7章-7.武力組織とは 2001.1.12
16時過ぎ。冬至は過ぎてもまだ日は短い。密集した低層の建物群は夕暮れの赤い光を浴びて、より一層不気味に映る。
僕達は3つの店への『報復』を完了し、いよいよ最後の報復対象である武力組織の拠点へと向かっていた。
僕達が歩く場所は、既に武力組織の縄張りだ。そこは特に酷いスラム、まるで地獄の様な場所だった。
少し細い道を覗き込んでみれば、物乞いの子供や行き倒れ、気が狂ったように奇声を上げる人間。目を覆いたくなるような悲惨な光景が広がっていた。
悪臭も酷く衛生的にも良くない。直ぐにでも立ち去りたくなるような場所だった。
確かに僕達の店がある地域も治安が良い訳ではない。だが、ここよりは遥かに良いと言えるだろう。
店がある地域というのは、その店が決めた最低限のルールを守って生きている人間ならば、武力を持たずともそれなりに生活ができるものなのだ。理不尽に危害を加えられたり搾取されることは、無いとは言えないが非常に少ない。
というのも、武力を行使してそんな事をする人間がいれば、治安を悪化させたとしてその地域を縄張りとする店が動くのが普通なのだ。
店の縄張り内で、好き勝手はできないようになっている。だからこそ最低限の生活が可能な地域として、それなりに良い治安を維持できている。
店がその地域の為に動く理由は簡単だ。治安が悪すぎたり、管理不能な無秩序な場所と見做されれば、プレイヤーが集まらず、店の売り上げが落ちるからに他ならない。
その地域すら治められない店となれば、侮られるうえ信用されない。
店の力を示すためにも、その地域の治安をよくしたり、規律が守られるような、秩序ある環境とすることには多くのメリットがあるという事だ。
牛腸の店がある地域――僕達が縄張りとする地域は、治安は悪いがルールがしっかり守られた地域である。治安は最悪なのにルールは絶対という、少し奇妙な性格をもった特殊な地域なのだ。
商人達等武力を持たない弱き者達を搾取するような行為は、絶対に許されない。しかし一方で、プレイヤー同士の喰い合いは推奨されている。そんな特殊なルールがある故に、牛腸の店のエリアには、強さに自信のあるプレイヤーが集まる。そして、彼等は効率よく知名度を上げ名声を得るために、互いに力を誇示し喰いあっているのだ。
事実、牛腸の店で認められた野良プレイヤーは、他の地域でも高い評価をされ仕事がしやすくなると言う。皆、それを目当てに集まるのだろう。なんとも血の気の多い場所である。
一方でこの地域はそういう理屈では回っていないのだろう。武力組織自体がやりたい放題暴れているに違いない。縄張りとする地域の治安が悪化しようがお構いなしなのだろう。
武力を持った自分たちが豪遊できればいいと、そういう話なのだろうと思う。武力さえあれば力関係は永遠にひっくり返る事はないと考えているからこそだと推測できる。
気が狂った者や、野垂れ死んでいる人間がそこら中にいるのだから、武力組織は薬を売るなどして儲けている可能性も高い。
武力組織の人間達は、この地域を治める気など一切無く、喰いつぶす気だろう。ただ金を生み出す場としか考えていなさそうだ。これ以上搾取が出来ないとなれば、場所を移すに違いない。
僕達の店を狙った襲撃も、この地域を捨てて新しい場所で同じように搾取するためだったのかもしれないと考えられる。
僕は改めてこの地域を見回し、様子を目に焼き付ける。こうした悲惨な地域が存在するという事は知っておくべき事だろう。
悪質な武力組織の縄張りとされた地域が一体どんな状態になるのか、現実を知っていて損はない。
鮫龍の店の鬼人の女性からの話で、何となくは想像出来てはいた。だがやはり、実際見るとショックだった。
治める組織の質で、ここまで地域の様子が変わるとは正直思っていなかった。そう考えれば、殺し屋に仕事を仲介を行う店は、地域の浄化装置の様な役割を担っているのかもしれないと僕は感じた。
特に牛腸は、よく荒くれ者達を専属プレイヤーとして迎え入れて、上手くコントロールしているようにも見える。
誰の言う事も聞かないような、どうしようもないプレイヤーばかり入れるのだ。正直雑用係の時の僕には、店主の行動は理解できなかった。散々酷い目にあってきたため、本当にやめて欲しいとしか思わなかった。
どうしてそんな面倒な事をするのかと憤りすら感じていたが、店が地域の浄化装置と考えれば納得がいく。
誰の言う事も聞かない奴でも、力の前では素直になる。強い者には従うのだ。つまり、強者であるトラの存在を利用する事で、荒くれ者達をコントロールできるのだ。だから敢えて店に所属させて、その地域で好き放題させないようにコントロールしていたのだろう。
そしてまた、コントロールする価値もないと判断すれば直ぐに切る事からも、まさに浄化装置と言えるだろう。
今更ながら、ゴチョウはそれを狙ってやっていたのだと気が付いてしまった。ただの悪趣味ではなかったようだ。
恐ろしいまでの合理主義者という印象がより一層強まってしまったのだった。
「百鬼。どうする? 制圧は簡単だけど」
グラは遠くの方へ意識を向けながら僕に問う。その様子から察するに、恐らく敵が近くまで来ているのだろう。
間もなく戦闘になるのだと推測できる。
武力組織の規模は大したことはない。このメンバーなら直ぐに片付くはずだ。
武力組織の残党は、Aランクレベルのプレイヤーが8人、Sランクレベルのプレイヤーが1人、そしてSSランクレベルのプレイヤーが1人。そんな構成だ。
「ふむ。武力組織相手には交渉は必要ないから、見つけ次第殺していいんだけれど……」
そんな簡単に殺してしまうのは違うと僕は感じていた。
そんな楽に死なせるわけにはいかない。
だって、許せるわけがないじゃないか。
氷織を狙って酷い怪我をさせた連中を。
脳裏にヒオリの痛々しい姿を思い起こしてしまった瞬間。
――地獄のような苦しみを、奴らに与えてやれよ――
ゾワリと腹の底から怒りが湧いてきた。
全身に熱を帯びていくようだ。
だが僕は至って冷静だった。
心臓は高鳴り気分は意味不明に高揚しても、込み上げてきた怒りに支配されることは無かった。
十分に思考が出来た。周囲の状況を把握して、判断ができる。
「全員生け捕りにする。天鬼行ける?」
「うん!」
グラとアマキのそんな会話が聞こえたかと思えば、すでに2人は僕の傍からいなくなっていた。
周囲から僕達を狙って攻撃を仕掛けて来ていた敵へと、真っ先に向かっていたのだ。
鬼兄弟と鬼人の子供3人はワンテンポ遅れてそれに対応する。
激しい戦闘の中、敵は計10人いる事を僕は目視で確認した。10人という事は、武力組織の生き残り全員だ。
つまり、武力組織の総攻撃という事になる。
武力組織は、一部を囮にして主力メンバーだけ逃げるという事はせずに、僕達を全力で迎え撃つ事にしたのだろう。
僕達からは逃げられないと悟ってのことかもしれない。たとえ逃げたところで、僕は地獄の底まで彼等を追い殺すつもりだ。故に逃げないというその判断、は正しいと言える。
武力組織として成り立っていただけあり、敵側はうまく連携しながら攻撃をしているようだった。
SSランクレベルと情報に有ったプレイヤーを中心に組まれた構成は、僕が見ても見事と言えるほど隙が無く脅威的だった。
だが、それはこちらも同じこと。鬼人達の連携は常人のそれを上回る。
特に言葉を交わさなくても、鬼人同士お互いの考えが分かるのだと言う。それは戦闘時においては本当に有用なスキルだと僕は感じる。
先陣を切って行ったグラとアマキの勢いが特に凄い。2人だけで殆どの敵を相手にしているようだ。
そしてまた、グラの宣言通り敵は全員死んでいない。痛みで動けない程に痛めつけられているが辛うじて生きている状態だ。
生け捕りとは、殺すよりも難しい行いである。それをこんなにも簡単にやってのけてしまうとは。
無力化されたプレイヤー達が次々に地面に並んでいく。
僕はその様子を、ただただ見ていた。
グラは、その目立つ紫色の髪を振り乱しながら暴れている。本当に暴れているという表現が似合うような動きだった。
いつもの彼らしくない。本能のままに、楽しそうに暴れていた。
それはアマキも同じで、踊るかの様に楽しそうに暴れて、敵を蹴散らしていた。
「アマキ楽しそう……」
僕を護衛する赤鬼がポツンと呟く。楽しそうに暴れるアマキを見て、羨ましいと感じているようだった。
「俺達も共鳴出来たらいいのに……」
青鬼もまた、同じように言葉を零した。
「共鳴……?」
「そうっすね……。ナキリさんに共鳴してるから、2人とも調子良さそうっす」
「ふむ」
戦いながらもアオキが答えてくれた。この様子を見るに、僕に『共鳴』したのはグラとアマキだけの様だ。そして、その共鳴は、先ほど沸き上がった怒りに対してだろうか。そんな気はしている。
特に僕は何も指示しなかったが、グラは何かを察知して直ぐに行動してしまった。僕の感情から、要望を察したのかもしれない。
僕の要望。
ヒオリを狙った人間には、死ぬ以上の苦しみを与えたい。
死を懇願するほどの苦しみを。
僕は自分がそう考えている事を自覚している。
決して口に出すつもりは無い欲望だ。
きっとそれを察したから、グラは生け捕りにすると言ったのだろう。
「さて。どうすればこの怒りは収まるだろうか……」
僕は考える。腹の底でぐるぐると蜷局を巻くように居座る真っ黒な感情を、一体どうすれば良いだろうか。
拷問を行って彼等を苦しめたところで、この感情は消えてなくならないように思う。一時的に収まるかもしれないが、きっとその程度の効果しかないだろう。根本的な解決にはならない。
僕が悩んでいる間にも敵は次々に倒れていき、残すはSSランクレベルのプレイヤーただ1人となった。
仲間を全て無力化されたのだ。連携もできない。勝てる見込みがない事は誰の目にも明らかだ。
だが、それでも逃げずに立ち続け、グラ達に敵意を向けている。高ランクプレイヤーとしてのプライドなのか、逃げる事すら諦めているのかは僕には分からない。ただ、逃げずにいてくれる事は都合がいいなと僕は思う。
そして最後は非常にあっけない終わり方だった。グラとアマキに挟まれ、男は何もできずに無力化された。
両手両足の骨を折られ何の抵抗もできなくなった男は、グラにずるずると引きずられ僕の目の前まで連れてこられると、雑に放り投げられ地面に転がった。
これにて武力組織の制圧が完了した。




