9章-8.避難先とは 2004.6.28
ドンッと勢いよく扉を蹴り開けて、僕達は一気に店に雪崩れ込んだ。
グラを先頭に侵入し、僕は店内を見まわし状況を確認する。低ランクプレイヤーと思われる男達が、店の中央に位置するテーブルセットに座っていた。酒を飲みながらカードゲームをしているようだった。
彼等は突然入ってきた僕達に酷く驚いているようだった。全く予想も警戒もしていなかったのだろう。呑気に酒を飲みながら遊んでいるのだ。戦闘は完全に終了したと気を抜いていたに違いない。
だが、さすがプレイヤーだ。すぐに武器を構えて戦闘態勢となる。
「殺せ」
僕の声は酷く冷え切っていた。自分で自分の声に悪寒がする程に。
グラと天鬼が一瞬にして彼等を肉塊へと変えた。2人も怒っているのだ。ただ殺すでは飽き足らず、切り刻むほどに憤っている。
僕は店の中を隈なく見て回る。周囲の死体を急ぎ確認していく。店の壁際には乱雑に死体が放置されているのだ。誰が死んでしまったのかを確認しなければならない。
店の狙撃手達や、近接戦を得意とする人達。皆ボロボロだった。この様子を見ると、無駄に痛めつけられたように見える。
「百鬼こっち!!!」
店の奥の方でグラが僕を呼ぶ。僕は急いでそちらへ向かった。
「東鬼!!」
そこにいたのはシノギだった。床にうつ伏せで倒れているシノギの傍にグラが膝をつき、様子を確認している。
「まだかろうじて生きている。でも危ない」
「っ!!」
生きている。
その言葉に僕の心臓は飛び跳ねた。
「見えてる所だけでも外傷が酷い。右足は多分もう使い物にならないし、内臓も破裂しているかもしれない。脈も呼吸も弱弱しい」
「くっ……」
シノギは非常に危険な状態だ。それに、内臓なんて。医者に見せなければ助かる見込みがない。
と、その時、うっすらとシノギの瞼が開いた。
「……ナ……キリ……さ……」
「喋らなくていい!」
「……あっ……ちに……。いそい……で……」
シノギは震える腕を上げ、店のバックヤード側を指さした。
「……セズ……キが……」
「なっ!!!」
僕はグラの静止も無視して立ち上がり、急ぎバックヤードへと向かう。そして、勢いをそのままに扉を蹴り開けた。
バァアアン! と強烈な衝撃音を響き渡らせて、勢い余った扉が壁にぶち当たる。
「お前らァ!! ここで何をやっているんだッ!!!!!!」
到底信じがたい。
汚らわしいサル共め。
僕は室内の状況を理解した瞬間、怒りに任せ怒鳴り散らした。そして、そこにいた5人の男達に瞬時に切りかかった。
男たちの反撃を受けようとも止まらない。
返り血を浴びながら、男達の腹に刃を突き刺し、腕を切り落とし、顔面を切り裂いて。
楽に死なせてやるものか。
痛みに悶えて苦しみながら死ねばいい!!!
僕は男達の両足を切断し、腹部を突き刺した。致命傷だが即死はしないように。
どの部位をどの程度損傷すると人間が死ぬのか。僕は長年解体ショーを任されてきた人間なのだ。熟知している。
死を望むくらいの苦痛を味わって、少しずつ死ねばいいのだ。
僕は男達を無力化したのち、急いで雪子鬼の様子を確認した。彼女は事務のテーブルの上、全裸で仰向けになっていた。
「ナキリさっ……」
僕を見てぽろぽろと涙を流す彼女の顔面には、酷い痣がいくつもあった。特に左瞼は大きく腫れ、血を流している。もしかすると眼球が破裂してしまっているかもしれない。
当然全身にも打撲痕。両手首はずっときつく掴まれて押さえつけられていたからだろう。締め付けたような赤黒い痣が見える。
「ごめんっ……。ごめんっ……。遅くなって、本当にごめんっ……」
セズキの股からは、血液が混じって一部赤く染まった白濁の液体が滴っている。
僕の感情は再びぐちゃぐちゃになった。大切なものを傷つけられた悔しさと、怒り、人間という生き物への軽蔑と嫌悪。
僕は自身が着ていたジャケットをセズキに着せ、彼女を横抱きにして急いで運ぶ。
彼女の傷は体だけじゃない。僕はぐっと歯を食いしばった。
***
建物2階の医務室のベッドに、シノギとセズキを寝かせた。医務室もそれなりに荒らされていたが、薬類等は盗られずに残されているものも多かった。
それらを使用して、出来る限りの応急処置を行いはした。だが、彼等にはもっと高度な治療が必要だ。全然足りない。
当然、そんな宛なんてない。僕は途方に暮れていた。
そんな医務室には、僕と爛華が残っている。他のメンバーは周囲の調査だ。隠密して僕達の様子を伺う人間たちの処理と、味方の死体の収集を頼んでいる。
僕はまだ、氷織の死体を見つけていない。それが良いことであるのか、悪い事であるのか。もはやよく分からなかった。
彼女はまだ生きているかもしれないと希望を抱く一方で、生きていたとしても無事とは思えないため心臓が締め付けられる。
また、大切な人達を守れなかった悔しさでおかしくなりそうだった。僕は一体何のために戦っていたのか? と。大事な仲間達を守るためだったはずなのに……。
「ナキリ君。ほら、これ飲んで。皆、ナキリ君の判断力と統率力が頼りなの。あなたがいなければ、皆歩けない。皆あなたが道標だから……」
ランカは僕にブラックコーヒーの缶を手渡した。3階にある自販機から、わざわざ買ってきてくれたのだろう。僕は無言でそれを受け取った。
きっと僕は、ランカが心配するほどに酷く思い詰めた顔をしていたのだと思う。
皆を引っ張っていく立場の僕が、そんな顔をしていてはダメだ。皆を不安にさせてしまう。しっかりしなければ。
僕は、パンッと自分の両頬を叩き、ランカから渡されたコーヒーを飲んだ。コーヒーの香りは頭をスッキリさせ、気持ちをリフレッシュさせてくれる。
今考えるべき事を考えよう。
治療が必要な怪我人を連れて何処へ行けばいいだろうか。
現状、この店は取り返したと言っていい状況ではあるが、危険な地域だ。ここを拠点に防衛はできない。防衛するには、あまりにも人数が少なすぎる上、長期間、この場所とメンバーを維持する体力も今の僕達にはない。故に、この場所に残り活動の拠点とするには、このエリアは広すぎて適さない規模だと言える。
麒麟からの追撃を考えると、この地を捨てて逃げるべきだ。拠点を構えて迎え撃つやり方ではなく、身を隠し逃げ続けなければ生き延びることは出来ないだろう。
とにかく今は、安心して彼等が休むことが出来る場所を確保する事が急務である。
そして更に、医者の手配もしなければならない。どこもかしこも医者は不足しているはずだ。それを用意するのは困難だろう。だが、何とかしなければ、東鬼は助からないだろう。
「頼んだわよ、リーダー」
「う……」
ランカはそう言って僕の背中を叩いた。相変わらず容赦がない。僕は呻き声を上げて顔を歪める。だが、これで十分に活が入った。
気持ちの切り替えはできた。僕は今後の計画を立て直す。すべき事を整理し、出来ることを考えていった。
***
ブーッ……ブーッ……ブーッ……ブーッ……。
静かに思考していると、僕の携帯のバイブレーションが鳴る。着信だ。胸ポケットから携帯を取り出すと、非通知の表示だった。
僕は恐る恐る応答する。
『あぁ、良かった! ナキリ君、やっと繋がった』
「え? ノリさん……?」
『そうだよそうだよ。ノリスケだよ。色々聞きたい事はあると思うけれど、ごめんね。要件を言うよ。避難場所を用意してあるから、今から言う住所へ直ぐに向かって欲しいんだ、住所は――』
僕は咄嗟にノリさんが言った住所をメモした。その住所は僕の記憶が正しければ一般人が住むエリア内だった。
「避難……場所……?」
『そうだよ。今君達は牛腸の店にいるんだろう?』
「はい……」
『そこは危ない。麒麟の本部がね、動き出している。君達を確実に処理しようと、とんでもない戦力を送り出した。だから直ぐに避難が必要だよ』
「……」
何故ノリさんは僕達の状況を知っているのだろうか。そして、麒麟の動きまで知っているなんて。怪しすぎる。
だが、彼が言った避難場所の話は魅力的だった。僕達が今最も必要な物だ。
彼を信じていいのだろうか……。
『鬼人の彼等と、ランカ君を連れて来て欲しい。どうか僕を信じてくれないだろうか』
「ランカさんを?」
『そうだよ。彼女は妊娠しているからね。避難場所には医者もいる。こんな時だ、ちゃんと医者に見せた方がいい。それに、暁さんにも話を通しているから大丈夫だよ。ちょっとランカ君に代わって貰えないかな』
僕は携帯電話をランカへ手渡した。
ランカは困惑したような表情だったが、携帯を耳に当てていた。
僕は考える。
ノリさんの話は信じていいのか分からない。今までの彼の様子から考えれば、信用に足る人間ではある。
だが、今は非常時だ。いつ誰が裏切るか分かったものではない。完全に同じ境遇の仲間以外を信用するのはリスクだ。
もしかすると、ノリさんは今まさに麒麟に脅されていて、僕達をおびき出すのに利用されている可能性だってある。
僕は頭を抱えた。情報が少なすぎて判断できない。もはや博打だ。
目の前に垂れ下がった魅力的な蜘蛛の糸。僕達はそれを掴んで良いのだろうか。
行き着いた先は、もっと酷い地獄である可能性だってあるのに……。
「ナキリ君……。ありがとう」
ランカは複雑な表情で僕へ携帯端末を返却した。
「彼の事は信用して良いと思う。アカツキさんとも、ちゃんとやり取りしてるようだったし。それと……」
ランカは自身の腹部を撫でた。
ノリさんが言ったように、ランカは妊娠しているのだろう。そんな大事な時期に、彼女はこんなストレスフルな場所で戦い続けてくれていただなんて。
「私……、トラとの子供をね、元気に産みたいの……」
「分かりました」
僕は急いで移動の準備を始めた。この店に残された使えるものは、可能な限り持って行くつもりだ。
特殊な医薬品や武器類、一般人の社会では手に入らない物は価値が高い。使わずとも、売れば相当な金になる。無駄にはならないだろう。
僕が準備を終える頃には、周辺の調査へ行っていたメンバーは帰還していた。僕は建物1階のピロティ空間へと降りていき、並べられた味方の死体を確認した。
「皆……、皆死んでしまった……」
見知った顔ばかりだ。専属プレイヤーと懇意にしていた野良のプレイヤー。皆死んでしまった。
一人一人と交流があり、思い出がある。楽しげに、人らしく生きていた彼等の顔がチラつく。
当然ながら今はピクリとも動かない。彼等の死を、その現実を、僕はまともに受け止めきれずにいた。こんなの現実じゃないと投げ出したくなる。
「氷織と鬼楽がいない」
「うん」
僕はグラの報告に短く答えた。
彼が言ったように、並んだ死体の中に、ヒオリとキラクはいなかった。
考えられるのは、どこか目立たない場所で殺害されて死体が見つからないか、捕虜として連れていかれたか、死体をバラされてしまったか。
僕達は資材を持ち怪我人を連れて、ノリさんが指定した住所へと車で向かった。




