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【完結】ナキリの店  作者: ゆこさん
8章 幸福の終わり
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8章-3.情報収集とは 2001.4.1

 がやがやと賑やかな店。僕は今日も情報収集のため、プレイヤー達が飲みながら騒ぐ店内で、軽く酒を飲みつつテーブルを回っていた。

 この店にやって来る野良プレイヤー達とは随分と仲良くなれたと自分でも思う。時折彼等から重要な情報を得る事もある。彼等は皆、情報収集能力に長けている。その上、動物的な勘も鋭い。彼等が話す情報は非常に価値のあるものだった。

 野良プレイヤー達は、仕事は自分で見極めて選ぶ必要がある事からも、こうした能力に長けているのだろう。間違えば死ぬのだ。生き残るためには必須のスキルと言える。


百鬼(ナキリ)君! 君が欲しそうな情報を持ってきたよ~!」


 僕がテーブルを移動しようとした時、奥のテーブル席から声を掛けられた。僕は、そちらへ向かう。

 そこにいたのは、一人の男性プレイヤーだ。白の薄手のセーター、ベージュのパンツ、チャコールグレーのカーディガンを着ており、あまりプレイヤーには見えない見た目だ。

 年齢は30代半ばくらいで、店主よりは少し年上だろうか。ランクはBランク。戦闘能力はさほど高くないのだが、この男は情報収集能力が特に長けている。プレイヤーというよりは情報屋に近い印象を持つ。

 また、話しやすくユーモアもある。この男の情報は、情報屋から購入した情報ではなく、自ら調査して得ている情報なので貴重だ。他のどこにも出回らないような情報を持っていたりする。


 現に、()()()()()()()()()が何かをこの男は知っているようなのだ。一体どこから仕入れているのかは分からない。敵に回すべきではない人間だ。

 だからだろう。僕は自然と彼には敬意を払っているところがある。


「こんばんは。僕が欲しそうな情報って何ですか?」

「地方の武力組織が縄張りにしていた地域の現在の様子。ついさっきまで潜入調査をしてきたけど、聞いてかない?」

「ふむ……。いくらですか?」


 僕は情報の値段を確認する。こうした貴重な情報を得るためには金が掛かるものだ。タダなんてことは無い。

 

「んー。そうだね。雪子鬼(セズキ)ちゃんをここに呼んでくれたら無料でいいよ」

「げ……」


 僕があからさまに嫌そうな顔をしたからだろう。男は腹を抱えて笑っている。


 この男は何故かセズキがお気に入りなのだ。裏切り者の処分を行った解体ショーの時に、セズキにお小遣いを渡したのもこの男だったりする。解体ショーの観客としてあの場にいる事ができている時点で、店主の信用を得ている人物であり、僕達に害をなす人間ではないという保証はあるのだが。

 事実、セズキに手を出すわけではないし、怖がらせるような酷い事をするわけでもない。害を及ぼすような事はしないのだが、流石に危険な香りがするので、可能であれば避けたいところではある。


 とはいえ、セズキを同席させるだけで貴重な情報が無料なのだ。こんな美味しい条件はない。


「セズキちゃんに聞いてみてよ。セズキちゃんが嫌なら諦めるから。その場合はこれね」


 男は3本指を立てる。それが情報の値段だ。結構高い。

 僕は渋々セズキに電話を掛ける。この時間ならまだどこかで雑務をしているだろう。


『はい。セズキです。ナキリさんこんばんは。えっと何か問題でもありましたか?』

「こんばんは。問題は無いんだけれど、実はね。セズキに会いたがるプレイヤーが店に来てるんだ。もし嫌なら断ってもらって構わないんだけれど」

『あっ! はい! 分かりました。直ぐに行きます』


 セズキはどうやら来てくれるようだ。

 彼女を売る様で非常に申し訳ない気持ちになる。


「セズキちゃん来るって?」

「来ますけど、絶対に触ったり、彼女が嫌がるようなことはしないでくださいね」

「勿論勿論! 彼女が嫌がる事はしないから!」


 男はニコニコと笑っている。本当に分かっているのだろうか。不安になる。


 暫くするとセズキが店に現れ、僕達のテーブル席までやって来た。そしてぺこりとお辞儀をする。


「こんばんは。セズキです」

「こんばんは。会えて嬉しいよ」


 男はセズキを見ると目を細めた。会うのを本当に心待ちにしていたような素振りだ。年齢差でいえば、親子ほど離れているだろう。恋愛対象としている様子はなさそうではある。どちらかと言えば、姪っ子に会いに来た親戚の叔父さんのような様子だ。

 ただやはり危険な香りはするので、僕はセズキを僕のすぐ隣に座らせた。何かあっても僕が盾になってセズキを守らねばと思う。

 

「さて。じゃぁ早速。地方の武力組織が縄張りにしていた地域の今の様子を話そうかな」


 男はそう言って情報を語り始めた。


 現状の様子は、少し前に店主から貰って知っていた情報とさほど変化は無かった。治安は良く、そこに元々あった商店も復活し、人も金も物も循環しているという。地域の人間の様子も健康的になってきており、回復しているそうだ。

 気性が荒れている人間にも出くわすことなく、地域は完全に復活したと言っても良い状況だそうだ。僕達が訪れた当時に見かけた、薬漬けにされて狂った人間達は恐らく完全に処理されたのだろう。そうした人間は一切見る事は無かったそうだ。

 勿論、物乞いもいないし、路上に死体が放置されているという事もない。衛生面も随分改善されているようだった。


 本当にこれだけ聞けば喜ばしい事であると思う。酷い目にあっていた人達が、悪い組織から解放されて自由に人間らしく生きられているという話で終われば良かったのにと思う。

 だが、そんな旨い話があるはずがない。


「深淵の摩天楼。これがどう関わっているのかをね、少し探って来たんだ」


 流石だ。調査を表面だけで終わらせないあたりは本当に鋭い人間だと思う。

 また、僕が欲しい情報を本当に知っているようだと分かり、ゾクリとする。


「どうやらね。この地域を接待に使ったり、取引の場に使ったり。地域ぐるみで悪い事をするのに使っているみたいなんだよ。最悪な事に、一般人も少し流入してきている」

「……」

「やっぱり、一番酷い目にあっているのは、地域にいた女性や子供達かな。そういうお店も多かったから、無理矢理やらされているんだろうね」

「……」

「薬についても、結構蔓延しているね。薬漬けにして搾り取れるだけ搾り取って、これ以上取れなくなったらバラして売っているってさ」


 事態は僕の想像より深刻だった。

 と、そこで、隣に座るセズキの体が強張った。


「セズキ、ごめん。聞きたくないよね」

「いえ。大丈夫です。私もここで生きる以上、何も知らないなんて良くないと思います。だからむしろ、聞かせて欲しいです」


 セズキは真っ直ぐに僕の目を見て言う。相変わらず強い眼差しだ。


「辛くなったら席を外してもらって構わないから」

「分かりました」


 顔を上げて男を見ると、男は僕とセズキの様子をじっと見つめて、優しい顔をしていた。そこに一体どんな感情が込められているのかは全く分からなかったが、何か思う物があるのだろうと感じた。

 というより、この男は何故セズキを同席させた状態で情報を開示したのだろうか。これでは敢えてセズキに聞かせるための様に思えてならない。

 真相は分からないし、きっとこの男は語らない。知る術はないのだが、何か意図があるのだろうとは感じた。


「武力組織が縄張りにしていた時は、住民達の敵は明確だったから、共通の敵を何とかしようと団結していたんだよね。それが、深淵の摩天楼の場合、違うんだ。ナキリ君はこの意味が分かる?」


 唐突に質問され、僕は困惑する。男が言わんとしている事が分からない。

 しかし、悩む僕の隣でセズキがハッとしたような顔をしていた。


「あ……。もしかして……」


 彼女は言葉を漏らす。


「おや。セズキちゃんは分かったのかな?」

「返済の為に身内を売っている……とかでしょうか……?」


 セズキが答えると、男はうんうんと嬉しそうに頷いていた。まさに子供の成長を喜ぶ叔父さんのような様子に笑ってしまう。


「復興の際にね、深淵の摩天楼は地域の人間に金を貸し付けているみたいでね。金が喉から手が出る程欲しかった彼等は、皆金を借りたそうだ。そして現在はその返済に追われている。でもねぇ、そんな簡単に返せるはずもなく。そこで深淵の摩天楼から紹介された仕事を行うようになった人間が多い。人身売買や、危ない薬の売買を行う人間もいるようだ。また、娘や妻を深淵の摩天楼に差し出す人間もいたとか……。売られた子達がどんな扱いを受けるかなんて想像に難くない。外からは本当に綺麗に見える場所だけに、一層恐ろしい場所だったよ」

 

 借金の為にと、親に売られる子がいるのだろう。他の家族のためだとかそんな理由で。

 酷い仕事を強いられる子もいるのかもしれない。勿論拒否権は彼等に無いし、それを強いるのは深淵の摩天楼だけでなく、味方であって欲しかった身内だったりするわけだ。立場の弱い人間はより一層逃げ場がないだろう。

 仕組みとして非常に凶悪だと感じた。


「だからね、セズキちゃん。深淵の摩天楼はとても危険なところだから、深入りは辞めるんだよ。まだ君には早いから」

「え?」


 僕は思わずセズキを見る。するとセズキも驚いたような顔をして男を見ていた。


「セズキ、どういう事?」

「あの……その……。私の方でも調べられないかなって少し情報を集めていまして……」

「まさか、現地に行ったりとかしてないよね?」

「も、勿論です! ここから分かる範囲しか……」

「ふむ……。それでも本当に危ないから今すぐ手を引いて。下手したら逆に察知されてセズキが危ない目に合うかもしれない。深淵の摩天楼だけはやめた方が良いと僕も思う」

「分かりました」


 セズキは少ししょんぼりしたような表情で俯く。

 彼女の事だ、僕が情報を集めているのを知って役に立とうとしてくれたのだろう。


「セズキちゃん。君の調べ方は上手だったよ。僕も感心してしまうほどにね。でも、僕みたいに気が付いてしまう人間がいるんだ。気を付けないと。今後調べるなら、事前に調べ方や方針なんかをナキリ君と相談してからやるようにね」

「はい」


 男がセズキをここへ呼んだ理由がやっと分かった。

 セズキが独断で深淵の摩天楼について調査しているのに気が付いて、危険だと注意をしてくれたのだ。そして、それを僕にも伝えるためだったというわけだ。


「セズキが気を利かせて調べてくれたのは分かっているから。それはいつもありがとね。ただ、深淵の摩天楼に関してだけは危険だから、調べるのなら、彼が言うように事前に僕か店長に相談して欲しい」


 セズキが深く頷いたのを見て、僕は一安心した。

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