9章-4.リスクとリターンとは 2004.6.28
僕は戦闘を終えた鬼人達を連れ、ついにグラと爛華が戦う場へとたどり着いた。目視できる距離まで近づけば、共鳴の効果でグラの調子はずっと良くなるはずだ。
グラも僕が近くまで来た事に直ぐに気が付いたようだった。共鳴の密度が次第に濃くなっていく。
するとその瞬間。グラ達の戦況が瞬時に理解できた。きっとグラの感覚を共有しているという事なのだろう。本当に不思議な感覚だ。
こんな便利過ぎるスキルならば、最初から出し惜しみなんてせずに狂気を解放してしまえば良かったとさえ思う。
戦闘の状況としては、ランカが負傷し、随分と追い込まれていた。時間の問題で潰されそうな状況だった。
鋭利な刃物で切り付けられたのだろう。ランカの左腕に見える傷は浅くはない。これ以上動かない方が良いに決まっている。
また、直ぐに手当てをしなければ失血死してしまうような傷だった。
「天鬼、赤鬼、青鬼。行って」
僕は戦闘の最前線に彼等を送り出す。
「グラ。やっちゃって」
グラに合流したアマキ達は、瞬時に連携しSSランクのプレイヤー2人を翻弄していく。その戦闘は惚れ惚れするほどに鮮やかだった。鬼人同士だからこそ成せる精度の高い連携だ。
だが、相手はSSランクのプレイヤー。簡単にはいかない。有利にはなったとはいえ、決定打に欠けていた。
僕は敵のSSランクのプレイヤー2人を観察する。ガタイの良い男性と、小柄な女性のコンビだった。
ガタイの良い男性は巨大な斧を持ち、軽々と振り回していた。一方で小柄な女性は、鎖鎌や小刀等小さな武器を持ち素早く多段攻撃を仕掛けていた。
成程。彼等は良いコンビだ。大ぶりな男性の攻撃の隙を、女性の方の多段攻撃で埋めている。グラとランカが苦戦していたのも頷ける。
「ちょっとどうなってんのよ!! なんで応援が来てるのよ! 他の奴らは? 皆死んだって事!?」
「だろうなぁ?」
「何でよ! 聞いてた話と違う!」
小柄な女性の声には怒りが籠っている。一方の男性側は状況を受け入れて諦めているような様子に見えた。
「だって必要十分になるように戦力を分散するからって、この配置にしてたんでしょ! これじゃ足止めするどころか――」
「馬鹿野郎!! それ以上言うんじゃねぇ!」
ガタイの良い男性の怒鳴り声によって、小柄な女性は口をつぐんだ。
「じれったいのはさ。僕、好きじゃないんだ」
またしても僕の口は勝手に動く。
そして、全開に開いた狂気の扉から、さらに狂気を引きずり出す。無理矢理に出力を上げる。
「はははははっ!!」
まるで今までのうっ憤を晴らすかのようだ。清々しい!
今までずっと、我慢の連続だったのだ。散々麒麟から嫌がらせを受けてきたのだ。今ここでその怒りをぶつけさせてもらおう。
僕の狂気に反応して、鬼人達はさらに機動力を上げる。
僕は歩き出した。
「崩せ!」
――崩せ!――
僕が声を張り上げた瞬間、敵の連携が僅かに崩れた。
「刺せ!」
――刺せ!――
グラとアマキの持っていた短刀が、敵プレイヤー達の胸と腹部に深々と刺さる。
「破壊しろ!」
――破壊しろ!――
全員の武器が敵プレイヤーを捉えていた。
僕は変わらずゆっくりと戦いの場へと歩みを進める。
そしてついに、SSランクのプレイヤー2人が地面に横たわる場へと辿り着いた。
2人とも複数個所に致命傷を負い、後は死を待つだけの状態だった。
――トドメを刺そうぜ?――
僕は両の手に持った刃を振り上げる。
そして勢いよく振り下ろした。
ごとりと音を立てて、ガタイの良い男性の首が落ちる。
「ひっ!?」
それを間近で見ていたプレイヤーの女が小さく悲鳴を上げた。
恐怖で引きつった表情で、何とかこの場から逃げようともがいている。
だが、致命傷を負っているのだから、動けば動くほど出血し死が近づいて行くだろう。
それでも女は、僕から逃げようと必死だった。
――愉快だなぁ?――
その姿が可笑しくて可笑しくて。僕は再び自身の口角が上がっていくのを感じる。
「や……めて……。じにだく……な……」
僕は刃を組み合わせて鋏の形に戻す。そしてその鋏を女の首に掛けた。
――落とせ――
「いやぁあああ!!!」
僕は女の首を落とした。
***
終わってしまった。
もうここには破壊しても良いとされている物が無い。
足りない。
まだまだ足りない。
――これで終わりか? こんなんじゃ足りないだろう――
僕のこの溢れるエネルギーは、どこへぶつければいいのだろうか。
――もっと暴れようぜ? 相棒――
「ナ■リ。落■■■て」
足りない。
もっともっと破壊が必要だ。
何か破壊できるものは無いのか?
――破壊だ! 全てを破壊しろ!――
「■■リ。■■■い。終■■た。狂■■抑■て」
破壊が許されている物……。
破壊が……。
――許しなんて必要ない。全部全部全部だ! 壊せ! 壊し尽くせ!――
「ナ■■っ!! ダ■だ!」
あー。そうだ。丁度いいのがあるじゃないか。
1つだけ。
誰の許しも必要ではない物。
――そうだ。その通りだ。ようやく気がついたかよ。相棒――
そうだよ。僕自身だ!
――自身を殺せ! 破壊しろ!――
「■■■っ!!」
邪魔をしないで欲しい。
鋏は奪われてしまった。これでは首を飛ばせない。
――邪魔をするなっ!!!――
「クソッ!!! ナ■■■って! やっぱり氷織じゃ■■■止■■れな■のかっ?」
「うっ……」
今度は口の中に異物を突っ込まれた。
これでは舌を噛んで自害すらできないじゃないか。なんてことをしてくれるんだ。
――そんなもの、噛みちぎってしまえ!――
思いっきり噛んだことで、口の中に血の味が広がっていく。
呼吸もしづらく頭がぼーっとしていく。意識が曖昧になっていく。脳に響く声も遠くなっていく。
――そ■■■殺■! 食■■■せ!――
「頼む■■リ。俺達の力不■で無理さ■■悪かった。頼むか■戻って。ナキリ無しじゃ俺達は何も成し遂げられないっ!」
その言葉が聞こえた時だった。額にガツンと強烈な衝撃が走った。
僕は痛みに耐える。どうやら頭突きを喰らったらしい。
「ぐ……」
「もう一発いく。覚悟して」
直後、再び鈍い音が響き渡った。
***
僕は激痛に顔を歪めた。同じ場所に2度目となれば、効果は倍以上だ。
痛い。痛すぎる。僕は尻餅を付いた状態で、目の前のグラを見た。
グラの腕は僕の口に突っ込まれたままだ。
「はぁ。良かった。戻って来た……」
グラのホッとしたような声。
腕がゆっくりと口から外され、僕はようやくまともに呼吸が出来たような気分だった。
「ナキリ。お帰り」
「うん。ただいま。迷惑かけた。ごめん」
「いや、悪いのは俺達。弱い俺達が悪い。ナキリに無理をさせなければ全滅していた」
「そっか……」
グラは腕を手当てしている。僕の自害を止めるために、無理矢理口に腕を突っ込むなど、なんて無茶な事をしたのだ。
人間の噛む力は相当ある。腕の神経を損傷してしまったら大変なことになっていたかもしれないというのに。
「狂気に完全に支配された?」
「いや、完全ではなかったように思う。現に記憶は残っているし、皆の事は破壊してはいけないという認識が常にあったから。正気も一部残っていた気がする」
やはり、狂気を纏う事のリスクは大きい。自力では戻って来られないとなれば、安易に使用していいスキルではない。だが、これほどまでのリターンがあるというのは魅力的と言わざるを得ない。
最悪僕が死ぬだけだ。いざという時の手段にはなる。また、僕の後釜さえ見つかれば、いくらでも使用していいかもしれない。
「ナキリさん。ごめんなさい」
「何でアマキが謝るのさ。何も悪い事してないのに」
「僕がもっとって言わなければ……。もっと僕達が強ければ……」
僕は立ち上がり、アマキの頭を優しく撫でた。ふわふわの茶色の髪が揺れる。
彼のしょんぼりとした表情を見るとどうにも苦しくなる。いつもの緩い笑顔が無い。それ程までに彼を傷つけたのだと、僕は理解する。
これはやむを得ない状況だったと言えるだろう。
アマキは悪くない。むしろ、あの時狂気を解放する決心がつかずにいれば全滅していたのだ。その決心をさせてくれたアマキには感謝すべきかもしれない。
ふと周囲を見回せば、鬼人の子供3人も、鬼兄弟も泣きそうな顔をしていた。
共鳴はしていなくても、何となく彼等の感情が伝わってくる。僕が自害しようとしていたのが相当ショックだったようだ。それが自分達の実力不足のせいだと思ってしまっているらしい。
「皆おいで。心配かけてごめんね」
僕が声を掛けると、彼等は僕の元まで寄って来た。僕はそんな彼等の頭を優しく撫でて肩を抱き、背中をさすったのだった。




