8章-7.遠征の目的とは 2002.12.9
店同士で協力する事を決定してから、わずか1週間で、会合に参加していた店の半数が消えた。武力組織に狙われ潰された店もあれば、持続が出来ないとして攻撃を受ける前に畳んだ店もあった。
こんなにも一瞬で環境が変わるなんて、僕達は全く予測できなかった。本当にたったの1週間だ。一体何が起きているのか。得体の知れない恐怖がある。
また、この状況下では仲介の仕事は殆ど回せなかった。まず、仕事が存在しないのだ。あったとしても、それは死にに行く事と同義と思えるような物ばかり。リスクが大きすぎて、プレイヤー達に仕事を与えることが出来ないでいる。
従って、現在は店の蓄えを削りながら、専属プレイヤーと懇意にしている野良プレイヤー達を養っているような状況である。この店の防衛のために、常駐させるという仕事を与えて、繋ぎ止めている。
つまり、ジリ貧なのだ。いずれ限界が来る。店の蓄えが尽きてしまえば、この店は維持できない。
さらに、この危機的状況の終わりが見えない事も、僕達の精神にダメージを与えてくる。
いつまで耐え忍べばいいのだろうか。耐え忍ぶ事が正しい選択なのかすらハッキリしない。
とはいえ、僕達はこの地を捨ててどこかへ逃げるという選択を取ることも簡単では無い。僕達のような武力を持った集団を受け入れてくれるような土地はほぼ存在しないのだ。
誰の物でもない土地など無いに等しい。あったとしても、山奥等インフラの全く無い土地であり、生活は困難だろう。それに、僕達は裏社会に顔が割れている。逃げ延びた先で良いカモにされるのが目に見えている。
一般人のように、最低限の生活を守ってもらえるなんてことは無いのだ。どんなに酷い目に会おうとも、助けは無い。自力で何とかしなければならない。
また、店を畳むという選択も僕はあり得ないと考えている。店を畳むという事は、この拠点が無くなるという事だ。専属プレイヤーも従業員も散り散りになる。それぞれが自力で生きていく事を強いられるという事だ。
資金やツテのある店主ならば生き延びる事は出来るだろうが、他の人間達はそうはいかない。他の店で働いていたような人間を雇い入れたり仕事を分け与えてくれるような場所は無いだろう。何処へ行っても煙たがられて相手にされない。きっと上手く生きていけない。今のこの余裕のない環境下ではなおさらだろう。手を差し伸べてくれるような人は存在しない。
つまり、店を畳むというのは、この店の為にずっと頑張ってきてくれた彼等の人生の責任を、一方的に放り出して、無責任に自分だけ逃げるという選択と言える。
そう考えれば、この土地を捨てて逃げるという選択肢に魅力は殆ど無い。リスクが大き過ぎる上、リターンもほぼ見込めない。僕が望むものでもない。それであれば、この慣れた土地で、武力を維持して戦う方がマシだ。
「百鬼さん。少しお時間頂けますか?」
僕が店のカウンターで事務作業をしながら思考している所へ、鬼楽がやってきた。
彼はこんな状況下でも、変わらず穏やかな笑みを浮かべている。その様子には本当に助けられる。
日々周囲の様子が目まぐるしく変わり、当たり前をどんどん失っていく中。大切な日常を失う事に対して、悲しむ間もない中だ。
僕は、日に日に壊されていく日常に於いて、『変わらない事』がこんなにも安心を与えてくれるものだとは思ってもいなかった。『変わらない事』にこれほど救われるとは想像もしていなかった。
きっと彼はとても重たい話を持ってきたのだろう。わざわざ僕に時間があるかを尋ねるくらいなのだから。
本当に僕は、周囲から日々助けられているのだと感じる。
「うん。いいよ。場所は移した方がいいかな?」
「はい。出来れば防音室で」
「分かった」
僕は立ち上がり、バックヤード内の応接室へとキラクと向かった。
***
「早速ですが。人拐いの実態について。僕含め、数人で潜入調査してきました。その報告をします」
キラクはそう言って話し始めた。
以前彼から聞いていた、元深淵の摩天楼の人間が人を集めているようだという話について、更に探りを入れていた。
正直かなり危険な行為だ。だが、リスクを負ってでも情報を得なければならない所まで僕達は来てしまっていると言っていい。
「確認したいのですが、ナキリさんはどこまで把握されてますか?」
「深淵の摩天楼解散後、深淵の摩天楼を構成していた組織達がそれぞれ身勝手に動いている事。10以上の組織に分裂しているが、現時点で僕達が警戒すべきは5つの武力組織。人拐いの目的は自組織の拡大、及び資金確保のため。といったところかな」
「はい。そうですね。僕が直接見てきた様子だと、武力組織はそこから更に減って4つに落ち着くと思われます」
「4つね……」
着々と状況が変わっているようだ。深淵の摩天楼解散後、深淵の摩天楼を構成していた組織達は争ったり合併や吸収を繰り返し、絶えず形を変えていた。
それぞれが自分達の利益の為に動き、やりたい放題だった。今も搾取できる所をハイエナのように探し回っているのだろう。それらは資金と情報を有しているだけの組織もあれば、武力で暴れるような組織もある。多種多様だ。
深淵の摩天楼という組織は、本当に様々な種別の組織が集まっていただけの組織だったのだろう。統制が取れなくなった途端にここまで滅茶苦茶になり、社会全体を巻き込むのだ。いままで統制が取れていたのが奇跡だったのではないだろうか。本当に不思議でならない。
大規模組織達の争いごとに巻き込まれたり、餌食にならないようにと、僕は何とか立ち回りたいと考えている。だからこそ今、情報が非常に大事なのだ。
「その4つの組織のうち、この辺り一帯の店を狙っているのは麒麟と名乗っている組織です。着実に資金を集め、野良プレイヤーを抱え込んでいます」
「寝返る店もありそう?」
「そうですね……。今のところ寝返る店主はいないのですが……」
「店を裏切る専属プレイヤーはいると」
「はい。やはり小さい店の専属プレイヤー達は、店に見切りをつけて裏切り、乗り換えていますね……」
この社会の混乱に乗じて、裏切りが横行しているようだ。通常時であれば、そんな事をすればこの裏社会全体から干されてしまうので、滅多に起きない事ではあるのだが。
所属する店を裏切るような信頼できないプレイヤーですら、欲しがられる程と見るべきなのか。少なくても、裏切りが出来てしまう程、特殊な環境に変化していると見るべきだろう。
「また、潰された店所属のプレイヤーの一部は吸収されていたりもします」
「ふむ……」
それはやむを得ないだろう。死ぬか従うかの二択で、死ぬ事を選ぶプレイヤーはいない。特にAランク以下は、わざと生かして配下にしようとするに違いない。
「幸いうちの店の専属プレイヤーと、懇意にしている野良プレイヤー達に裏切りの様子はないみたいです。そこは東鬼君と常に目を光らせていて」
「分かった。それに関しては引き続きお願いね」
人を読むのが得意なシノギと、相手の懐に入るのが得意なキラクが言うのだから、身近な所での裏切りは心配しなくて大丈夫だろう。
どうしても、副店長という肩書を持った僕からは見えにくい部分になる。雑用係の彼等の方がそういった様子を観察するのに適している。ここは素直に彼等の能力に頼ろうと思う。
「ナキリさんは、今日も午後から遠征ですよね?」
「うん。その予定だよ」
「そろそろ……。問題の麒麟が本格的に仕掛けてくると思います。気をつけて下さい。ナキリさん達の遠征は特に目立つので……」
「そうだね。まぁ、それが目的だから……」
「え……?」
「僕達が的……。いや、僕が的なのさ」
「……」
キラクは僕の回答を聞いて俯いてしまった。悔しそうな表情をしている。きっと僕の真意、いや僕達店主側の意図を悟ったのだろう。
店の副店長が、『戦いやすい自分立達のホーム』を離れて、敵地とも言える戦闘の場に赴くなど、敵側からすればこんなに狙いやすい条件は無いだろう。自分で言うのも何だが、勢力を拡大したい武力組織達からすれば、『副店長の肩書を持つ僕の処理』は美味しい仕事のはずだ。処理できたとなれば、一気に名声を集めてのし上がる事が出来るだろう。
つまり、『美味しいエサ』となるように僕は自ら敵地に赴いているという事だ。そうすることで、敵の攻撃をこちらへ集中させる事が出来る。それはつまり、牛腸の店だけでなく他の店が狙われるリスクを下げる事へ繋がる。元より、そういう狙いで僕は、いや僕と牛腸と鮫龍と暁は遠征を計画したのだから。
皆、自分達の店の大事な戦力であるプレイヤーを僕に預けている。鬼兄弟も爛華も、それぞれが店の大事な主戦力だ。それを他店の副店長なんかに預けているなんて。相当なリスクであり、相当な献身だろう。それでも遠征を行うだけの価値があるという事が理解できるから、僕達はやっているのだ。そういう話だ。
そんな危険な行為を続ける僕を、彼は可能であれば辞めさせたかったのだろう。環境が変わり、明確に狙われると分かったのだから、明らかに危険度が増したのだから、考え直すには十分ではないか、と。せめてやり方を変えたり、危険度の少ない方法へ移行できないかと考えていたに違いない。
だが、そもそも、危険を自覚したうえでそれが狙いで行っているのだから、何を言っても辞められる話ではないのだと悟ったのだろう。
「これは僕含め、店主達の要望であり希望だから」
「……」
「大丈夫。グラも天鬼も一緒だから。僕達は強いんだ」
僕がそう伝えても、キラクの顔は暗い。やむを得ない事であると理解できるからこそ、苦しいのだろう。
「僕が健在で暴れている限りは、この辺りの店は無事だろうからさ」
「そう……ですね……。麒麟側は、まずナキリさんが率いる遠征組を消すことを第一目標としているので、その推測は正しいと思います……」
「僕はさ、氷織だけじゃなくて、この店の皆も大事なのさ。これは出来るだけ皆が無事であるために必要な事だと思ってやってる。自ら望んでやっている事だよ。だけどね、キラク。正直僕だけじゃ大事な物が守れないんだ。僕が外に行っている間はさ、キラク達に頑張って大事な店を、皆を守ってもらいたいんだよ。頼める?」
「はい。それは任せてください」
顔を上げたキラクは変わらず苦しそうではあったが、まっすぐに僕を見てくれた。そこにはしっかりとした決意があるように見える。その姿に僕は一安心する。
改めて思うが、キラクをはじめ、この危機に信頼できる人間が集まって、共に戦う事が出来て本当に良かったと思える。
皆よく頑張ってくれている。皆で同じ方向が向ける状態で良かったと思う。それぞれが出来る最善を実行し続ける事は非常に大変な事だ。だが、一人ではないというのが大きいだろう。
「さて。じゃぁ、僕はそろそろ遠征に向けて準備を始めるよ。今日も僕が出来る『最善』を実行してくる。キラク、情報ありがとうね。引き続きよろしく」
「はい。お気を付けて」
僕は立ち上がり防音室を後にした。




