1章-5.副業とは 2000.7.22
「お疲れ。今日のお前の取り分だ」
店のバックヤード。
解体ショーの片付けを済ませた僕の所へやってきた店主は、非常に機嫌が良さそうだった。
ニタニタと笑う店主から札束の入った封筒を手渡される。その厚みは今までの比ではない。10倍以上は分厚い。僕は直ぐに封筒の中身を確認する。
するとそこにはしっかりと紛れもなく本物の札束が入っていた。一体どういう事だろうか。性根の腐りきった店主が、こんなに奮発するなど普通では考えられない。
「お前の昇格へのご祝儀だって、バイヤー達が色を付けてくれた分だ。ありがたく受け取っておけ。それと、今回のパフォーマンスは非常に良かった。見物人達も満足していたからな。そっちもいつも以上に利益があった。だから妥当な金額だ」
「ありがとうございます」
あのパフォーマンスが良かっただなんて。
本当に腐った人間達だなと思う。
そんな人間たちから、ありがたく金を受け取る僕も僕だが。
今回の処分対象達は、初めの方は怒り狂い暴言を吐き、そして次に僕へ命乞いをする。さらに、解体中も暴れたり再び命乞いをしたりと、終始とても動きがあったのだ。
そうした死の間際の人間の派手な行動を存分に見る事が出来たために満足したという話なのだろうと察する。
今までの処分対象達は、途中で抵抗を辞めてしまう者が殆どだったのだ。助かる見込みがないと直ぐに諦めてしまうのだろう。
また、実際に解体する僕に対して何も思う事が無かったからなのだろうとも考えられる。
今回解体を行った処分対象達は、僕が選定したプレイヤーだ。そして処分の理由は副店長への態度が悪いという物だった。
雇用主側への態度の悪さというのは、店への反抗とみなされるのだ。それは明確に規約違反に該当する。
たとえ態度を悪くしていた時期、僕が雑用係だったとしてもそれは一切関係ない。現在の雇用主である人間に反抗的な態度をとった事があるという事実でしか見ないのだ。
滅茶苦茶な話だと僕自身も思うが、こういう物なのだ。そういう物としか言えない。
だからこそ、解体時に処分対象達の反応が大きかったのだろう。処分対象のプレイヤー達からすれば、こんなもの罠でしかない。僕が副店長になるなんて誰も予測できなかったと思われる。
プレイヤーの多くは、自身より格下の者や立場が弱い者へは酷い態度をとるものである。皆がやっている事を自分もやっただけに過ぎないのに、まさかそれを理由に処分される日が来るなんて、夢にも思わなかっただろう。
とはいえ、僕からすれば自業自得としか思えない。氷織の様に、誰に対しても丁寧に接するという態度でいれば今回は処分されなかったはずだ。
丁寧に接するとまではいかなくても、八つ当たりの様に危害を加えないだけで十分だったのに。本当に本日処分されたプレイヤー達は愚かだったなと思う。
「百鬼。道具を手入れした。確認して欲しい」
背後から声を掛けられて僕は振り返る。するとそこには1人の男が立っていた。この男は解体ショーでいつも僕の補助をしてくれる専属プレイヤー2人のうちの1人だ。
呼び名はグラだ。今まで彼の声をまともに聞いたことが無かったので少し驚いた。
グラは、僕が買われてここで働く前からこの店に所属しているプレイヤーだ。年齢は僕とさほど変わらず、16か17位だったはずだ。
身長も僕と同じくらい、175センチメートルを少し超えた程度で、やせ型。
濃い紫色の腰まであるストレートの髪が目を引く。前髪も非常に長く、目だけでなく鼻まで覆ってしまい、表情は殆ど分からない。
その上、黒のマスクを付けているため、顔の印象は皆無だった。表情が読めない事で、得体の知れない気味悪さがある。
彼は真夏でも体のラインが出るような黒色の服や手袋を身に着けており、肌の露出が殆どない。そんな怪しい見た目だった。
また、彼はSSランクのプレイヤーであり、この店の主戦力と言っても良い存在だ。
そんな彼が僕に丁寧に声を掛けてくるとは、正直意外ではあった。さらに、名前も覚えてもらえているというのにも驚いた。
僕は早速道具類を確認する。刃物類はしっかりと手入れされていた。汚れもない。完璧だった。
「ありがとうございます。グラ君。問題ありません。助かります」
「グラと。呼び捨てでいい。敬語も不要」
「……分かった」
グラは小さく頷くと直ぐにその場から去って行った。
彼とは、この解体ショーの時だけ顔を合わせる間柄ではあったが、会話をすることもないため全く読めない存在だった。
とはいえ、彼の事を何も知らない訳ではない。
彼が提出する報告書はいつも僕が処理をしているため、仕事面に関してはそれなりに知っている。実際に仕事の現場を見たわけではなくても、報告書からでも十分に読み取れる事はある。
はっきり言って、彼の仕事ぶりは常に完璧だった。ミスをしている所は見たことが無い。書類に書かれたデータでしか彼の人物像は把握できないが、とても几帳面で丁寧な人間なのだろうと想像している。
僕はグラが手入れをしてくれた道具類を専用のケースへとしまい、丁寧に収納した。そして、店主から受け取った札束をジャケットの内ポケットへとしまい、店側へと戻った。
***
店にはまだ一部の人間が残り、酒を飲みながら談笑していた。流石にバイヤー達は残っていない。死体は鮮度が命だ。戦利品を持って、さっさと自分達の仕事へと向かったのだろうなと思う。
臓器類や人間の頭部は非常に高値で取引される。しかも、プレイヤーの物となれば価格は跳ね上がる。
とんでもない商売だ。店にとって不要となった人間の有効活用と考えれば、これ程合理的なものはないのだろうなと思う。
「ナキリ。こっち来い」
店主に呼ばれた。
店主はテーブル席で1人の男性と強い酒を飲みながら話しているようだった。店主の向かいの席に座る男と目が合う。40歳前後と見える男は僕に向かってニコリと笑う。が、目の奥が鋭くギラついていた。
一見、人の良さそうなおじさんに見えるが、こんな場所へ来るくらいだ。優しいおじさんであるはずがない。
身長は165センチメートル程度で、僕よりも小柄だ。痩せているわけでも太っているわけでもない。鍛えている様子もないので、特段特徴の無い体つきだった。グレーの薄手のスーツを着ており、落ち着きのある雰囲気だった。
彼について、バイヤーではなく観客の1人という情報しか持たない僕は、警戒心を持ちながらも店主の元へと向かった。
「ご苦労様だね。初めまして、ナキリ君。君の仕事ぶりに感動してしまったよ。雑用係のままであれば、僕が引き抜きたかった位だ」
「引き抜きはやめてくれよ。うちもこいつがいないと店が回らない」
店主とその男は楽し気に笑う。彼らは良い関係性にも見える。長年の付き合いとかそんな所だろうと想像する。
常に誰に対しても傲慢な態度である店主が、この男に対しては敬意を払っているように見える。非常に珍しい物を見ている気分だ。
故に、僕はより一層この男を警戒する。確実に只者ではない。店主よりも上の立場である可能性が高い。
僕も店主がこの男に対してとっている態度に倣うべきだろう。敬意を払って接するべきだ。きっとそれが『最善』の行動に違いない。
「あぁそうだ。先に僕が自己紹介しないとだったね。そうしないとナキリ君は何時までも警戒したままだ。僕はね、暁という店の店主をしているんだ。よろしくね。僕の事は暁とよんでくれ」
暁という店の店主をしているという男性は、アカツキと名乗り右手を僕の方へと出した。握手を求められているようだ。
僕も右手を出すと、アカツキはニコリと笑い僕の右手をがっしりと掴んできたのだった。
暁の店について、僕は少しだけ知っている。暁の店もまた、殺し屋に仕事を仲介する店だ。隣町に拠点があり、規模はここよりもずっと大きかったはずだ。隣町のエリアは暁の店が支配しているようなイメージがある。
「君をここに呼んでもらったのは、僕からお願いがあるからなんだよ。僕の店に少し手伝いに来てもらえないだろうか」
「手伝いですか」
規模の大きな店から手伝いを頼まれるというのは少しおかしい。他にいくらでも人間がいるはずだ。
「君は本当に警戒心が強いね。ますます気に入ったよ。その歳で副店長に昇格した理由が分かる気がするね」
アカツキは楽しそうに声を出して笑う。店主はというと、少し呆れたように苦笑していた。
そんな様子を見ていると、彼らの関係性は少し特殊なのではないだろうかと僕は思い始めた。
僕の感覚では、殺し屋相手に仕事の仲介を行う店の、店主同士の仲が良いなど在り得ないのだ。基本的に仕事を取り合うライバルのはずだ。対立するような関係性になるのが普通だと思う。
「手伝ってもらいたい業務内容は、解体業務だ。実は情けないことに、僕の店にいる従業員は解体が下手なんだよ。だから彼らに見本を見せてもらいたくてね」
「……」
僕は店主に視線を送る。
「お前の好きにしていい。助っ人に行っている間の仕事については気にするな。それと、バイト代はかなり良いはずだから、受けておいて損はない」
まさか自分の判断で行くかどうかを決めろと言われるとは思わなかった。『拒否権』があるという事に驚く。
とはいえ、店主の口ぶりから行ってこいと言われているようなものだと察する。
「分かりました。その手伝い引き受けます」
「おぉ! それは良かった! 本当に助かるよ!」
アカツキは嬉しそうに笑っていた。
「ナキリ。暁の店へ手伝いに行くときには、グラを連れていけ。グラには俺から話しておく」
「分かりました」
「手軽にできる副業だと思え。そのブレない価値観と精神力は、お前の才能だよ」
店主は酔っぱらっているのだろうか。普段では言わないようなことを言う。
いつもとは明らかに様子が異なる店主に、僕は少し困惑した。
もしかすると、このアカツキという男がいるせいなのかもしれないと僕は感じたのだった。




