9章-1.避難地域とは 2003.8.3
僕が参加するようになって、会合はもう何回目だろうか。僕は相変わらず上から2番目の席に座り、周囲を見回した。
深淵の摩天楼が解散してから9か月と少し経った。メンバーは回を重ねるごとに減っていく。店を維持する者はもう、当初の5分の1も残っていない。店を畳んではいるものの、情報共有のために来ている元店主達もいるのだが、彼等を含めても当初の3分の1にも満たない。
健在なのは暁と僕と鮫龍の店くらいな物だろう。他は何とか店の形を維持してる状態だ。潰れるのは時間の問題である。
持って半年。ピンポイントで狙われればひとたまりもないほどに弱っていた。
「百鬼様、遠征の様子を共有頂けないでしょうか?」
司会の女性から話を振られる。恐らく皆、僕達の遠征の様子が気になっているのだろう。戦いの最前線の状況を知る事で対策もしやすくなるという物だ。
「以前決めた、守り抜く地域の範囲内に攻め込もうとしている武力集団については、現状順調に殲滅しています。攻め入って来る数も減少傾向にあります。一方でこちらは特に戦力を削られていないので、今後も継続は可能。ただ、麒麟が厄介で、遠征の度に邪魔をしてくるようになりました。僕達の目的はあくまで『近場に住み着こうとする武力集団の殲滅』なので、麒麟については深追いはせずに牽制に留めています」
「麒麟を倒すのは無理そう?」
隣に座るアカツキに尋ねられる。
「そうですね。かれこれ半年以上麒麟とはやり合ってますが、向こうもこちらを深追いはしてこないので。グラと爛華さんがいるから手が出せないといった様子です」
「逆に言うと、グラ君とランカ、どちらか一方でも倒されたら詰むわけか」
「その通りです。どちらか片方が居なくなってしまえば、麒麟を牽制できなくなるでしょう」
「キツいね」
アカツキは考えているようだった。
グラやランカから、麒麟側のプレイヤーの戦闘能力や様子については、細かく教えてもらっている。隙あらば僕らの弱い所から切り崩していこうと企んでいるようだと。ランカやグラが目を光らせているからこそ、被害が出ていないのだ。そして、どちらかが欠ければ、出来た隙を狙われ弱い所から削られて、陣形を維持できなくなるだろうとも聞いた。
「遠征の人数を増やせばいいって事じゃないわけね。その2人がいる限り、向こうもリスクがあると感じるから無理に手を出してこないだけだろうからね。守り抜く地域を狭めようか」
アカツキのその言葉に、何人かの店主がビクッと反応した。範囲から漏れれば、事実上店は潰れることになるからだろう。
「むしろこの規模で半年以上拮抗できているのが奇跡なんだよ。これ以上ナキリ君に頼りきりなんてダメだろう。君達も分かるよね?」
店主達は暗い顔をしながらも、静かに頷いた。
「延命のためには、少しでも遠征部隊の負担を軽くしないと。だから、維持できない店は、撤退の準備に入って。避難地域はちゃんと機能できてるの?」
アカツキは店を畳んで避難をしている元店主達に尋ねるが、彼等は暗い顔のまま俯いてしまった。その様子からもあまり状況は良くなさそうだ。
アカツキが言った『避難地域』とは、仲介の店が縄張りとしていた地域で生きていた、裏社会の人間が逃げ込んだ場所を指す。
可能な限り固まって移動し、身を隠している場所だ。散り散りになって一般人エリアに潜り込むことが出来た人間は良いが、一般人に紛れる事が出来るのはごく一部だ。多くはそうはいかない。
共に生きて来た人達も何とか生きられるようにしたいという店主達の要望で、新たに設けた場だ。
武力も金も持たない彼等が、悪質な武力組織に搾取されないために逃げ隠れた地域。その地域の管理は元店主達が行っているのだが、一体どうなってしまっているのだろうか。
「物資の不足で……。あまり治安が良くなく……」
俯いていた元店主の一人が、弱弱しい声で答える。
「暴動でも起きてるの?」
「はい……」
静かにひっそりと逃げ隠れていなければ、武力組織に直ぐに見つかってカモにされてしまうというのに。暴動なんて以ての外だ。
だが、それ程までに追い詰められた環境なのだろうと察する。彼等が資金を稼ぐ手段は殆どない。手を差し伸べる人もいない。どうやって生きていけばいいのか分からない状況なのだろう。
「どうにもならないなら、間引きしなさい」
「え……」
「多数を守るためには、少数の犠牲は必要だよ」
「……」
アカツキはそう言って、小さくため息を付いた。そして続ける。
「資金や物資の確保は君たちの業務だよ。厳しいのは分かるけれど何とかしないと皆死ぬ。多少なりとも戦える人間は、西に出稼ぎに行かせるとか。ツテを作るのは得意でしょ? 足がかりを作って回さないと。ただ隠れているだけじゃ凌げないんだから。残念だけれどこの環境はまだしばらく続く。終わりが見えない。その地域は一時的な避難場所ではないと覚悟を決めなさい」
一体終わりはいつになるのだろうか。アカツキの言葉を聞いて僕は考える。
仮に麒麟を制圧できたとして。そこで終わりが来るのだろうか。また別の凶悪な組織に狙われるだけの様な気がしている。
「ナキリ君。拮抗している状態は悪くない。引き続き頼むよ。君の率いる集団があってこその今だからね。僕の予想以上に君が頑張ってくれたから、今これだけの人間が耐える事が出来ていると僕は思うよ」
僕は頷いた。アカツキには随分と評価されているようだ。遠征の様子はランカから報告がいっているのだろうから、詳細をアカツキは把握していると考えられる。どれほど厳しい戦いであるか知っているのだろう。
本当にギリギリだと常に感じている。それでも何とか耐えなければと思う。僕達が崩されれば、ここにいる人間は勿論、僕達が縄張りとしていた地域の人間も、そして僕の大切な人達も、皆が死ぬのだろうから。
***
会合が終わって、僕は自室へと戻って来た。部屋に氷織はいない。店の見張りのため、今夜は部屋には戻って来ないらしい。
ヒオリが居ない部屋は、それだけで広く感じた。僕はどうやら寂しいと感じているらしい。
僕は執務室のデスクに座り、頭を抱えた。そして、先ほどの会合での内容を思い起こす。
あの後会合では、『避難地域』について話し合われた。本来の計画では、店を畳んだ店主達が中心となって、避難地域を形成。以後撤退した人々も収容していく事で、新たな町を作れないかと計画していたのだ。
自給自足ができるようにインフラを整備したり、物資の定期的な供給体制を整えたり。それでいて武力組織からは目を付けられないようにできないかと。
元店主達の話から、現段階で土台が全くできていないという事が発覚した。もし今後僕達も撤退を余儀なくされた時、その避難地域は利用できないだろうと考えられる。
とてもじゃないが、これ以上の人間を受け入れる事は出来ないだろうと想像がつく。
つまり、僕達は逃げる事は出来ない。逃げ場は無いわけだ。元々さほど期待していないし、戦い抜くつもりではあった。だが、明確に撤退する道は存在しないと、保険は無いと分かってしまった。その事実に、僕自身非常に堪えていた。
もしもの時、逃げる事が出来るかもしれない、大切な人達を隠せるかもしれないという希望が無くなったわけだ。僕にのしかかるプレッシャーはどんどん肥大していく。
僕は一息つくと、デスクの上に置かれた資料を手に取る。それは会合に行く前、東鬼が持ってきてくれた資料だ。内容を見るに麒麟の動向についての資料だった。
どうやら、雪子鬼と鬼楽が調べた内容も含まれているようだ。情報を統合した上、考察までしてくれている。短時間で要点が分かるような資料は有難い。
彼等の資料によれば、麒麟は僕達の地域一帯をそのまま乗っ取る事を計画していて、小さな武力組織を定期的に僕達に仕向ける事で疲弊させる作戦のようだ。
それは今までの戦いからでも納得のいく情報である。
そして、僕が率いる集団への対策をずっと講じているらしい。あまりにも上手くいかないという事もあって、麒麟内部では揉めているというのだ。
何故揉めるに至ったかと言えば、過剰戦力で潰すには、リスクが大きいという事で渋っている人間が一定数いるからだと言う。
つまり、麒麟側はその気になればいつでも僕達を潰せると考えているらしい。
無傷では勝てないと見ているから、一部の人間が渋っているだけ。というのだ。もし、僕達に明確な隙でも出来てしまえば、一瞬で崩されて潰されてしまうのだろう。
また、麒麟側が所持している高ランクプレイヤーについて。SSランクレベルのプレイヤーは30人以上もいるらしい。これらが全て一気に仕掛けてきたら、僕達は成す術がない。
ただ、幸いなことに、プレイヤー達は仲が悪いらしいので、連携はしなさそうだという。不幸中の幸いかもしれない。
果たしてどうするのが良いのだろうか。麒麟には勝てる気がしない。このまま拮抗している状況を維持して何になるのだろうか。
拮抗していても、僕達は少しずつ疲弊し、資金も失っていく。引き延ばすことに意味があるのかとすら感じてくる。アカツキが会合で言ったように、この状況に終わりが見えない。終わらせ方が分からない。一体どうすればいいのか……。
どうすれば狙われなくなるのだろうか。やはり、圧倒的な武力を示す事以外思いつかない。
僕達にちょっかいを掛けると酷い目にあうという認識が浸透すれば、狙われなくなるだろうか。だが、そのためには武力を維持し続けなければならない。
もしくは、深淵の摩天楼を構成していた武力組織達の抗争が終わって落ち着くのを待つしかないのだろうか……。
分からない。本当に分からない。
以前の様に、この裏社会が安定するまで。僕達は生き残れるのだろうか。
麒麟を倒せない以上は、耐え忍ぶしかない。
今僕が出来る『最善』とは何だろうか。
きっと諦めずに考え抜くことだ。そう信じている。
だから僕は、最後の時までどんな事があっても足掻こうと決意した。




