7章-2.譲歩とは 2001.1.4
本日の解体ショーは、昨年度末の襲撃の際の裏切者を処分するために行われたものである。牛腸の店を50人以上の規模で攻め入るという前代未聞の大規模な襲撃だ。
さらに言えば、そのうちSランクレベルのプレイヤーまでもが多数含まれており、襲撃に慣れた牛腸の店でなければ耐えられなかったと言われるほどのものだった。
また、氷織を狙った敵のプレイヤーは、SSランクレベルであったとの話だ。グラが少しでも駆け付けるのが遅ければ彼女は助からなかったと聞いた。
ヒオリに護衛として付いていた子――施設からグラが選んで買ってきた鬼人のプレイヤーの子からの情報である。
その鬼人の子もヒオリと同様に重症だった。ボロボロの状態になりながらも、彼女と連携して耐え忍んでいたという。
その話から、今回の襲撃の狙いは、狙撃手。特にヒオリだったのだと、完全にヒオリを殺しに来ていたのだと確信が持てた。
敵の狙いを予測すると、まず第一に狙撃手を殲滅する。その際、確実にヒオリを処理する。次に防御力の無くなった雪子鬼を内部の裏切り者達で処分する。
ヒオリさえいなければ、セズキはただの雑用係なので、プレイヤーと揉めた末に死んだと言えば、プレイヤー側はお咎めなしだ。ノーリスクで処分可能である。
そうする事で、この店のセキュリティレベルを格段に下げるつもりだったのだろう。裏切り者達は、セズキさえいなければ、この店の情報は改ざんし放題で不正も楽にできると考えているようだ。
実際の所は、僕がそんな事はさせないので、その目論見は全くの見当違いではあるのだが。新参者の彼らは、まさか僕が雑用全般を長年1人で行い、店を維持していたなんて、信じられないだろう。店の運営方法なんて物に興味もないのだろうから、知らないのは無理もない。
内部で改竄や不正を続ける事が出来た場合、次第に店の経営は傾く上、裏切り者達の懐に金が溜まる。
そこで得た資金で更に人を雇ったり、襲撃のための武器を用意したりと戦力を強化し、次の襲撃でもって弱った店を完全に落とすつもりだったのだろう。
だが、結果はこの通りだ。牛腸の店のプレイヤーは誰1人として死ななかった上、最優先事項と考えられるヒオリもセズキも処理ができていない。
さらに、敵側は多くのプレイヤーをこの襲撃で失ったのだから、とても成功とは言えないはずだ。この結果に、敵側はかなり焦っていることだろう。
その焦りからだろうと思うのだ。今回の杜撰過ぎる濡れ衣作戦が行われたのは。
内部の裏切者達は、何かしら成果を上げなければ、きっとバックに付いているだろうもっと大きな組織からペナルティを受けるに違いない。
相当な額の金を融資してもらい、今回の作戦に及んだはずだ。そして、その見返りに牛腸の店を潰すか乗っ取り、この地域の支配権を譲渡する事を約束したのだろう。
裏切者は、セズキが磔にされた様子を見て、今どんな気分だろうか。
勝ちを確信して浮かれているかもしれない。もしくは、僕達がまんまと罠に掛かったとほくそ笑んでいるかもしれない。
無能な店主達がセキュリティの要であるセズキを勝手に処理してくれたと、作戦が上手くいったと胸をなでおろしているかもしれない。
僕がそんな事を考えていると、セズキがじっと僕の事を見つめているのに気が付いた。
何か言いたげな様子だ。僕が彼女と目を合わせると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「百鬼さんは、私が裏切者だと、本当に思っているんですか?」
セズキは悲し気な様子で僕に問う。僕から信頼を得られていなかったと感じてショックなのだろう。
だが、この状況は信頼があるかどうかで変わるものではない。事実、僕はセズキの仕事ぶりは高く評価している。むしろ仕事面では非常に信頼していると言っていいだろう。
当然セズキが裏切り者だなんて一切思っていない。今回僕は何もしなかっただけだ。彼女に対して、意地悪をしたり罠に嵌めた訳では無い。
ただただ何もせず傍観していただけだ。傍観していた結果、彼女は嵌められ裏切りの証拠を持たされてしまったのだ。
雑用係という身分で、裏切りの証拠を出してしまったという事は、そのまま死を意味する。さらに言えば、店主は『疑わしきは罰せよ』という考えの持ち主だ。疑われるような立ち位置に立つような愚か者は、その時点で無能なのでいらないと。
彼等がそれを知らないわけではないだろうに。
「僕から言えることはね、セズキ。人はそんな簡単に信頼してはいけないという事さ。この店があるこの地域では特にね。無条件やタダという物ほど怖い物は存在しない。それと、常に場所と相手を見ないとダメだよ。加えて、自分に向けられる悪意にも気が付かないとね。信頼することが悪い事とは言わないけれど、『信頼』イコール『隙』になるなら、やめた方が良い」
「肝に銘じます……」
セズキは目を閉じて、静かに考えているようだった。
牛腸の店での雑用係の立場は最底辺だ。故に、濡れ衣だろうが何だろうが、疑いを掛けられた時点で、基本的には即処分である。
事実確認をいちいち行ってくれるはずもない。
だからこそ、疑いを掛けられる事すらあってはいけない。
疑いを掛けられること自体がないように立ち回る必要があり、常に周囲からの悪意に敏感でなければならない。
僕はゴチョウのように、見るからに悪そうな見た目では無いし、物腰も威圧感があるようなきついものではない。
故に彼等は僕を容易く信頼し、気を抜いてしまったのだろう。
僕の言う事をしっかりと聞き、仕事で成果を上げ続ければ、ピンチの時には助けて貰えるだろうと本能的に思ってしまっていたのかもしれない。
だが、それはただの甘えだ。自衛を怠っていい理由にはならない。
確かに今回の話で言えば、僕がセズキを助けるために積極的に動けば、彼女に疑いの目が向く事すらなかっただろう。
だからこそだ。セズキは僕に対して、自身の有用性を示すだけではなく、僕がセズキを助けざるを得ないだけの理由を作り上げたり、契約を事前に結んでおくべきだった。
副店長である僕との信頼関係という曖昧で不確かで確証のない物に頼るのではなく、もっと積極的に駆け引きをもちかけておくべきだったのだ。
それが、治安の悪いこの店の雑用係として生き抜くために必要な事である。いつ誰が裏切るか分からないという事を、常に意識すべきなのだ。
事実僕自身がそうやって生きてきた。店主であるゴチョウにいつ殺されるかわかったものではなかったのだ。
その経験は今も活きていて、僕が生き延びることに繋がっている。そして、今になって思うが、それくらいの警戒心がなければ、この地域では決して生きていけないと僕自身も強く思う。
正直、僕がセズキやシノギ達を守ることには限界があるのも事実だ。今回は僕の裁量でどうにかなる範囲ではあったが、毎回僕が手を回すことが出来る訳では無い。
そこまで僕は万能ではないし、僕の中にも優先順位がある。残念ながら、現状彼等の優先度はさほど高くないというのが現実だ。
つまり、本人達が無防備では流石に守る事は出来ないのだ。自衛は必須のスキルであると、僕も店主と同様に思っている。
だから今回僕は、このような茶番を用意したということだった。これが彼らにしてやれる最大限の『譲歩』だ。
この牛腸の店で僕ができる、限界の措置だ。このチャンスをものに出来ないようであれば、僕も彼らを切らざるを得ない。
ただでさえ店主からは、『甘すぎるからさっさと彼等を処分しろ』と明確に言われているのだ。自分の身も自分で守れない奴は、どんなに仕事が出来て優秀だろうと不要だと言うのが店主の見解だった。
それを今回だけチャンスを与えてやれば、より優秀な人材に成長する可能性があると、僕は店主を説得し、結果に納得させるために今回の茶番を用意したのだった。彼等がもし変わってくれなければ、今度は僕の首が飛ぶかもしれない。
従って、僕にとってもリスクのある茶番だった。
別に彼らに恩を売りたい訳でもない。ただ、経験を積んでより優秀な人材になってくれさえすれば良い。それがそのまま僕の利益に繋がるのだから、別に施しでは無い。
また、感謝されたくてやっていることでは無いし、むしろ何だかんだで助けてもらえる等と思われては逆効果だ。
僕はそう自身の思考を整理して。
再び左腕の腕時計に視線を落とし、静かに5分間のカウントを追った。




