1章-4.処分とは 2000.7.22
この店のこれからの時間は、『処分』を行う時間だ。
バックヤードで作業着に着替えた後、僕は店側へと向かった。店側へと行くと既に会場は出来上がっていた。本当に物好きな連中である。こんな『解体ショー』に集まるなんて。
「今日も頼むぞ。百鬼」
「はい」
店主はニタニタと笑いながら僕の肩を強めに叩く。髭面の強面の顔がいつも以上に歪に歪む。その表情を見るに、店主は心の底からこの解体ショーを楽しんでいるのだろうなと察する。
僕が店の中央に行くと、最初の処分対象の男が既に処刑台に縛り付けられていた。まるでキリストの磔のようだ。十字に組まれた板に、両手両足、腹部、首元の部分を、黒いベルトでキツく締められて固定されている。
怯えた表情だ。可哀想に。
店の内部には20人程の人間が待機していた。彼らは酒を飲み楽しげである。
これから始まるショーを楽しみにしている者、そしてバイヤー達。相変わらず悪趣味な人間達だなと思う。
ここにこれだけ悪趣味な人間が集まっているのだから、わざわざ僕がやらなくてもいいのにと思うのだが……。
どうにも僕は、彼らに気に入られてしまったらしい。
淡々と作業を行う姿が良いのだと言われ、ご指名までされる始末だ。当然断るという選択肢のない僕は、長年ずっとこの仕事をやらされている。
とはいえ、この解体ショーの解体業務の報酬はかなり良い。安月給だった僕にとっては重要な収入源だった事もあり、正直に言えばありがたい話ではあった。だから進んでやっていたところはある。
だから、正直僕も僕なのだ。悪趣味だと言った店主達と変わらない。自分の生存のために、平気で他者の命を踏みにじる人間だ。僕自身この環境に染まりきった、立派な悪人、同族であると言える。
副店長となった今ならば、金の為にやらなければということは無いのだが、店主の指示なので結局僕がやる事になる。
別にもう慣れた仕事だ。嫌悪感も抵抗もない。やれと言われるままやって、今回も報酬を得ようと思う。むしろ下手に断って、店主に恨まれでもしたら取り返しがつかない。素直に従うのが『最善』だ。
僕はカウンターにずらりと並べられた道具を確認する。この道具達は解体ショーの為に揃えられたものであり、観客達へ魅せる為にどれも派手な見た目だ。
ただ、長年使ってきた事もあり僕にとっては手に馴染む物ばかりだ。僕はメインの道具である鋏を手にした。その鋏は巨大だ。刃の部分だけで50センチメートルはある。全体で言えば1メートルを超えるサイズの大鋏である。
「さぁ。お集まりの皆さん。解体ショーを始めよう。今回も解体をしてくれるのはうちの店の彼だ」
店主は声高らかにそう言って僕を紹介する。するとその場に集まる人間たちから歓声が上がった。そして拍手が送られてくる。当然全く嬉しくはない。
「実は彼、昨日正式にうちの店の副店長となった。百鬼だ。皆よろしく頼むよ」
再び歓声と拍手に包まれる。方々から祝いの言葉も飛び交う。僕は彼らに深くお辞儀をした。
「早速始めようか。まずは右腕だ」
店主がそう宣言するなり、バイヤー達が指で合図を送る。立てた指の本数分の金を払うという意味だ。これは競売である。
それぞれの体の部位を彼らは買取に来ているのだ。人間を丸々1人分となるとそれなりの面倒もあるため、こうして部位ごとに競売にかける。
死体にしてから切り分ければいいと思うのだが、そこは彼らの悪趣味が致すところだ。生きたまま解体し新鮮な人間の部位を手に入れたい、そして解体されていく様子を見たい、そういう話だ。本当に狂っていると思う。
彼らにとってはこれが娯楽に当たるのだから恐ろしい話だ。スプラッター映画でも見て満たされていれば良いものを。実物が見たいと。人間の興味とは本当に残酷なものだと思う。
「決まりだな。ナキリ。右腕を落とせ」
色々と考えていると、落札されたらしい。僕は巨大な鋏を持ち、磔にされた男の前へと立つ。
「な、なんなんだよこれはっ! お前! なんで雑用のお前が!」
僕はジャキリと音を立てて鋏を動かす。すると男は瞬時に青ざめて息を飲んだようだった。煩い人間を黙らせるにはこの方法が手っ取り早い。
しかし、男はそれで死を受け入れた訳ではなかったようだ。
「な、なぁ。あれか? お前に八つ当たりして殴ったのが気に食わなくてこんな事してるのか? 悪かった! 本当に悪かった! 頼む許してくれ! これからは心を入れ替えてお前にも従うから!」
男は泣きそうな顔をしながらも、ベラベラと口を動かす。これはどうやら命乞いが始まったという事のようだ。
ここに集まる人間達は、処分対象達の命乞いを聞くのが死ぬほど好きらしい。
もし命乞いの最中に腕を切り落として気絶なんてされてしまえば、興醒めだと言われてブーイングの嵐だろう。パフォーマンスとしてあってはならない。そのため、僕は一旦鋏を下ろした。
鋏を下ろした僕を見て、男は許して貰えたと勘違いしたのだろう、安堵したような表情をしている。
「これ、外してくれよ。助けてくれたら礼はちゃんとする。本当だ。金が欲しいか? 酒か? 女か? 何でも用意してやるからさ。なぁ?」
ちらりと周囲の様子を見回すと、観客の皆様はとても喜んでいるようだった。酒も進んでいるようで何よりだ。
「ナキリ。せっかくだから、教えてやれ。何で処分対象にされたのか」
「分かりました」
僕は男を真っ直ぐに見据えた。これもパフォーマンスだ。悪く思わないで欲しいと思う。
僕は店主の指示通り、淡々と理由を述べた。
仕事の不手際や虚偽報告について、生活態度の悪さや他プレイヤーと問題を起こした事等。
男は希望を無くしていくようにどんどん表情が曇っていく。弁明の余地などないと自分でも悟ってしまったのだろうなと思う。気の毒ではあるが自業自得だ。とはいえここまで述べた分であれば、処分という判断は妥当とは言えない。せいぜい厳重注意レベルだ。
だから最後に述べる。決定打となった要因を。
「最後に。副店長となった僕への今までの態度について。これは所属のプレイヤーとして到底許されるものではないと言える。だから君は今ここで磔にされているんだよ」
「そ、そんな事!! お前が副店長になるなんて知らなかったんだから仕方ないだろ! 知っていればそんな事はしなかった!」
「知らぬ存ぜぬで許されるとでも?」
「……」
男は押し黙る。知らないから仕方ないで許される社会ではない。それは男も良く知っているはずだ。故に言葉を無くしたのだろう。
「別に僕が君に対して怒りを覚えたから処分対象に選んだなんてことはないさ。単純に君のそうした他者への態度が店にとってのリスクであるという判断だよ。立場の弱い者への態度の在り方で人間性は透けて見えてくる。そういう人間は今後問題を起こす可能性が非常に高い。現時点で処分するには妥当と言える。故に僕は君を処分対象に挙げた。今回は丁度そこに『処分』という対応が妥当となるだけの『理由』があったに過ぎない。そういう話さ」
「……」
「それに。副店長になったとはいえ、僕の独断で処分対象が決まるわけがないと思わない? 君が今まで店主には必死で媚を売っていたのはずっと見ていたよ。まぁ残念ながら、この結果だからその努力は全くの無駄だったみたいだけれど」
人間が絶望すると、本当に目の光を失うのだなと僕は改めて思う。
正直お喋りは得意ではないのだ。こうしたパフォーマンスは喜ばれるため店主の指示でやっているが、面倒なので可能な限り避けたいものである。
流石にこれだけ言ったからか、男はすっかり静かになった。言葉にならないような声を絞り出しながら震えている。
この様子であれば、命乞いの時間は終わりとみていいだろう。僕は再び鋏を構えた。
鋏の刃先を男の腕に掛ける。ギラりと鈍く光を反射する刃は、まるで血を欲しているかのようで。
男は涙を流し、血に飢えた大鋏を凝視して小刻みに震えている。徐々に荒くなる男の鼻息の音が妙にリアルに聞こえてくる。
あまり動かれると切り口が綺麗にならないのでやめてもらいたいが、こればかりは仕方ないだろう。
僕は鋏を持つ手に力を入れ、一気に男の腕を切断した。
ジャキリ。
その瞬間、鮮血が舞い男の叫び声が響き渡る。耳をつんざくほどの絶叫だ。僕は丁寧に鋏を置いて、切断した腕を磔の台座から取り外すと、切断面を処理し、ビニールの袋へと入れ口を締める。
そして、保冷剤が敷き詰められたクーラーボックスへと仕舞った。
この作業には2人の所属プレイヤー達が補助をしてくれている。
切り落とした腕を僕が処理している間に、2人は男の腕の切断面を処理して止血したり、床に飛び散った血液を水を撒いて洗い流していた。
「相変わらず綺麗に切断するもんだな。じゃぁ次、左腕にいこうか」
店主はそう言って次は左腕の競売を始める。磔にされた男は一通り叫び終わったのち放心したように静かになった。
ぶつぶつと小さく何か独り言を言っているようだったが、その内容は僕には聞き取れなかった。
腕を切断された時に気絶出来ていれば幸せだっただろうに。
プレイヤーの多くはこうして強靭な精神力がある故に、痛みや失血によるショックでは中々気絶しない。この程度の痛みでは気が狂うという事も無いようだ。
故に、プレイヤーの解体ショーは彼等に人気なのだろう。こうして刻まれていく人間のリアルな反応を見続ける事が、彼らにとっての娯楽なのだから。
こうして僕は今日もまた変わらず、店主の指示通りに処分対象達を刻んでいき、売りさばく仕事の手伝いを行うのだった。




