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【完結】ナキリの店  作者: ゆこさん
10章 新しい拠点と立て直し
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10章-2.心強い存在とは 2004.6.28

 僕はシェルター内の小さな共用室で、ノリさんからこの場所についての詳細な説明を受けた。このシェルターには、主に鮫龍(ミヅチ)の店にいた鬼人(キジン)達が避難しているという。そもそも、ずっと前から鬼人を守るために用意していたものだったそうだ。

 ミヅチとは以前から協力関係を築いていて、この施設では戦えない鬼人達を匿ったり、捕らわれている鬼人達を救出するための拠点とするつもりだったそうだ。

 

 そんな所に僕達も避難して良かったのかと不安になったが、現在この施設はノリさんの権限で運営している事から、ノリさんの判断で構わないとの事だった。

 勿論、僕達より先にここへ来て生活していた鬼人達の合意も、事前に得ているそうだ。


「ミヅチ君の消息は不明なんだ。生死も確認できてなくてね。とてもじゃないけれど、ミヅチ君の店に様子を見に行くなんて出来なくてね。ごめんね」

「いえ……」


 ノリさんは本当に申し訳なさそうに言う。

 恐らく現在、ミヅチの店の周りには、麒麟が管理するSSランクのプレイヤーが複数人いて占拠しているはずだ。どんなに隠密が得意だろうと、そんな場所へ様子を確認しに行くのは危険すぎる。

 情報が得られないのはやむを得ない事だろう。


「ここまで逃げてきた彼等に聞いたらね、彼等を逃がすために時間稼ぎをしてくれたんだと……。そう言っていたから……」


 恐らく生きてはいない。

 彼は最後までは言わなかったが、そう言いたいのだと察した。


「それで、牛腸(ゴチョウ)君の店の方の状況を教えてもらえるかな」

「はい」


 僕は見てきた状況を全てノリさんへ伝えた。僕達を待ち伏せしていた麒麟の規模、死亡を確認したプレイヤー。そして、生死不明の人物等。

 また、僕は鬼人達との共鳴についてもノリさんへ伝えた。


「大変だったね。よく無事だったね。本当に君達は無茶をするんだから」


 ノリさんは僕の報告を聞いて、呆れながらも安堵したように笑っていた。その表情は、僕達の事を本当に心配しているようなものだった。そして、無事だったことを心の底から喜んでいるような。そんな様子に見えた。


「それなら、百鬼(ナキリ)君の目標は見つかっていない氷織(ヒオリ)ちゃんと鬼楽(キラク)君の捜索だね。僕達も協力するから」

「いいん……です……か……?」

「勿論。東家(アズマケ)の情報網を駆使して、全力で探してみるから」


 その言葉に僕は涙が出そうになる。

 なんの手がかりもない彼女達を探す事は困難であり、ノリさん達からすれば最優先事項からは程遠いものだ。それなのに全力で探してくれるというのだ。嬉しくないわけがない。


「よろしく……お願い……します……」


 僕はノリさんに深く頭を下げた。


***


 麒麟の詳しい動向をノリさんに教えて貰っていると、僕達は晩翠家(バンスイケ)の男性に呼ばれた。どうやら雪子鬼(セズキ)が意識を取り戻したらしい。

 僕達は彼女がいる医務室へと向かった。


 室内に入ると、セズキはベッドに上半身を起こした状態だった。左目に眼帯をつけている。やはり左目は潰れてしまったらしい。


「セズキ……」


 僕は彼女のベッドの横で膝をつき、目線の高さを合わせた。彼女は小さく震え続け、右目からは涙を流していた。僕を視線に捉えても、表情は強ばったまま変わらず、瞳には確かに恐怖があった。


 彼女らしい強い眼差しは、無くなっていた。


「無理しなくていい……。ゆっくりで……」


 セズキは首を横に振った。


「おつ……たえ……し……なきゃ……」


 彼女の声は酷く震えていて、言葉を発することすら難しそうだった。彼女はグッと何かを堪えるように耐えている。


「セズキちゃん。記憶は無くならないけれど、意識的に思い出さないように訓練する事はできる。ゆっくり練習していこう。無理に記憶を見ようとすればセズキちゃんが壊れてしまうから、無理しちゃだめだよ」


 ノリさんはセズキを諭すように。とても優しく声を掛けていた。


「でも……」


 セズキは顔をくしゃくしゃにして、ぽろぽろと涙を流す。

 彼女は何か伝えたい事があるようなのだ。しかし、それを伝えるためには、同時に辛い記憶を鮮明に思い出してしまうという事らしい。


「直ぐ……言わなきゃ……」

「セズキ。聞いて。きっとセズキは大事な情報を知っていてすぐ伝えなきゃと思っているんだと思う。だけど、僕はセズキの事が大事だから、無理させたくない。自分を優先して欲しい」


 セズキは涙を拭って頷いた。正直セズキが伝えようとしてくれている事はとても気になる。すぐに言わなければと言うくらいだ。きっと僕達にとって重要な情報に違いない。

 だが、セズキの心を壊してまで得たいとは思わない。


「セズキちゃん。記憶の整理の仕方を教えるから、少しずつアウトプットしようね。ナキリ君、僕が責任をもってセズキちゃんから情報を受け取っておくよ。時間はかかってしまうと思うけれど」

「はい」


 これもノリさんにお願いするしか無さそうだ。僕では何もしてやれる事がない。無力感でいっぱいになる。


 その後、僕は晩翠家の人から東鬼(シノギ)の様子も聞いた。右足の膝から先の部分は、やはりもうダメだった。直ぐに切断したという。色々と処置を施してくれたらしく、何とか一命は取りとめたとの話だった。

 まだ意識は戻っていないが、きっと大丈夫だという話だった。


***

 

 僕は共用室へ一人で戻った。そして、キッチンを使わせてもらい湯を沸かす。

 すると、ふらりと部屋にグラが入ってきた。


「グラも、コーヒー飲む」

「飲む」


 僕は2人分のコーヒーを淹れて、ソファーへと持って行った。


「皆の様子は?」


 僕はマグカップをグラに1つ渡して尋ねる。


「元気。覚醒組が人気者」

「え?」

「犬歯の長さを自慢し合ってた」


 これには笑ってしまった。

 正直辛い事が多すぎて、僕のメンタルは崩れかけていた。そんな時に、せめて子供たちの元気な様子が聞けて良かったと感じる。

 子供達だって辛くない訳が無い。仲間の死を沢山見すぎた。心に深い傷を負っているだろう。それでも前を向いて進むために、皆でなんとか支え合いながら元気に振舞っているのだと思う。むしろ、僕に心配をかけないようにと、頑張っているのだろう。


 僕はグラの正面に座って、コーヒーを一口飲んだ。


「ちなみに、犬歯の長さは俺が勝った」

「ブッ……」


 僕は思わずコーヒーを吹き出した。全く、グラまで張り合って何をしているのか。


「それは、大人気(おとなげ)なくない?」

「これは勝負だから」

「え……。そういうもの?」

「うん」


 その辺は理解が難しいが。そういう物としておこうと思う。


「鬼人の血が濃い方が、特徴が顕著に出るから。牙はカッコイイ」

「な、成程……」

「子供達の事は俺が見るから」

「え?」

「ナキリはナキリにしか出来ない事に集中して」

「分かった」


 どうやらグラは、今の言葉を僕に伝える為にここへ来たのだろう。

 

 僕にしか出来ない事……。

 僕はこれからどうすればいいのだろうか。

 僕も何か出来る事をしたい。


「ちなみに、一番の人気者はナキリだから」

「は?」

「子供達に会ってあげて。皆元気になる」

「……」


*** 


 コーヒを飲み終わった僕は、早速グラに連行される。この場所へ事前に避難していた子供達の部屋だ。

 扉を開けると、途端に子供達に囲まれてしまった。皆キラキラした目で僕を見ている。

 

 一体なぜ……?


 僕はとりあえずその部屋に入れてもらった。その部屋は15歳以下の子供達が寝泊まりする部屋で、部屋いっぱいに2段ベッドが配置されている。


「覚醒組がナキリの武勇伝を語りまくったから」

「何それ……」

「秘密」


 どうやら、覚醒した子達が何か話をしたみたいだ。だが、何をどう言えばこんな憧れのような眼差しを向けられるに至るのか。


「ナキリは皆の希望だから」

「希望ね……」


 こんな状況だ。彼等には仮初でも、希望はきっと大事だ。


「ファンサしてあげて」

「分かったよ」


 僕はグラに促されるまま子供達と交流した。


 この場所はお世辞にも住みやすい場所とは言えない。人数に対して規模は不足気味であるし、プライバシーなんてものは殆どない。それに制限が多い。鬼人達は狙われる身であるため、外出だって自由に出来ない。

 そんな彼等の気晴らしになるならと。僕は彼等の話す事に耳を傾けたり、質問に答えたりした。


 やはり彼等は外の様子が気になるようだった。あとは麒麟(キリン)とのバトルの様子にも興味があるらしく、戦いの様子を詳しく聞かれ困ってしまった。

 何やら彼等には、僕達のことは子供向けのアニメのヒーローかのように伝わっているようだと悟る。僕は出来るだけ彼等のイメージを壊さないように努めた。恐らく、そう振舞うのが『最善』だろう。


「ナキリ。共用室でノリさんが呼んでる」

「分かった」


 しばらく。時間にしては1時間程交流をしていたところで、グラが僕を迎えに来た。


「ファンサ、代るよ」

「よろしくね」

「ナキリの武勇伝沢山吹き込んでおく」

「……」


 グラは、嫌そうな顔をした僕を見てクスクスと笑い、共用室へと向かう僕へ手を振った。

 こんな状況下でも変わらないグラの様子に僕は安心する。僕と同じようにショックを受けているはずだ。それでも彼はブレない。いつも通りだ。いつも通りとなるように振舞っているのかもしれない。

 僕はグラが抱いていた感情を知っている。共鳴していた事で、ダイレクトに感じているのだ。グラも怒っていた。僕と同じくらい、いや僕以上だったかもしれないと思える程に。

 だからこそ今、彼が取り乱すこともなく、いつも通りに振舞っている事には驚きを隠せない。余裕なんて一切無いはずなのに。


 彼は僕と同じ場所に立ってくれている。共にこの状況を何とかしようと、対等な関係で同じ方向を向いてくれている。

 心強い存在だなと。改めて僕は感じたのだった。

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