は一気に不安になる。
『ヒオリちゃんが見つかったんだよ!』
僕は急ぎシェルターへと戻った。




