9章-5.麒麟の動きとは 2004.6.28
ひとまずこれで本日の遠征は完了だ。
僕は爛華の方へと視線を向けた。彼女も左腕を怪我している。大丈夫だろうか。
「私の怪我は大丈夫よ。しっかり手当すればすぐ直るだろうし、左腕が使えなくても戦えるから」
彼女は力強く微笑みそう言う。常時であればちゃんと休んで怪我をしっかり治すべきだが。
正直この遠征からランカが抜けたら崩壊してしまう。無理を強いて申し訳ないが、戦えると言ってもらえて良かったと胸をなでおろす。
「それよりも。百鬼君! ダメよ!」
「え?」
「もう、その力をこんな風に使っちゃダメ……。こんなに危険なものなんて思わなかったわ……」
「……」
ランカは悲しそうな顔をしていた。僕の暴走を見て心配になったのだろう。
「できるだけ使わないで。ううん、違うわね。その力を使わせないように私達も頑張るから。どうか安易に使わないで」
「分かりました」
彼女の気持ちは理解しつつも、僕はきっと使う方が合理的だと判断すれば手を出してしまうだろうと思う。失うものが僕の命で済むならばと……。
僕がそんな事を考えていた時だった。
ブーッ……ブーッ……ブーッ……ブーッ……。
僕の携帯のバイブレーションが鳴る。この振動の仕方は着信だろう。遠征中に鳴るのは奇妙だ。
というのも、僕の携帯番号を知る人物は、僕が今遠征中だという事を知っている。故に、遠征中に電話を掛ける事を避けるはずなのだ。
僕は不審に思いながらも、携帯を胸ポケットから取り出した。画面をみると、店主からだった。僕はすぐに応答して携帯を耳に当てた。
『ナキリ無事かっ!』
店主の怒鳴り声にも近い声に僕はびくっとする。とても鬼気迫るような声だ。それに店主の背後が騒がしい。常に騒音がノイズとして入ってくる。
「はい。かなり危険な状況で、怪我人もいますが全員生きています。これから戻ろうと――」
『ダメだ! 絶対に店へ戻るな!』
「え?」
『いいからお前は、そいつらを連れてそこから避難しろ。アカツキの所の奴らは知らねぇが、鬼兄弟は連れてけ』
「それは一体どういった――」
『いいから、言うことを聞け! 絶対に戻るな!』
店主はそう言って雑に通話を切ってしまった。僕はツーツーツーと一定のリズムで電子音を垂れ流す携帯電話をゆっくりと耳から外すと、通話終了のボタンを押した。
店で何かが起きているとみて間違いない。店主は避難をしろと言った。僕達に、店へは戻らずに逃げろと言った。
「どういう事……?」
ランカが不安そうな顔で僕に尋ねる。店主の声は大きいため、電話越しでも店主の発言内容は皆に十分伝わっているだろう。
「店で何かが起きている。騒音も酷かった。店主は店に戻らず避難しろと……」
僕は迷っていた。店主の指示通り、彼らを連れて避難をすべきか。それとも、店主の指示を無視して店に戻るべきか。
情報が少なすぎて何も分からない。だが、ここで選択を間違えれば、後悔することは間違いがない。
僕は皆の様子を確認する。皆満身創痍だった。疲れが顔に出ているし、細かい傷を沢山負っている。今日はこれ以上戦うのは厳しいとひしひしと伝わってくる。
ブーッ……ブーッ……ブーッ……ブーッ……。
再びの着信だ。僕は思考しながらも携帯を取り出す。今度は鮫龍からだ。もはや嫌な予感しかない。
僕は着信に応答した。
『ナキリ君。要件だけ手身近に言うよ。鬼兄弟を連れて逃げて欲しい』
「逃げるとは……」
『実はね、牛腸さんの店、暁さんの店、そして俺の店が、同時に麒麟から襲撃を受けている。君達遠征組のところへも当然行っていたんだと思うけど』
「SSランクプレイヤーが2人、ほかSランクプレイヤー23人の構成で……」
『損害は?』
「怪我人はいるけど、死者は幸い無しで」
『そうか。良かった……』
ミヅチは本当に安堵したような声だった。だが、ミヅチの話通りであれば、現在ミヅチの店も襲撃を受けていて、電話どころでは無いのではないだろうか。
『ハッキリ言うよ。僕達の店はもうダメだ。多分アカツキさんの所は耐えられると思うけど。だから、店に戻らず逃げて欲しい』
「そん……な……」
『だから、さよならだよ』
「っ!」
『最後に、鬼兄弟に代わってくれる?』
「分かり……ました……」
僕は赤鬼と青鬼に携帯を手渡す。
「ミヅチさんだ」
鬼兄弟は不安気な表情で僕の携帯を受け取ると、2人で耳に当てた。
「代わったっす」
アカギが小さな声で言う。そして2人は泣きそうな顔で何度も頷いていた。何を話しているか分からないが、何となく内容は想像出来る。
しばらくすると通話が終わったようだ。
「ありがとうございますっす……」
僕はアカギから携帯端末を受け取った。
「ナキリさん。俺ら……」
「うん」
アカギとアオキの表情は暗い。
「俺達……。ナキリさんに付いて行くっす」
「俺達頑張るから、使って欲しいっす」
彼等は良いのだろうか。つまりもう、鮫龍の店は諦めるという事だ。表情を見るに苦渋の決断だろう。
グラはそんな2人の肩を抱いて引き寄せていた。
「ナキリ君。私達も、ナキリ君の方に行くわ」
「え?」
僕は驚き振り返った。ランカは携帯電話を握りながら、複雑な表情をして立っていた。どうやら僕達がミヅチと通話している間に、アカツキと連絡を取っていたようだ。
ランカからの申し出は大変ありがたい話だが、アカツキの店も襲撃を受けているのに、直ぐに戻らなくて良いのだろうか。
「私たちの店は何とか耐えているみたい。余裕は一切ないけれど、返り討ちにはできるだろうって。満身創痍の私達が今から戻ったところで何も状況は変わらないから……。だから、せめてナキリ君達の避難を手伝えって」
僕は迷っていた。
本当に避難すべきなのか。確かに満身創痍の彼等を連れて今から店へ戻っても、何の意味も無いかもしれない。逆に無駄死にさせてしまう可能性の方が高い。だから指示通り逃げる方向で考えるべきか。
だが一方で、逃げるにしたって、一体どこへ避難しろというのだ。真っ先にその問題にぶち当たる。避難先なんて無い。宛もないのに彼らを連れてどこへ行けと……。どうやら、逃げるという選択も現実的とは言えない。
だがそれでも、選ばなければならない。
僕が選ぶんだ。
色々な思いと思考で考えがまとまらない。
私情は挟まずに、ここにいる全員にとっての『最善』へ導く事を求められているというのに。
僕は全く決心できずにいる。
だって、逃げると言うことは、店に残る仲間達……、氷織を助けに行かないという事。それはつまり彼女を失うと言う事。
そんな事、有り得ない。あってはいけない。
ヒオリを失うなんて、考えられない。
「ヒオリ……」
どうすればいいのだ?
僕はどうしたらいい?
最愛の人を諦める? 馬鹿なのか? それじゃぁ、何のために生きてきたか分からないじゃないか。
僕は何のために戦ってきたんだ? ヒオリとの未来のためだ。彼女とまた幸せな日々を過ごしたいから懸命に耐えてきた。
それなのに自分は逃げる!?
嫌だ。出来ない。そんな事出来ないっ!!
しかし同時に僕の理性は最適解を出そうとしていた。
僕は静かに、ぐっと感情を飲み込んだ。
違う。違う違う違う。
落ち着かなければならない。
僕には責任があるんだ。皆の命を預かっているんだ。
だから、ダメだ。最善でなければダメなのだ。
自分の欲望や願望に従うなんて。
そんな選択してはいけないんだ。
立場を弁えろ。肩書きは飾りじゃないんだ。責任をもてよ。
やはり店主の指示通り、皆を連れてすぐにどこかへ逃げ――。
「うっ……」
突然呻き声が聞こえて、僕はハッとしてその方向へと顔を向けた。するとそこには地面に膝を着くアカギの姿があった。
グラが直ぐにアカギを支えた。まさか遅効性の毒か。外傷は沢山ある。色々な可能性が考えられる。
僕がアカギの方へと駆け寄ろうとした時、背後でドサッと何かが落下する音がする。咄嗟に振り返ると、鬼人の子供のうちの一人が倒れていた。
一体何故……?
しかし困惑している場合ではなかった。
次はアオキが。そして、残りの鬼人の子供達まで倒れてしまった。
「ナキリ。多分だけど。皆覚醒」
「なっ……」
「ここはまずい。何処か移動しないと」
僕は頷き、鬼人の子供を2人抱えた。グラは鬼兄弟を、天鬼がもう1人の鬼人の子を背負って、僕達は近くの空き家に一時避難とした。




