7章-6.交渉とは 2001.1.12
「ここで間違いなさそうだ」
僕はグラにそう伝えて正面出入口を見る。窓はなく、建物外壁面には鉄扉が一つだけある造りだった。内部がどうなっているかは分からないが、既に警戒されている事だろう。扉を開けた瞬間、攻撃される危険もある。
だが、グラは何のためらいもなく扉に近づいていく。そして、扉の目の前で右足を上げた。
直後。
ドンッ!!
重量衝撃音が響き渡った。
その瞬間、グラの前に有ったはずの鉄扉が、屋内側へ勢いよく吹き飛んでいた。
その衝撃音を皮切りに、大量の発砲音と怒号が響く。侵入者であるグラに対して攻撃が始まったのだ。
だが、争いは室内だけではなかった。
店から距離をとっていた僕達に対しても、同時に攻撃が始まった。
店の周囲に隠れていたと考えられるプレイヤー達が、次々に姿を見せて僕達に襲い掛かって来たのだ。
これは完全に戦闘の始まりである。僕は周囲を見回し、冷静に状況分析を開始する。
こうなってしまっては、交渉は後回しにするしかない。やはり穏便には済まないようだ。
しかしながら、僕はそもそも穏便に済ます気がない。そう考えれば、むしろ手っ取り早くて良かったかもしれない。
僕に向けられた周囲からの攻撃は、鬼兄弟が全て弾き飛ばし対応していた。そのおかげで僕にはかすりもしなかった。
凶器類だけでなく銃弾までもを、彼らが手にする武器である金棒で弾いているのだから、その身体能力は本当に人間離れしていると感じる。
また隠密していた天鬼達が、襲ってきたプレイヤーを即座に処理していた。僕達に気を取られていた敵側のプレイヤーは、背後からの攻撃に対応できるはずもない。何もできないままに死んでいった。
そしてそれらはほんの数分の出来事だったのだ。あっという間に片付いてしまったことに僕は驚きを隠せない。
昨年度末の襲撃時点より、子供達は格段に強くなっているのではないかと思う。誰一人怪我を負うことなく敵を処理し終えた。
「全部倒したよ~!」
アマキは相変わらず独特の雰囲気でへな~と笑う。目深にかぶったフードと黒のマスクのせいで、目元が少し見えるだけなのだが、いつも通りの笑顔のようだ。袖の長い黄色いパーカーで遊ぶように、パタパタと腕を振っている。機嫌が良さそうで何よりである。
一方、店内に堂々と一人で入って行ったグラは直ぐに無傷で店の外まで出て来た。グラの手には一人の人間が掴まれている。ずるずると引き摺られて店の外まで姿を現した。
どうやらその人間はこの店の店主のようだった。殺さずに外まで連れて来てくれたらしい。
「ナキリ。店主連れて来た」
「ありがとう。助かるよ」
随分と予定とは異なってしまったが、僕は店主と交渉を始める事にする。
とはいえ、この店の所属のプレイヤーは今の戦いでほぼ死んだだろう。今から店主ができる事など何もないに等しいが。
それでも、建前やパフォーマンスは大切なことだ。
僕はグラが抑えつけている店主の元へと近づいて行った。
グラに引き摺られてきた店主は既にボロボロだった。痩せ型の中年の男で、服は裂け、靴も片方しか履いていない。グラに対して無駄に抵抗したのだろうか。
室内で何が起きていたのかは分からないが、こんな状態なのだから、グラを苛立たせたのだろうと察する。
よく見れば、足の骨が折れているようだ。会話は出来そうだが、逃げたり抵抗する事は叶わないだろう状態だった。
僕は目の前で地面にうつ伏せで横たわる店主の顔の付近にしゃがみ込む。そして、店主の髪を掴み強制的に顔を上げさせた。
僕と目が合った店主は、一瞬驚いたような表情をしたが、直ぐに憎悪の感情をぶつけてきた。鋭く睨み歯を食いしばっている。相当お怒りの様だ。
「熱烈な歓迎、どうもありがとう。僕は交渉に来ただけだというのに、いきなり襲ってくるなんて酷いことするね」
店主は何も言わずに舌打ちをする。自身が置かれた状況は一応理解出来ているようだ。
「昨年度末の襲撃に対する損害賠償を求めに来たのさ。払ってくれる?」
僕は店主に見えやすいように、請求書を眼前に突き出した。しかしその瞬間、店主は請求書に勢いよく唾を吐きかけた。
「ふむ。行儀が悪いのは良くない」
僕は店主の頭部を思いっきりアスファルトに打ち付けた。
ゴンッと鈍い音がして、店主は呻き声を上げる。僕が再び髪を掴んで顔上げさせると、額からダラダラと真っ赤な血液を垂れ流し、苦痛に顔を歪めていた。
「払うの? どうするの?」
僕は問いかけるが、返事がない。苦しむのは結構だが、さっさと回答をしてもらいたいのだが。
「ふむ……」
他にも回らなければならない場所があるのだ。無駄に時間をかけたくは無い。どうしたものか。
払えませんと一言言ってもらえれば、あとは店主の首を落とし、残りの関係者を皆殺しにして終わることができるのにと、困ってしまう。
「グラ。この店に所属する人間で、室内に生き残りっている?」
「無抵抗な従業員は、室内に縛ってる。プレイヤーは皆向かってきたから殺した」
「分かった。この周囲には残ってる?」
「店の専属プレイヤーはいない。野良のプレイヤーはいるけど、敵意は無さそう」
「ほぅ」
どうやら僕達の様子を盗み見ているプレイヤーが近くにいるようだ。交渉が行われる場面を観察しているのだろう。見られているとなると、尚更慎重に進めなければならない。
ここで雑な事をして悪評が広まる事は避けたい。僕は再び店主の顔を上げさせ目を合わせる。
「こんな理不尽……。許されると思うな……」
「理不尽?」
「発注を受けたから募集をかけただけなのに、言いがかりもいいところだ」
「ふむ。地方の店の店主は無能なのだろうか……」
僕は首を傾げる。何処に理不尽と言うだけの要素があるのか理解できない。
「発注元の組織なり個人を調べて、仕事の安全性を確認したり、リスクを洗い出したり、難易度を確認するのが店の役割だと思うけど。ただ右から左に仕事を流すだけなら店なんていらないよ。単純に君が無能なだけじゃないか。所属のプレイヤーや従業員が気の毒だ」
「……」
発注が有ったからと言って、そのままプレイヤーを募集するなど言語道断だ。どんな組織がどんな目的で発注をしたのかを調べ、報復の危険性がない事、別の事件に巻き込まれない事等を確認するのが店の重要な役割である。
プレイヤー個人では、仕事の度に発注元の信用度合を調査するのは厳しいという背景がある故に、仲介という業務に需要が発生していると言える。
殺しの依頼は常に危険が伴う。怪しい仕事を受ければ、大きな組織から反感を買って報復される危険もあるのだ。そういうリスクを避けたいからこそ、プレイヤー達は自分で仕事を探さずに店に仲介を求める。
まさか、そんな重要な役割を果たしていない店が存在するとは思わなかった。地域が変われば基準も変わるのかもしれない。一つ勉強になったなと感じる。
「理不尽なんてどこにもない。全て君の実力不足が招いた結果さ。いい加減答えてくれないかな。払うの? 払わないの?」
「払えるわけがないだろっ!!」
直後、ドスッと音がして、店主が短く呻き声を上げた。そして、眼球がぬるりと上方へ動いていき白目を剝く。さらに、口からはゴポゴポと音を立てて血液が流れ出した。
絶命している。
ちらりと店主の背の方を見れば、グラが刃渡りの長いナイフで深々と店主を刺していた。
「中の人間も処理してくる」
「うん。よろしく」
グラは直ぐに1人で店内へと入って行った。
交渉は決裂したのだ。たとえ無抵抗の人間だろうと、店に所属していた以上見逃すことはあってはならない。
これが組織に所属するという事だ。連帯責任となる。直接的に関わっていなかったとしても、その時点で店に所属していれば責任を問われる。
言い換えれば、店と運命を共にするという事であり、一生逃れる事は出来ない。そういう決まりだ。
恨むのであれば、無能な店主が経営する店に所属してしまった自分の行いを恨むべきだろう。運命を預ける対象を見誤ったという事だ。
今回は店主がただただ無能だったのだから、所属のプレイヤーや従業員達に対して気の毒だという気持ちがないわけではない。だが、やはり自業自得だという思いの方が僕は強かった。
僕は周囲に転がる死体をひとつずつ確認する。事前調査で店に所属する人間の顔は全て覚えている。取りこぼしがないかを確認するのだ。
リストにチェックを入れながら細かく確認していると、子供達が死体を綺麗に並べてくれていた。
「みんなありがとね」
僕がそう子供達を労うと、皆笑顔で頷く。素直で良い子達だ。
確認していくうちに分かった事だが、屋外にいたのは店所属の専属プレイヤーだけではなかった。野良のプレイヤーも含まれていた。
交渉に来た僕達を迎え撃つために雇われただけなのかもしれない。店に所属していない彼等は処理対象ではなかったが、向かってきたのだから仕方が無い。殺されても文句は言えないだろう。
屋外の死体の確認が済んだため、僕は店内へと足を踏み入れる。
出入口の鉄扉はひしゃげて床に転がっていたし、配置されていただろう家具類はことごとく破壊されていた。そこら中に血液が飛び散り、床にも血だまりがいくつもあった。戦闘の激しさが伺える。
グラが一人で片づけたと思うと、流石だと思うのと同時に、やはり人間がなせる業とは思えない。
少し進むと、綺麗に死体が仰向けに並べられていた。確認しやすいようにグラが並べてくれたのだろう。
僕は端から確認を進めていく。この店の従業員と所属のプレイヤー達だ。しっかりとチェックリストが埋まっていく。
「奥には何もなかった」
「うん。分かった」
グラが店のバックヤード側から戻ってきた。店の内部もくまなく探してくれたようだ。
「取りこぼしある?」
「いや、これで全員。漏れはないね」
全員の確認を終え、取りこぼし無しと判断すると、僕達は店を出た。
これから後2件の店と武力組織だ。先は長い。僕はフッと短く息を吐いて気持ちを切り替えたのだった。




