8章-6.荒れる会合とは 2002.12.2
暁が言ったように、会合は本当に荒れた。見るに堪えない様子に僕は頭を抱えた。
アカツキと鮫龍以外の店主達は絶え間なく激しく自分の意見を主張していた。今までは大人しく、意見も出さなかった彼等の変わりようは異様だった。
話を聞いていると思うのだが、彼等はこの裏社会全体の危機に対してあまりにも無防備だという事だ。何の備えもできていないし、考えも浅はかだと感じる。
自分の身を守るのに必死すぎる。一方的に助けてくれと喚くばかりだ。建設的な話など一切無い。
「アカツキ様、このような意見が出ておりますが、いかがでしょうか?」
司会役の女性がバツが悪そうな表情でアカツキへと意見を求める。
「いかがでしょうかってねぇ……。話にならないよ。何故僕達が君達を一方的に助けなければならないのかな? 理由がない。メリットもない。しかもそれに伴う妥当な見返りすら無いんだろう? そんな自分で立とうともしない店なんて、勝手に潰れなよ」
アカツキは笑顔を絶やさずに言い切った。その瞬間、それぞれの店主の表情が険しくなった。怒りのこもった視線だ。
だが、声を荒らげて反論するものはいない。アカツキに逆らえばその場で殺される事が分かっているからだろう。
「ねぇ、百鬼君。君もそう思うだろう?」
頼むからこの状況で話を振らないで欲しい。
僕は内心深いため息を付いた。要はこの怒り狂う店主達が面倒だから、僕を矢面に立たせたいのだろう。アカツキは僕を盾に使う気だ。本当に勘弁して欲しい。
だが、僕もアカツキには逆らえない。店主から何があってもアカツキの意向にだけは従えとキツく言われている。
僕は腹を括った。
「そうですね。本当に話にならない。話し合う頭もないんじゃ救えない。そんな店は今すぐ潰れるべきだ。しっぽを巻いて田舎にでも逃げればいい」
僕がそう言った瞬間、彼等の怒りの矛先は完全に僕へ向いた。しっかりヘイトを集めたわけだ。これで良いのだろう。
アカツキの方へ視線を向けると、相変わらずニコニコと笑顔を絶やさないが、どことなく満足そうだった。
全く。やってられない。こんな状況になるから、牛腸は毎回僕に会合を押し付けるのだろう。
ゴチョウならば、トラを使ってもっと暴力的に対応しそうではあるが……。それは僕達のスタイルでは無い。僕は僕にできるやり方でアカツキの要求に答えていくしかない。
「で。君達は助けてもらう代わりに何を差し出せるの? 教えてよ。もっと建設的な話をしてくれないなら、僕達ここに用はないから帰るけど」
僕の挑発的な言葉に、誰も何も答えない。反論する勇気は無いようだ。だが、僕を睨みつける視線は刺さるように鋭い。相当腹が立っているのだろう。
「というか、いつも君達仲良さそうに話してたじゃないか。同じ境遇なんだから今こそ手を取り合って、助け合えばいいと僕は思うよ。そもそも今までの会合は、有事に協力できる関係性を築く為の物だったんだからさ。今こそ、その成果を見せてよ」
今までの会合の機会をしっかり活用して、本来の目的通り、『緊急時に助け合えるような関係性』を築き上げておけば良かったのにと僕は思う。
馬鹿みたいに見栄を張ってマウントの取り合いをしているからこうなるのだ。緊急時に自力で立てない店であれば、協力関係の構築は必須だったはず。それなのに、本来の目的ではない事に注力しているからこうなるのだ。
それでいざ緊急時になって、助け合いは難しいからと、一方的な援助を要求するなど虫が良すぎる。僕の心情的にも、そんな彼らを助けてあげたいなどとは一切思えなかった。
あれだけ怒り狂っていた店主達は、皆苦虫を噛み潰したような表情で、僕から視線を逸らして俯いてしまった。
自分達の今までの行動には落ち度があるという事に気がつけるくらいには脳があって良かったと、僕は胸を撫で下ろす。
これだけ正論でぶん殴れば十分だろうか。場は十分に整えたと思うのだが。
僕はチラリとアカツキに視線を送った。するとアカツキは小さく頷いて、ゆっくりと口をひらいた。
「まぁ。君達の気持ちは分かるから。せっかくこれだけ店主が集まっているんだし、ここからは建設的な話をしようじゃないか。このままだといずれ、皆潰れてしまうかもしれないからね」
こうしてアカツキによる今後の方針についての提案が行われた。
***
会合の前半が終わり、15分間の休憩時間。僕はいつものように缶コーヒーを飲みながら、会議室の外にある長椅子に座ってグラと休憩していた。
天鬼と鬼兄弟達が少し離れた位置で楽しげにじゃれているのを何となく見守る。
アカツキが説明した内容は衝撃的だった。
全体が一丸となって、この危機に立ち向かうといった話だったのだ。そんな夢物語が可能なのかと僕は終始驚きを隠せなかった。
守り抜く範囲を絞り、戦力を集中させる事で武力組織にも対抗するというのだ。正直現実味がない。だが、皆アカツキの話を真剣に聞いて前向きに捉えているようだった。
ヘイトを全て僕が引き受けたからこそ、皆素直に話を聞いてくれたんだとアカツキは言うが、アカツキの圧倒的な人間力というか、オーラがあってこその事だと僕は思う。
あの場で反対意見を出せるわけが無い。そんな空気ではあった。
「ナキリ。アカツキが言っていた通りになる?」
「多分ね。店長は事前にアカツキさんの話は聞いているだろうし。そうなるんだと思う。周囲の状況としては会議で聞いた通りだよ。深淵の摩天楼を構成していた組織が、合併や分裂を繰り返しながら、不安定な武力組織として各地で動き始めてるからさ」
今は小さい店が潰されているに過ぎないが、直ぐにこの会合に出席できるレベルの規模の店も潰されていくだろう。一丸となって戦うと言うのだから、僕達は自分の店のためだけに戦う訳ではなくなるはずだ。
「そいつらは勢力を拡大するために、恐らく店を狙ってくるのは間違いないと思う。まずは小規模な店から、そして次第に中規模、大規模と狙ってくると見てる。僕達は武力だけはあるから。その武力組織に対抗するために、牛腸の店のエリアからは離れて戦いに行くことになると思うよ」
「分かった」
グラも考えているようだ。アカツキが話した通りになるのであれば、今後グラ達は戦い続きになるだろう。
グラとアマキが遠出するならば、恐らく僕自身もその場へ行かなければならない。相当ハードなスケジュールになるはずだ。
「明日から特訓再開」
「え?」
グラは突然言う。
「Aランクプレイヤー相手に逃げられるくらい強くなってもらうから」
「え……、僕に……?」
「うん」
「……」
まさかの朝練の提案だった。深淵の摩天楼が解散してからはそれどころではなくて、朝練は中止していた。
「ナキリはこれからずっと戦場にいることになるから」
「うん」
「体力もつけてもらう」
「うん……」
「氷織もいるから元気だして」
「……」
僕は頭を抱えた。まさかグラにまで弄られるとは。僕は隣に座るグラを肘で軽く小突く。すると、グラは声を殺してクスクスと笑っていた。
***
会合後半は、アカツキを中心にして、各店の具体的な動きを詰めていった。情報共有方法や、セーフティゾーンの設定等含め、全員が同じ方向を向くようにと、丁寧に計画に同意させていく。
また、維持が困難な立地の弱小の店は吸収、または合併を行うこととなった。これに対して反発が起きるかと思われたが、意外にもどこからも反発の声は上がらなかった。
アカツキは安定の物腰の柔らかさだ。他の店主達も話し易いのだろう。曲者揃いの店主達から積極的に意見を吸い上げて、折衷案を提示し話を進めていく様は見事だった。
僕にはこんな調整能力は無い。相手の立場や気持ちを理解するための想像力が、僕には圧倒的に欠けていると痛感する。
それぞれの店主が抱えている不安や悩みは、僕の想像とはかけ離れたものばかりだった。彼らは彼らなりに、この危機に懸命に戦ってきたのだと分かる。
要は牛腸の店がある地域のように分りやすくないのだ。『武力が正義』というルールで殆ど全てを回せるという事の利点を、今更ながらに思い知る。
それぞれの地域にはそれぞれの都合がある。その情報を集約して、最も良い方法を探っていくのだ。
本当に悩ましく難しいなと。僕は自分の無知を恥じながらも、懸命に話し合いに食らいついた。
「さて。それじゃぁ、全体はこれくらいかな。あとは各チーム毎に詳細を詰めてもらって。各チームのリーダーは困ったら僕に相談してくれれば協力するからね」
アカツキのその言葉で、店主達は席を立ち散っていった。この先は、隣接する小部屋で、各チーム事に詳細を詰めるのだ。
大部屋に残ったのは、チームを組む必要が無い僕とアカツキとミヅチ、そしてそれぞれが連れるプレイヤーだけだった。
「いやぁ。疲れたね。まぁ上手くいく訳が無いけれど、やれるだけはやったから。十分でしょ」
アカツキはそんな事を言って僕にニコリと笑いかける。やはり、アカツキも期待はしていないようだ。夢物語の域は出ないと分かっていて、試みたのだと知る。
「僕達は僕達で、やらないといけないことがあるからね。鮫龍君はどう? どんな事考えてるの?」
「とりあえず近場に住み着こうとしている武力組織を潰しに行こうかなくらいかな〜。待ち構えているのは性にあ〜わな〜いしっ!」
「いいね! やっぱりこちらから仕掛けないとね」
ミヅチは好戦的だ。この様子だとアカツキもミヅチと同様の考えなのだろうと思う。
「ナキリ君は現場に出るんだよね?」
「はい。僕は現場に行く事になると思います。幼いプレイヤーも多いので、彼等だけで向かわせる訳にはいかないですから」
僕の答えを聞いて、アカツキは何か考えているようだった。
「じゃぁ、合同遠征の時の指揮は頼んだよ!」
「は?」
合同遠征の指揮とは……?
「おぉ! いいねぇ〜。じゃぁ、俺の所からもこいつら出すから、ナキリ君よろしく〜!」
ミヅチは鬼兄弟の肩をポンポンと叩きながら言う。
「……」
僕は困惑しフリーズする。
「ほら、僕達店主は店を離れられないから。かと言って遠くにプレイヤーだけで送り出すのも不安だからね。ナキリ君が現地で指揮を取ってくれるのなら安心だからさ」
僕は頭を抱えた。他店のプレイヤーまで管理などできるわけがない。
「大丈夫、頭に爛華を付けるから、それなら意思疎通も問題ないだろう。ランカはナキリ君の事を気に入っているようだし、きっと上手くいくよ」
丸投げもいいところだ。だが、アカツキの意向には従う他ない。
「分かりました」
僕は文句を言いたい気持ちをグッと堪え、了承した。




