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【完結】ナキリの店  作者: ゆこさん
8章 幸福の終わり
53/119

8章-2.デートとは 2001.3.18

「うーん……」


 僕の目の前で真剣な顔付きで唸る氷織(ヒオリ)。その様子は実に可愛らしい。僕の顔を覗き込んで首を傾げている。


「黒縁も青縁も良いし、フチなしも似合う……」


 僕達は眼鏡屋に居た。そこで彼女に眼鏡のフレームを選んでもらっているところだ。

 彼女は僕に似合う眼鏡を懸命に探してくれている。そんな様子を見ているだけで、僕としてはとても幸せな気持ちになる。

 

 ヒオリの怪我は随分と良くなり日常生活に支障はないほどまで回復した。とはいえ、仕事の復帰はまださせていない。現在はリハビリ中だ。

 そんな中、クリスマスイブに約束したデートをしているという訳だ。彼女を連れて美味しいものを食べたりショッピングをして楽しんでいる。


「これだからイケメンは……」

「ん?」


 ヒオリはなかなか決めきれずに、あらゆる眼鏡フレームを僕に試着させては悩むのだ。かれこれ30分は繰り返している。

 僕としては永遠にこうしていてもいいが、ディナーの時間を考えると、そろそろ選ばねばならない。


「僕はイケメンだろうか?」

「えっ!? あ、えっと……。うん……。百鬼(ナキリ)はカッコイイよ」


 ヒオリは恥ずかしそうにそう答えて僕から視線を逸らす。照れているようだ。

 どうやら僕の顔面は、ヒオリの好みらしいということが分かり、気分が良くなる。

 世の中のイケメンの基準は分からないしどうでも良い。

 だが、彼女が好きな顔面であることは非常に良い事だ。この顔面に生まれて良かったとさえ思う。


「うん。やっぱりこっちかな。フチなしの方が好き」


 ヒオリはフチなしのデザインを選んだようだ。

 眼鏡が出来上がるのは後日になる。店員に選んだフレームを伝え、僕達は眼鏡屋を後にした。


「ヒオリ、選んでくれてありがとう」


 店を出たところで僕がそう伝えると、ヒオリは笑顔で頷いた。

 襟にファーの付いた白のコートを着た彼女は、いつもより少しお姉さんの様な雰囲気だった。うっすらとお化粧もしているようで、ほんのりピンク色の頬や血色の良い唇に、いつもとの違いを感じてドキリとしてしまう。

 また、彼女のコロコロ変わる表情一つ一つに惹かれてしまう。僕はすっかり彼女の虜になっていた。

 

 ヒオリは僕の腕に抱き着くように腕を絡めて微笑んでいる。こうやって彼女と一緒に歩くだけでも僕は幸せを感じる。まさに夢のようだ。

 ほんの1年前は何も持たない雑用係で、夢も希望もなく屍の様に生きていたというのに。こんなにも幸せを感じていいのかと不安になるほどだった。


***


 ディナーは、夜景が一望できるホテルのレストランを選んだ。数日前に鮫龍(ミヅチ)に教えてもらった店である。何故かは分からないが、ミヅチは僕とヒオリがデートをする事を知っていた。

 情報の出処は、恐らくトラや爛華(ランカ)なのだろうとは思うが。こんなにも僕達のプライベートが外部に筒抜けというのはどうかと思う。だが、ヒオリを楽しませることが出来たのだから、結果的には良かったのかもしれない。


 ベージュ系統の暖かみのある内装で、非常に高級感がある。壁面にはアート作品が飾られ、天井にはキラキラと光を反射する大きなシャンデリアがあった。床は一面弾力のある絨毯が敷かれている。

 窓際の席、向かいに座るヒオリは緊張しているようだった。ライトグレーのタートルネックのセーターを着た彼女の胸元には、僕がプレゼントしたネックレスが輝いている。


「何か、緊張しちゃう……。こんな素敵な所、初めてきたよ。でも、ナキリと来られて良かったなって思う。夜景も綺麗で……。凄く嬉しい!」


 ヒオリは満面の笑みだ。こんな可愛らしいヒオリを独り占め出来るなんて、本当に僕は幸せ者だ。

 彼女が喜んでくれることが何よりも大切である。彼女の様子からも、このレストランは正解だったようで一安心だ。流石ミヅチだなと思う。

 

 お世辞にも良い人間とは言えないこの僕が、こんな贅沢を受け取っていいのだろうか。

 どう考えても、ヒオリと並んで歩いてはいけないような人間性のこの僕が……。


 ふと、僕はそんな事を考えてしまった。


 幸せを感じれば感じるほど、僕は良く分からない後ろめたさを感じる。純粋で誠実なヒオリとの落差が本当に酷い。まるで、陰と陽のような……。光と影の様な……。

 交わってはいけないようにすら感じる。手を伸ばす事すら許されないとすら思えてしまうのだ。


 彼女にはもっと誠実で素晴らしい人間性を持った頼れる男が望ましいだろう。だが、僕はそれを許せるはずがない。

 ヒオリは僕の物だ。手放す事なんてできない。

 もしそんな男が現れたら、僕はそいつを殺すだろう。

 間違いなく。


 結局いつもと同じ結論に至ってしまった。

 僕はどこまでも自分勝手でどうしようもない人間だ。それをいつも突きつけられて苦しくなる。

 だったら変わればいいのに。ヒオリと釣り合うような男になればいいのに。そんな言葉が脳内で響く。

 しかしながら、変われないのだ。僕という人間は一生このまま変われない。


 何故ならば、この打算的で糞みたいな人間性こそが、この裏社会においては『最善』であると僕自身が判断しているからだ。

 この社会でヒオリを守りながら生きるのならば、尚のこと変えることが出来ないとすら思う。


 ヒオリは何時だって優しく、僕を信じているから、僕がこんな人間なのだと伝えても変わらず接してくれるだろう。

 環境がそうさせたのだと、そうしなければ生きてこられなかったのだから当たり前だと。そう言ってくれるのだろう。

 それでも好きだと、彼女は言ってくれるのだろう……。


「ねぇ、ナキリ。ちょっと相談があってね……」

「ん?」

「実は、店長から。仕事復帰したらすぐAランクになるだろうから、住む場所とか考えておけって言われたの」

「ふむ……」

 

 プレイヤーランクがAランクになると、皆店の建物からは出ていく。別の場所に住みはじめるのだ。あんなかび臭い古びた建物なのだから、プレイヤーが勝手に出ていくものだと思っていたが、どうやら店主が出ていくように促していたようだ。

 恐らくそこにも何かしらの店主の意図がありそうだと僕は感じる。


「住む場所を探すのが大変そう? 僕でよければ、何でも手伝うよ」

「えっと……その……」


 ヒオリはごにょごにょと口ごもってしまった。何か言いたそうだ。だが、上手く言葉にできないのだろうと思う。

 

「あまり遠くになると不便だから、近場の綺麗な所……。ヒオリなら一般人のエリアでも問題なく住めると思うから、比較的治安の良いところが良いよね」

「えっと……」


 僕は提案してみるが、ヒオリは何か迷っているようだ。僕は一度口を閉じてヒオリの反応を静かに待つことにする。

 どうやら僕のアプローチは、彼女が望むものではないらしい。だが、そうなるとヒオリは何を考えているのかさっぱり分からない。


「そのね、Aランクになるプレイヤーがあんな質の悪い場所に住むのは良くないんだって。威厳とか見栄えとか、そんな事を店長は言ってたの。高ランクプレイヤーが同じ環境で生活していると、他の新米プレイヤー達にも悪影響になるんだって。だからすぐに移らなきゃいけなくて。でも、私……」

「うん」

「ナキリにすぐに会えなくなるのが嫌で……」

「……」


 ヒオリは顔を赤くして俯きながらも、僕をちらちらと見る。


「店長はね、ナキリの所に一緒に住めばいいって言うんだけれど……」


 成程。僕は理解した。

 恥ずかしがりながら伝えて来たヒオリが可愛らしくて仕方ない。


「ヒオリは? ヒオリはどうしたいの? 店主の指示通りが良いの? 店主に言われたからそうするの?」

「えっ! えぇと、私は……。その……、ナキリが嫌じゃなければナキリと住みたいっ! 店主に言われたからとかじゃなくて! ずっと一緒に居られたらいいなって思って……」


 一生懸命に伝えてくるヒオリが可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。

 店主に言われたからとかではなく、ヒオリ自身が僕と一緒に住みたいという言葉が聞けて良かった。

 

「そうだね。僕ももっとヒオリと一緒に居たい。一緒に住もうか」

「うん!」


 ヒオリは満面の笑みで頷いた。そんなに喜んでくれるのかと驚いてしまう。


 全く、店主も店主だ。僕に店の5階の改装を指示した時には既に、ヒオリが一緒に住むだろう事まで想定済みだったに違いない。

 現状、個室だって余っているし、水回り等の什器や家具は明らかに独り暮らし用のサイズではない。部屋の仕様は店主が基本決めていたのだから、きっとそういう思惑があったとみて間違いが無い。

 

 そういう事であれば、先に伝えておいてくれてもいい物を。とはいえ、こんな可愛いヒオリを見る事が出来たので、まぁいいかという気持ちになる。


 ヒオリはご機嫌でスープを口に運んでいる。一口食べると、ぱぁっと表情が明るくなる。きっと凄く美味しかったのだろう。

 その後もコース料理を楽しみながら、僕達は少し先の未来の話をしながらディナーを楽しんだ。

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