8章-8.強力な仕掛けとは 2002.12.9
「皆今日もよろしくね」
僕は振り返り、僕に付いてきてくれたプレイヤー達、全員の顔を確認する。グラに天鬼に、鬼人の子供3人。そして鮫龍の店の鬼兄弟と、暁の店の爛華が率いる集団だ。15人にも満たない集団ではあるが、今では実質最強の集団とまで言われていた。現状このメンバーで遠征を行い、付近に住み着こうとしている武力集団を片っ端から潰しているのだ。
もう何日も連携しているからか、随分と仲間意識がある。連携も上手く取れていて不安な部分は無いほどだった。
「そろそろね。問題の麒麟が仕掛けてきそうなんだ。だから十分に気を付けて欲しい。向こうは僕達の戦力と戦略を完全に把握したうえで攻めてくるわけだからさ」
「陣形変える?」
「いや。そのままでいいよ。僕が囮のままの方が効率がいい」
グラは頷く。だが、あまり納得していない様子だ。
麒麟という凶悪な武力組織が狙っているという明確な危険がある場へ、身体能力が高くない僕が、護衛もつけずにそのまま歩いて行くのは非常に危険だからだろう。いつもとは訳が違う。一瞬で刈り取られてしまうかもしれない。
日々グラに稽古を付けてもらっているので、Aランクレベルのプレイヤーの攻撃ならば避ける事は出来る程度にはなっていた。しかし、その上のランク。Sランクレベル以上のプレイヤーには全く歯が立たない。狙われればひとたまりもないというのが現状だ。
麒麟と名乗る武力集団には、当然Sランクレベル以上のプレイヤーがゴロゴロいるのだ。僕の護衛に人数を割くべきとグラは考えているのだろう。
だが、それは大きなロスだ。陣形も崩れる上、戦闘力は下がる。僕は安全になるかもしれないが、鬼人の子達などこの集団の中で戦闘力の低い人間の危険度が高まる。従って、僕はあまり良い作戦とは考えていない。
「全体的にほんの少し範囲を狭めようか。グラとアマキが僕の近くになる様にだけ調整すればフォローできる?」
「それなら多分……」
グラはまだ納得しないようだ。僕が危険になると、気が気じゃなくなるらしい。
僕達の陣形は単純だが凶悪だ。周囲からは『台風』なんて呼ばれている。僕がまさに台風の目になり、僕の周囲をプレイヤー達が暴れるという陣形だ。基本は各々が僕という存在からの距離を維持しながら動く事で穴は無くなる。
また、ここにいる全員が近距離で戦う人間だ。狙撃手などの遠距離で戦う人間はいない。そして皆隠密の能力に長けている。敵からすれば、僕が一人で乗り込んできたように見えるだろう。
敵の注目を僕が全て集め、敢えて僕を狙わせる事で、背後から処理するという形が基本になるわけだ。だから僕が最も危険ではある。
だが、僕が中心にいる事によって得られるメリットもある。それは主に鬼人の特殊な性質だ。僕が見える範囲にいるだけで彼等は格段に調子が良くなるという。だから、この戦い方は僕達にとっては正解と言える。
とはいえ、このやり方で随分と暴れているので仕掛けは敵にバレているだろう。僕が一人で歩いているからと安易に突っ込んでくる人間は既にいないし、そろそろ完全に対策されてしまいそうではあるなと感じている。
それでも現時点でこの陣形が通用しているのは、圧倒的な武力がこちらにあるからに過ぎない。背後から攻撃がくると悟られていようとも、こちらの戦闘能力が遥かに上回るから成り立っている。
つまり、僕達よりも武力を持つと考えられる麒麟のような武力組織相手には、通用しない戦法とも言える。
「やっぱり危険だから、最初から共鳴したほうがいい」
「そうだね。そうしようか」
もう一つ。僕達には『強力な仕掛け』があった。それは『狂気持ち』である僕と鬼人達との『共鳴』だ。僕が『狂気』を上手くコントロールできれば、鬼人達はより強化されることが分かった。
この遠征で少しずつ練習した甲斐があり、今では『共鳴』を安定して意識的に出来るようになっていた。
何とも不思議な感覚だ。僕の内側に隠れている『狂気』と同化するようなイメージだろうか。少し入り口を開けてあげると、僕の内側にある狂気が漏れだしてくるような感じだ。
とても感覚的な物ではあるのだが、意識的にコントロールが出来ている。狂気を周囲に解放すると、鬼人達が反応して共鳴するのだ。それは覚醒しているグラとアマキだけではない。鬼兄弟達と鬼人の子供達も反応していた。
勿論覚醒している二人の方が効果は高いようだった。そしてさらに、この共鳴には利点があった。それは僕自身にとって大きな利点だった。
共鳴すると僕の感覚的な物が鋭くなるのだ。どういうことかと言えば、周囲の敵の位置が何となく分かったり、殺気に敏感になったりと。プレイヤーでなければ掴むのが難しい、感覚的な物が分かるようになったのだ。
つまり、共鳴中は僕自身も強化されるという事である。これも感覚ではあるのだが、グラやアマキ達の感覚を共有している事で得られている恩恵のような気がしている。
「じゃぁ、いくよ」
僕は狂気の扉を開けた。
すると内側からどす黒く燃えるマグマの様なものがゆっくりと這い出して来る。そしてそれは僕の全身に回って僕を支配しようとする。
――その体、寄越せよ――
そんな声が聞こえる。まるで脳に直接響くように。全く、うるさい声だ。
絶対に明け渡してなるものか。
この体は僕のものだ。皆を守るために僕はここにいるのだ。
僕は意識をしっかりと保ち、必要な分だけの狂気をむしり取る。決して好きにはさせない。
「ふふふ。ナキリ君のそれは、何回見ても慣れないわ」
「そういうものですか?」
「えぇ。本当に。よくそんな化け物を普段隠していられるわね」
ランカは苦笑する。狂気を纏う僕は、ランカには化け物に見えているという。
確かに僕が今同化している『狂気』は化け物だと自分でも思う。僕はその化け物に主導権を握られないよう上手く躾けなければならない。一瞬たりとも気は抜けない。
僕は周囲を見回して改めて皆の顔を見る。グラ達鬼人はみな既に僕の狂気に共鳴しているようだ。楽しそうに笑っている。暴れたくて仕方ないといった様子だ。
はやく許可してくれと言わんばかりの様子には笑ってしまう。ランカ達も準備は良いみたいだ。皆目で合図を送ってくれた。
僕は右手を上げて合図を出した。するとその瞬間全員その場から消えてしまった。僕一人だけがその場に残される。しかし周りに皆がいる事を僕は感じている。一人ではない。
僕はゆっくりと、目的の武力組織の拠点を目指して、今日も変わらず歩いて行くのだった。




