9章-7.店の状況とは 2004.6.28
予想通りではあったが、店があるエリアはひたすら地獄絵図が広がっていた。死体がそこら中に転がっていた。激しい戦闘の痕がそこかしこに見て取れる。
その中には仲間たちの死体も当然ながらあった。それを見つけてしまう度に僕は悔しさで狂いそうだった。
店の専属プレイヤーや、贔屓にしていた野良プレイヤー達。彼等は店を守るために、仲間を守るために、懸命に戦ってくれたのだろう。
その死体の中に氷織の姿がない事だけが、今の僕の心を何とか繋ぎ止めていた。
麒麟の人間たちは僕達を待ち構えていたようで、一斉に攻撃を仕掛けてきた。まだ店の建物が見える所までも辿り着けていないというのに。囲まれて、すでに激しい戦闘が始まってしまった。
この状況だ。間違いなく店は占拠されている。だが、もし生かされた人間がいるならば。隠れて凌いでいる人間がいるならば。助かる命が1つでもあるならばと。拾える命が1つでもあるならば価値がある。僕達は懸命に武器をふるう。
僕たちを囲む敵の戦力は、SSランクプレイヤーが3人、Sランクプレイヤーが20人の規模だった。
こいつらが店を襲ったのだろうか。流石にSSランク3人をトラが1人で相手できる訳が無い。完全にオーバーキルだ。
その事からも、僕達遠征組は完全に足止めを食らったのだという事を理解してしまった。僕達に仕向けられたものより、店を狙ったもののほうが、遥かに戦力が上なのだから。
狙いは最初から店だったのだ。僕達を遠方で足止めしながらも、十分に店を落とせるだけの戦力を麒麟は有していたのだ。
この圧倒的な戦力差には虚しさすら感じる。これだけの戦力を持っていながらも、今まで様子を見て、しっかり僕たちを疲弊させて、確実に落とすために時を見計らっていたのだろう。
状況を理解するほどに、絶望が押し寄せる。
だが、それでも。僕たちは戦う。
もう何も残されていないかもしれないけれども。
僕は再び狂気の扉を無理矢理にこじ開けた。そして武器を構える。
何故かは分からない。だが、先ほどのように狂気に支配はされなかった。強烈な狂気を纏っていても、僕は冷静でいられた。
理由は不明だが、これは、狂気の出力上限が上がったとみていいかもしれない。
「ナキリさん……?」
天鬼が不安そうに僕を見る。
「大丈夫。僕は正気だよ」
僕達はまるで蹂躙するように、敵を切り伏せていった。SSランクのプレイヤー3人に対しては、グラと鬼兄弟だけで対処ができているようだった。
3人とも僕の狂気を十分に喰らい、楽し気に笑いながら戦っている。この様子ならば心配なさそうだ。遠目で見ても戦況は良い。時間の問題で彼等はSSランクプレイヤー達を倒せる。
鬼人の子たちの覚醒で、僕達の戦力は一気に跳ね上がった。先程の戦闘時よりも敵の戦力は上だが、危なげなく倒すことが出来ていた。
皆戦い続きで疲れているだろうに。覚醒したからと言って、疲労や怪我が無くなるわけじゃない。ボロボロの状態で戦っている。そんな状態なのに、僕の我儘に着いてきてくれたのだ。大事な大事な、僕の鬼の子達。絶対に失いたくない。
「アマキも暴れたいよね。いいよ。暴れておいで」
僕はアマキも送り出した。僕の護衛なんて必要ない。アマキにもやりたいように戦わせてあげたいと感じる。
何故ならば、先程から感じてしまっているのだから。
アマキの強烈な怒りを。
仲間たちの死体を見て、僕と同じように悔しさと憤りを感じたようだった。麒麟のプレイヤーへ向ける殺意は尋常ではなかった。
だから、せめて店の仲間を殺した奴らへ、その手で報復ができたらと。
皆、行き場のない怒りと悲しみを、ぶちまけるように刃を振るっている。中には泣きながら戦っている子もいる。
ここにいる麒麟の人間を殺した所で、仇討ちと言うには程遠くても。それでも、僕達は止まる事なんてできない。
「さっさと終わらせようか」
僕はさらに狂気の出力を上げる。同時に鬼人達の勢いが増すのを感じる。
僕は武器である大鋏を分解し、両手に持った。
「僕の事殺すんでしょ? 掛かって来なよ」
僕は立ち止まり、僕を狙うプレイヤーをまっすぐに見据えた。隠れて隙を狙っていたのだろうが、僕には鬼人達の目と感覚があるのだ。隠密してようが簡単に察知できる。
すると直後、僕の目の前にそのプレイヤーの男が飛び込んできた。キンッという金属がぶつかり合う鋭い音が響く。
僕は男の短刀による攻撃を、右手に持つ鋏の刃で止めていた。
「お前……なんで……?」
男は僕が攻撃を止めたのが信じられないといった様子だった。僕だって未だに信じられない。共鳴の精度を上げることで、動体視力も、感覚も、身体能力まで向上するなんて。
「さぁ。僕も知らないよ」
僕は受け止めた刃を弾き、左手に持っていた鋏の刃で切り付ける。男は器用にその攻撃を避けながら距離を取った。
僕は敵の次の攻撃を待つ。僕の基本の戦闘のスタイルとしては、カウンターがメインだ。グラにはそれをずっと教えられてきた。敵の攻撃を受け流し、その勢いを利用して攻撃する。
お世辞にも筋力が有るとは言えない僕が、プレイヤー相手にも通る攻撃手段である。
「クソッ!」
男は苛立ちながらも、再び一気に僕との距離を詰めて攻撃を繰り出してきた。僕はそれをひらりと躱して、男の首をめがけて刃を振り下ろす。男も僕の攻撃を見極めて寸でのところで躱した。
「何故戦える? そんなデータは無い」
「さぁ? 僕も分からないよ」
「っ!! それに何故恐怖しない! 何なんだそのオーラはっ!」
男は焦っているのか、困惑しているのか。怒鳴り散らす。
「クソッ! 貧乏くじかよ……」
何やら敵側では、誰が誰を処理するかまで決まっているのかもしれない。僕を担当する彼は、割に合わないと感じて苛立っているようだ。
本来ならば、サクッと殺せるはずで、むしろお得な仕事とされていたのかもしれない。
「はははっ! 残念だったね」
僕の口角は釣り上がる。
溢れる狂気を飼い慣らして、僕は思うままに切り込んでいった。
やはり、戦闘は楽しむものだ。
先程の戦いで僕はそれを知ってしまったのだ。
カウンターを基本とした戦闘スタイルなど知るものか。
グラには危険だからと怒られるだろうが仕方ないだろう。
僕は今。とても怒っているんだ。
この溢れる怒りを発散するには破壊が必要だ。
僕は目の前の破壊対象へ、笑いながら切り込んで行った。
***
僕達を待ち伏せしていた麒麟所属のプレイヤー達を殲滅した後、急ぎ店へと向かう。グラを先頭に周囲を警戒しながら進む。
まだ隠密している敵はいる。だが、積極的に向かって来ない者は無視だ。偵察部隊にまで構っている余裕は無い。とにかく店へ行って状況確認をしなければ。
店はこのエリアの中心であり、敵陣営もこのエリアを乗っ取った後は、店の建物を拠点にするはずである。戦えない従業員や痛めつけられたプレイヤーは、捕虜として店に生きたまま拘束されている可能性もある。
実際は何も残されていないかもしれない。だが、今この場で起きた全てを確認しなければ、一生後悔する。これ以上の後悔なんてしたくないし、耐えられる気がしない。だから、僕達は進む。
この先、店の建物には残党がいるかもしれない。見張がいる可能性も高い。慎重に進んでいく。
「ナキリ。店の中には気配がある」
先頭を行くグラが言う。店は目と鼻の先だ。僕達は店の裏側に位置する細い通路から、身を隠しながら店の様子を伺うが、目視は厳しい。もどかしさを感じる。
もう少し近づかなければ店の状態は分からないだろう。ただ、グラの言葉から、店の外に見張りはいなさそうではある。
「店の中の人間はたぶん強くない。俺達の接近には気が付いてなさそう」
「分かった。なら行こう」
僕達は一気に店へと向かった。裏手方向から回り込み正面入り口を目指して。
店の前の見通しの良い大通りまで躍り出てみれば、やはり見張りはいない。待ち伏せもない。周囲で隠密している人間が襲ってくる気配もない。
周囲には死体が乱雑に放置されているが、今は無視して進む。
そしてついに店の正面にたどり着いた。
しかしその瞬間だった。
「は?」
僕は思わず声を漏らした。そして硬直した。
目の前の光景に、ただただ呆気にとられ、僕は歩みを止めた。
ありえない。
ありえない。ありえない。ありえない。
僕は僕の目に映る光景を拒絶する。
脳が全く追い付かない。これは本当に現実なのか?
現実を受け入れたくない感情が溢れて思考が霧散していく。
怒りに支配されて狂いだしそうになる。
体は硬直したまま、身動き一つ出来ない程に制御不能となっていた。
だが、僕は……。
「ッ……!」
現実逃避が許されないという事を理解している。
だから、ぐっと全ての感情を飲み込んで。
現実を直視した。
まっすぐに目の前の凄惨な光景を見つめて、現実を受け入れた。
そこには、死体があったのだ。
それは間違いなく、牛腸とトラの死体だった。
彼らの死は、ここに来ると決めた時には既に想像ができていた。十分に予測できていた。
だが。
そこにあったのは、ただの死体じゃなかった。
彼等の首だけがそこにあったのだ。
槍に突き刺さる2つの生首。
その槍はまるでモニュメントかのように、僕達の店の1階のピロティ空間の中央に、堂々と突き刺さっていた。
「ふざけるなっ!!!」
オブジェか何かのつもりか?
こんな目立つ位置に堂々と。
これでもかと見せつけられ、僕の心はぐちゃぐちゃに搔き乱された。
晒し首の意図を理解する程に、心臓が太いナイフで突き刺される様な痛みを感じた。
喉に何かが詰まったかのような感覚がして、呼吸すら正常に行えない。
それなりに覚悟はできているつもりだった。
当然店がこの状態なのだ。店主とトラが生きているはずがない。
分かり切っている。
ここへ来れば、彼らの死を見ることになるなんて、分かっていた。
だが、こんな仕打ち。
僕達をバカにして嘲けているのだろう。
仲間のために懸命に戦っただろう彼等の死を、弄ぶ行為だ。
絶対に許す事など出来ない。
「ッ……ぁあぁあああぁああああぁあ!!」
僕は自分の感情全てを振り払い、思考を無理矢理かなぐり捨てるように声を上げながら。彼等の首を串刺しにした槍の元へと駆け寄る。
そして、無我夢中で槍から首を取り外した。
冷たくなった彼等の首から、どろりと垂れる粘度の高い血液を感じて。
その死が現実であるという事を、僕に嫌という程突きつけてくる。それでも、僕は手を止めない。崩れ落ちそうになる精神を奮い立たせて、彼等の首を運ぶ。
僕は近くに無造作に放置された胴体部分を見つけると、その首元に合わせて静かに首を置いた。悔しいが、今はこれくらいしかできない。
この場で適切な処理なんてしている余裕はない。
2人の首が刺さっていた槍は、皮肉にもトラが愛用していた武器だった。僕はその槍も死体の隣に丁寧に置いた。
気持ちがおさまらない。
手がガタガタと震える。
怒りで震える血塗れの手は、全く僕の言うことをきいてはくれなかった。
僕は2人の死体の前に膝を着いた。そして、目を逸らさずに、しっかりと状態を見た。
彼等はボロボロだった。服は破け血で赤く染まり、身体中に切り傷や打撲痕がある。
死んだ後も、死体を弄ばれたのだろうと容易に想像できてしまった。
悔しい。
悔しすぎて涙が出そうだった。
圧倒的な暴力の前では、僕達は赤子のように無力なのだという現実を突きつけられる。
この社会で長年生きてきたのだ。簡単に命が消されるという現実は、知っていたはずなのに。
強者の気まぐれで消される命なんて、数えるのも馬鹿らしくなるほど、山の様にあるという事も知っていたのに。
いざ目の前で見せられれば、僕はこんなにも打ちのめされてしまう。
「その槍……」
背後から突然爛華の声が聞こえて僕は驚いて振り返った。するとそこには静かに涙を流すランカが立っていた。
「その槍は私が持っていくわ」
僕は無言でトラの槍を彼女へと渡した。
何か声を掛けるべきなのかもしれないが、何と言えばいいのか僕は分からず、結局僕は何も言えなかった。
しかし、そんなランカの姿を見たからか、僕は少しずつ冷静さを取り戻す。この状況に怒りを覚えているのは僕だけでは無いのだという事実が、僕をほんの少しだけ落ち着かせた。
「多分地下の店に人間が複数いる。上の階はいなさそう」
「ありがとう。助かるよ」
グラの報告から、どうやら残すは店の内部のみのようだ。どうか一人でも生き残りがいてほしい。僕達は祈るような気持ちで地下の店へ向かった。




