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【完結】ナキリの店  作者: ゆこさん
9章 先の見えない抗い
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9章-2.息抜きとは 2003.11.9

「おう! 百鬼(ナキリ)! 飲むぞ!」

「ちょ、え。トラさん!?」


 肩に腕を回され、僕はトラに捕獲される。やっていた事務作業は強制終了だ。


「たまには息抜きしろ! 潰れちまうぞ!」

「……」

「気が抜けない状況なのは分かる。お前が要なのも分かる。正直グラやアマキなんてお前しかコントロールできないからなぁ。頑張ってもらわなきゃならない。だからこそ、気を抜ける時は抜け!」


 トラは非常に強引だが、これが彼なりの気遣いなのだろう。

 僕はトラから手渡された缶の酒を素直に飲んだ。トラが言うように、ずっと気を張り詰めているべきではないのかもしれない。


 夜の店は相変わらずプレイヤー達が集まり、飲んで騒いでいる。だが、随分と人数が減った。この地から去った者も多いが、死んだ者も少なくない。

 皆酒を飲んで楽し気に話してはいるが、どことなく緊張感は持っているようで、空気はピリッとしていた。


「トラ~! さっさとナキリ君回収して戻りなさいよ!」

「おう! 今行く」


 遠くのテーブル席から爛華(ランカ)の明るく通る声が聞こえてくる。そのテーブル席を見れば、ランカの他に、氷織(ヒオリ)とグラもいた。

 以前は隠れてこの店に来ていたランカだが、合同での遠征が有名な話になっている事もあって、最近では堂々とこの店に飲みに来ている。姿を隠すこともなく、店主やこの店に訪れた他のプレイヤーとも気さくに絡んでいるようだ。

 彼女らしい彩度の高い赤色のニットのセーターを着ており、以前のように忍ぶ様子は一切ない。遠目からでも彼女だと分かる程だ。


 テーブル席、僕はヒオリの隣に座った。ヒオリは少しお酒を飲んだのだろう。頬が赤くなっている。可愛い。


「ヒオリ、飲み過ぎてない? 大丈夫?」

「うん! 大丈夫!」


 ヒオリはニコニコだ。これはだいぶ飲んでいるだろう。彼女は黒色のモコモコとしたタートルネックのセーターに、焦げ茶色のプリーツスカート、黒のブーツを履いており、いつもより少し大人っぽい。薄らお化粧もしているようで、おめかししているようだ。

 そんなヒオリが満面の笑みを僕に向けるのだから、破壊力が凄まじい。表には出さないが、僕はそんな彼女に既にノックアウトされている。

 可愛すぎる。これは危険すぎる。他の男に見られたらと、僕は冷や汗をかく。


 僕はジトリとした視線をランカへ送った。


「てへっ! だってヒオリちゃん可愛いんだもの」


 確かに酔っぱらったヒオリは可愛い。見たくなるのも分かる。


「ランカさん、ヒオリはお酒強くないんですから。あまり勧めないでください」

「は~い。今後は気を付けるわよ」


 ランカは口を尖らせて言う。あまり反省している様子はない。


「ねぇナキリ、大丈夫だよ? 私全然酔っぱらってないし!」


 そんなに無防備な笑顔を振りまいておいて、酔っぱらっていないと言い張るのか。全く。困ってしまう。


「まぁ良いじゃない。ヒオリちゃんもたまには息抜きが必要よ? どうせ真面目だから、ナキリ君と同じでずっと気を張り詰めてるんだろうし」


 確かにランカの言う通りかもしれない。ヒオリもずっと頑張っている。たまにはこうして気を緩める場があってもいいのかもしれない。

 本来ならば、僕こそがヒオリにとっての安全地帯になるべきで、彼女を安心させてあげる場を用意しなければいけなかったのに。悔しい事に僕では力不足だった。彼女を常に安心させてあげられるほどの武力なんてない。その上近くにいてやれる時間すら殆ど取れない。本当に情けない話だ。

 恐らく、ランカとトラがいる席だからこそ、彼女は今これ程気を抜いているのだろうなと思う。彼等の近くならば、万が一もないだろう。


「ナキリも、ちゃんと休んで欲しいな」

「うん。分かった」

 

 僕の腕に抱き着き上目遣いでヒオリは言う。あまりの可愛さに失神しそうになる。これは承諾する以外に選択肢が無い。

 と、ふと顔を上げると、正面に座るランカとトラがニヤニヤしながら僕達を見ている。僕はため息を付いた。


「ほら。ナキリを休ませるにはヒオリが一番」

「流石だな! グラ!」


 グラとトラはハイタッチしている。どうやらこの一連の事はグラの策だと知る。


「ナキリも働きすぎ。乾杯」

「うん。乾杯」


 僕はグラと持っていた缶を当てて鳴らす。これもグラの気遣いなのだろう。

 ヒオリ以外の人間に休めと言われても、結局僕は休まないという事を彼は知っているからだと考えられる。


「グラも疲れがたまってるんじゃないの?」

「まぁ、それなりに? でも子供達が皆強くなってきてるから随分楽」

「そっか」

「鬼兄弟とアマキはSSランクプレイヤーと張り合えると思う。他3人もSランク上位レベルまできてるし」

「そんなに?」

「うん。共鳴が出来るようになってから一気に伸びた」

「へぇ~」

「でもそれは、ナキリありきだから。ナキリが近くにいないと全然ダメ」


 グラの話は興味深い。僕と鬼人達との『共鳴』は、彼等の戦闘力を格段に上げているようだ。


「本当に、ナキリ君の共鳴? 不思議よね~。何度見ても全然仕組みは分からないけど。でも、それが無かったらきっと今頃皆いなかったわね。あんな年端もいかない子供達の統制が取れるのも理解不能だし」

「確かに彼等に対して言葉のみで指示を出すとなれば、厳しかった気がします」


 ランカが言うように本当に不思議なものだ。

 僕の意志を彼等は汲み取っているようで、多く言葉を交わさずとも正しく意図を理解してくれる。勿論グラがフォローしてくれてはいるが。


「僕達が遠征に行っている間って、店はどんな状態ですか?」


 僕はトラに尋ねる。店の防衛はトラを中心に組まれている。それこそトラが落とされれば一瞬で終わる。


「あー。物資を狙いに来る人間の襲撃は頻繁にあるが。本格的に店を落としに来るような襲撃は一切ないな。そういった気配も今の所ない。そういう目的の奴らは全部ナキリ達の方に行っているんだろ。それに、怪しい人間の接近はヒオリが直ぐに見つけるから、もし襲撃があっても確実に先手を取れるしな」


 ヒオリは僕を見上げて、とろけたように笑う。彼女のこんなに緩んだ笑顔は久々に見たかもしれない。

 

「私も頑張ってるんだよ!」

「うん。頼りにしているよ」


 ヒオリは少し言動が子供っぽくなっている。まるで幼い頃に、僕に甘えていた時の様だ。本当はこうしていつも甘えたかったのかもしれない。

 酒に酔うとその人の本性が現れると言うのだから、ヒオリは甘えたいという気持ちをいつもは我慢して隠していたのかもしれないと思う。

 確かにこんな環境ではそうなるだろうとも思う。今くらいは存分に甘やかしてあげたいという気持ちになる。


「それにあれだ。東鬼(シノギ)達も頑張ってくれててだな。事前に襲撃の気配を察知してくれるからやり易い。どこから情報を仕入れてんだか知らねぇが、随分と精度が良い。ロスなく対応できているのは、あいつらの頑張りのおかげだな。ナキリからも労ってやれ。皆お前に認めてもらいたくて頑張っているんだろうからよ」

「分かりました」


 本当に皆が頑張っているのだなと感じる。店を安心して任せられるからこそ、僕達は遠征に注力できるわけだ。少しずつでも麒麟(キリン)の勢力を削る事が出来れば、僕達にも勝機はあるかもしれないのだが。

 やはり深追いは危険だろう。拮抗している事のメリットは大きい。下手に動くことでその均衡が崩れてしまえば、そこから一気に切り崩されて、全体が落とされてしまう事も考えられる。

 やり方は難しいなと感じる。先が見えない、見通しが立たないと言うのは地味にキツイ。


「コラ! ナキリ君。また難しそうな顔して! 仕事の事は一旦忘れなさい! ほら! 飲んで飲んで!」


 ランカに無理矢理酒を飲まされる。


「油断すると直ぐに仕事モードなんだから……。ヒオリちゃん、しっかり見張ってないと!」


 ヒオリはハッとしたような顔をした後、僕の事を真剣な顔つきでじっと見てくる。これで監視しているつもりなのだろうか。

 だが、流石にこんなにヒオリにじっくりと見られては、僕は思考なんてできやしない。


「分かったよ。今日は仕事の事は忘れるから」


 ヒオリは僕の言葉に笑顔で頷いた。

 僕は久しぶりに気を緩めることが出来たかもしれない。ここのところは、常に最善を尽くさねばいけないのだと自分に言い聞かせて、動き続けていた気がする。


 もちろん今この瞬間だって、敵は動いている。気を抜かずに出来ることをやり続ける方が前に進みはするだろう。

 だが、そんな根詰めた状態はきっと続かない。永遠に持続なんて出来ない。何処かでプツリと糸が切れたように倒れてしまうだろう。限界がくるに違いない。


 だから、適度な休憩や息抜きは必要だ。肝心な時に万全の状態でいられるように。

 トラとランカとグラがいる所でくらい、安心しても良いだろう。むしろ、こんな豪華なメンツは他にないと思える。


「あ。ナキリやっと安心した。遅すぎ」


 グラはそう言ってクスクス笑っている。僕が気を緩めたのを感じたのだろう。


「ったく……。世話の焼ける奴だ」


 トラもニヤニヤと笑う。僕はどうやら、自分の想像以上に周囲に心配を掛けていたのかもしれない。


「ナキリ聞いて? あのね。ナキリが皆の事を大切に思っているって皆知ってるよ? 皆を守るために頑張っているって伝わってるから。それでね……えっと……。それはナキリだけじゃなくて。私達だって同じなの。ナキリの事を大事に思っているから。だから一人で頑張り過ぎないで欲しいな」


 ヒオリは僕の腕に抱き着いたまま、体重を預ける様にもたれかかって言う。少し恥ずかしかったのだろう。視線は逸らされてしまった。

 だが、僕の腕を一際きつく抱きしめていた。一生懸命伝えてくれたのだと分かる。特に彼女は僕といる時間が多い。だからより一層気にしていたのだろうと思う。


 僕は仕事の事は一旦忘れ、このひと時を楽しんだ。くだらない話をして笑い合ったり、ヒオリとの事を根掘り葉掘り聞かれたりと。ヒオリが楽し気に話している様子を隣で見られて良かったと思う。

 また、そんな話の中で分かった事だが、トラとランカは同棲していると言うし、グラは彼女が出来たという。いつの間にそんな関係性が出来上がっていたのかと僕は驚いた。彼等のプライベートには踏み込んではいけないと何となく感じていて、聞く事も無かったが。

 今回彼等の仕事以外の話も聞けて良かった。


「さて。名残惜しいけれど、そろそろお開きね。ヒオリちゃん寝てるし」


 ランカはそう言って立ち上がる。ヒオリは僕にもたれ掛かった状態で、すぅすぅと寝息を立てている。はしゃぎすぎて疲れてしまった子供の様だ。


「ヒオリ。帰るよ」

「ん……」


 僕はヒオリの肩を軽く叩く。すると彼女は一応起きてくれたようだ。

 僕は彼等に感謝の言葉を述べ、解散となった。楽しいひと時はあっという間だったなと感じる。僕はヒオリを支えながら、彼女と共に部屋へと戻って行った。

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