10章-1.一族とは 2004.6.28
時間にして約40分程度。牛腸の店から車で移動し、ようやく僕達はノリさんから聞いた住所へとたどり着いた。そこは車が15台ほど停めることが出来る広さの駐車場だった。
停車して直ぐ、コンコンと窓ガラスをノックする音がして。そちらへ視線を向けると、そこにはノリさんが居た。
僕はシートベルトを外して車から降りる。
「百鬼君。早速だけど、君達は付けられている」
「え……」
「2人かな……。これから行く場所は絶対に麒麟にバレてはダメだからね。直ぐに処理して欲しい」
僕はグラと天鬼に、隠密して僕達の様子を伺っている人間の処理を頼んだ。
「酷い怪我人は?」
「東鬼と雪子鬼が……」
「えっ! セズキちゃんは生きているのかい!?」
ノリさんは驚いたような顔をする。
「はい……。ですが……」
僕は後部座席のセズキを優しく抱き抱えた。そして、車から降ろす。
そのセズキの状態を見たノリさんは、酷くショックを受けていた。セズキは眠っている。緊張の糸が解けて気を失ってしまった、の方が正しいかもしれない。
僕はセズキをそのままノリさんに任せ、同じく後部座席に寝かせていたシノギを抱き抱える。彼も気を失ってしまっている。
ぐちゃぐちゃに折れてしまった右足に気をつけながら、できるだけ振動を与えないように気をつける。
「ナキリ終わった」
「ありがとう」
ちょうどグラとアマキが、追っ手の処理から戻ってきた。僕達はノリさんの案内に付いて行った。
***
ノリさんの案内で辿り着いた先は、木造2階建てのアパートだった。彼はアパートの敷地内に入り、迷いなく進んでいく。
1階奥の角部屋、『佐藤』と書かれた表札のある扉の前で止まる。すると直後、ひとりでにその部屋の扉が開いた。そして、1人の人物に出迎えられた。
「おかえりなさい。さっ、早く入って」
僕達を出迎えたのは、鮫龍の店にいた鬼人の年配の女性だった。僕は驚きつつも、開けてもらった扉から室内へと入る。
室内に入ってすぐ、開け放たれた両開きの扉があり、その奥に下り階段が見えた。地下だろうか。ノリさんはセズキを抱えたままその階段を降りていくので、僕達も付いて行く。
「この地下がシェルターだよ。もっと早く準備できていれば良かったんだけれどね……」
ノリさんはそう言って地下に設けられた部屋のひとつへ入っていった。
「怪我人は皆この部屋に。爛華さんもこちらへお願いね。元気な子は彼女の案内について行って」
僕はその室内にある空いたベッドへシノギを丁寧に寝かせた。
どうか助かって欲しい。まだシノギは小さく息をしている。まだ生きているのだ。僕は祈る。
「最善を尽くすよ」
背後から男性の声が聞こえて、僕は振り返った。するとそこには白衣を着た、30代から40代と見える男性が立っていた。
「私は晩翠家の人間だ。薬屋ではあるが、医療の知識もある。可能な限り手を尽くすと約束するよ」
彼は力強くそう言った。
「よろしくお願いします」
僕には祈る事しかできないが、彼は違う。シノギを生かすために知識と技術を駆使してくれるというのだ。僕は深く頭を下げた。
「晩翠家はね、毒の一族として有名な家だよ。でも彼らは毒よりも薬をメインとしている。だから薬屋と思っていい。代々研究を重ねて、優れた薬を生み出してきた素晴らしい一族だ。そんな人達だから。信用して大丈夫だよ」
ノリさんは、僕にそう補足説明をしてくれた。そんな凄い人を手配してくれただなんて。
「ノリさんも、ありがとうございます」
「いや、むしろ僕達が君に感謝すべきだ。今まで君達が頑張ってくれていたから、こうした大規模なシェルターを秘密裏にかつ、安全に用意できたんだよ。それにね、セズキちゃんを……、ありがとう」
彼は言いながら、別のベッドに寝かされているセズキを愛おしそうな目で見ている。何故ノリさんはセズキをここまで気にかけているのだろうか。特別な何かがあるように思えてならない。
「君も疲れただろう。向こうに行って少し休みながら情報共有しよう」
僕はノリさんの案内する部屋へと移動した。
***
案内されたのは、皆が自由に出入りできる休憩室のような場所だった。1つの横長のテーブルを囲むように、ゆったりとしたソファーが配置されている。4人掛けが2つと2人掛けが2つで、計12人が座れる。それと、少し離れた位置に小さなキッチンと水屋があるだけの場所だ。
「まずはね、僕の事を話した方がいいかな」
ノリさんはそう言ってソファーに座った。僕はノリさんの正面に座る。
「僕の本名は、東 規介と言うんだ。東という姓に心当たりはあるかな?」
僕は首を横に振った。
「東家は代々情報屋を営む家系でね。一族皆で情報を集めて共有しているんだよ。だから僕は情報を沢山得る事が出来た訳だ」
ノリさんは、まず僕の警戒心を解くことを優先させたのだと分かる。今の説明で色々と納得がいった。常に僕達の状況を把握出来ていたのも、情報屋だからということなのだろう。
「東家は少し特殊な特性を持つ一族でね。遺伝でその特性を引き継ぐんだよ。その特性とは、異常なまでの記憶力。そして、高度な情報処理能力」
「記憶力と情報処理能力……」
「ナキリ君は、その能力に心当たりはないだろうか……?」
「え……?」
僕は問われて考えた。
異常なまでの記憶力と高度な情報処理能力。
「もしかして、雪子鬼……?」
「そう。彼女はね恐らく東家の血を引いてるんだろう。どうして彼女が暁さんの店にいたのかは分かっていない。けれど、東家の血を引いている事は間違いないだろうね」
「だからノリさんはセズキを気にかけていたと……」
「うん。アカツキさんの店にいる頃から陰ながら見守っていたんだ。もし殺されてしまいそうになるなら、多額のお金を払ってでも交渉して、僕は彼女を引き取るつもりだったよ」
ノリさんがセズキに対して、特別に気にかけていた理由が理解出来た。
「セズキはその事を……?」
「当然知ってるよ。ナキリ君に情報を売る時に彼女に会わせてもらったことが1度あったと思うけれど、それ以降彼女とは直接やり取りをしていたから。何時でも僕達一族の元に来て大丈夫だと伝えたんだけれどね。セズキちゃんはナキリ君の所で働きたいと頑なでね」
ノリさんはそう言って笑った。
「もしかして、セズキの情報収集先って……」
「お察しの通りだよ。東家の情報網を使って得たものだよ。彼女は上手く使いこなしていたね」
セズキがいつもやり取りしていた先は、恐らくノリさんや東家だったのだ。色々と納得がいった。ノリさんが僕たちに協力的なのは、もしかするとセズキのおかげかもしれないとも……。
「それともうひとつ。ナキリ君には伝えた方がいいかな。さっき言った特性のひとつである異常なまでの記憶力だけれど。これはね、正直言って呪いに近い。人間が持つ『忘却という能力』が欠如していると言った方がいいかもしれない」
「忘却という能力……?」
ノリさんは少しだけ悲しそうな顔をして頷いた。
「僕達は生まれた時からの記憶を、全て忘れること無く覚えている」
「え……」
「忘れることが出来ない。これは一見ただ凄い能力のように聞こえるだろうけれど。裏を返せば、忘れたい事を忘れられないんだよ。嫌な記憶も、辛い記憶も、苦しい記憶も……」
「……」
僕はノリさんが言わんとしている事が分かってしまった。
「セズキちゃんが立ち直れるのかは分からない。東家の人間は辛い記憶に悩まされて、精神を病んで死を選ぶ人間も少なくないからね……」
セズキが受けた傷を考えると、立ち直れるなんて思えなかった。セズキはまだ14歳とかそのくらいの子供なのだ。
忘却することが出来る人間だって立ち直ることは難しい。あまりにも厳しく、困難な道のりであるのだと察した。
「それで。ナキリ君に提案なんだけれど、しばらくセズキちゃんを預かりたい」
「え?」
「彼女には特別なサポートが必要だ。僕達に任せて貰えないだろうか」
「……」
ノリさん達ならば、彼女の特性を熟知し、適切なサポートができるだろう。それに同じ特性を持つ者として寄り添う事もできるだろう。
「僕は……。セズキの意思を尊重します。彼女が意識を取り戻した時に、しっかり説明して、今後どうしたいのかを聞いてから決めたい……」
「うん。分かった。そうだね。何よりも彼女自身の意思が大事だ。彼女が起きてから話を進めよう」
僕は頷いた。ノリさんは本当にセズキの事を大切にし、彼女の意思を尊重しようとしてくれているのだと分かる。彼にならセズキを任せても良いだろうと感じる。
「それじゃぁ、これから本題ね。情報共有を始めよう」
僕達は今後の方針を決めるべく、情報共有を始めた。




