1章-3.仲介とは 2000.7.21
午後4時過ぎ。『仲介の店』は開店となる。開店時間中の僕の業務は、当然店のあらゆる雑務だ。開店直後は大抵誰も来ない。僕は黙々と店の書類整理を行っていた。
「おい。ちょっと来い」
「はい」
テーブル席で書類に目を通していた店主に呼ばれ、僕は手にしていた書類を引き出しに仕舞うと店主の元へと向かった。
「そこ座れ」
僕は店主の向かいの椅子に座る。
「新しく入れた3人のプレイヤー。出来はどうだ」
「そうですね。現時点での評価で言えば、この店には必要ないと思います。取りこぼしのフォロー等を考えるとコストが掛かり過ぎます」
テーブルには、最近新しくこの店に所属した専属のプレイヤー3人のデータをまとめた資料が広げられていた。
彼等は最近までは野良のプレイヤーだった者達だ。氷織のように幼い頃に店に買われて、強制的に専属プレイヤーとして育てられた者では無い。自ら望んで店に所属する契約を行ったプレイヤーなのだ。
「生活面でも特に加点できるようなものはありません」
店主は僕の報告を聞いて考えているようだった。
「分かった。当分ランクを落として仕事をさせて様子見だ。監視を続けろ。そこで改善がみられなければ切る」
「分かりました」
ここで店主の言う『切る』とは処分する、殺すという意味だ。使えない者は殺す。それがこの店の昔から有る暗黙のルールだ。僕と店主と数人の専属プレイヤーしか知らないカラクリである。
店主は昔からこういう考え方の人間だ。多くを仕入れて、使える物だけを残し他は捨てる。それは物だけでなく人間に対しても同じだ。数打てば当たるという事ではあるのだろうが、それを人間相手でも平気でやってしまうのだから質が悪い。
この『殺し屋へ仕事を仲介する店』というのは非常に特殊な性質を持った店だと僕は感じている。不動産の仲介を行うような他の業種の仲介屋とは全く違う。
この店自体が、1つの武力を持った集団という見方ができる。
それ故だろう。店に所属した人間は終身雇用だ。他の店に移ることは絶対にできないというルールがある。それは殺し屋達だけでなく、雑用係の僕も同じだ。
この店の待遇が良くないからと言って、他の店へと転職は出来ない。そんな事をすれば殺されるというのが常識だ。
恐らくは、機密情報の観点から移籍ができないという事だろうと思う。つまりだ。1度雇用した人間は解雇できない。不要であれば処分する他ない。そういう話なのだ。
だからこそ、安易に専属契約はすべきでないと僕は思う。それにも関わらず店主は頻繁に新しい人間を入れる。本当に勘弁して欲しい。その処分を行うのも僕の仕事になるのだから。
「あとあれだ。お前。副店長やらないか?」
『副店長』とは何だろうか。
「業務内容は正直今と全く変わらない。肩書きを与えるという話だ。今お前に死なれたらこの店は困るわけだ。副店長の肩書きがあればプレイヤー達にぞんざいな扱いはされなくなる。悪い話じゃないだろう」
そんな美味い話が転がってくるわけが無いと僕は警戒する。
「お前のそういう慎重な所は悪くない」
店主はそう言ってニタリと笑った。濃い髭面が悪そうに歪む様子は恐ろしい。
どうやら、目の前にぶら下げられた明らかに得と思えるものに直ぐに飛びつかない僕を見て、店主は面白く思っているようだ。
「副店長の肩書きがあれば、基本的にこの店の専属プレイヤー達よりも地位が上になる。とはいえ、目安はSランクのプレイヤーと同等レベルだ。俺の感覚だと、それよりも上のランクのプレイヤーには下手に出た方が良いだろうな。そして、給料も今より格段に上げてやる。もちろん仕事で上手くいけばその分報酬も上乗せする。また、お前の裁量で雑用係を新しく雇ってもいい。ここまでが副店長の肩書きを得るメリットだ」
店主としても、今僕に死なれるのは困るため、肩書きを与え、地位を上げて、給料を上げるというコストを掛けてでも、僕を唐突に失うというリスクを下げようとしているのだろうと考えられる。
「ここからがお前にとってのデメリットだ。それは主に責任の話だ。例えば新しい雑用をお前が雇ったとして、そいつのミスはお前のミスだ。相応のペナルティが生じる。また、プレイヤーが仕事を失敗した際に、仕事を与えたお前にもペナルティが生じる。まぁ、そのペナルティは主に減給だ。今までのように暴力での制裁は意味が無いからやらない。全て金だ。お前が動かせる資金でやりくりするという事だ」
僕は考える。これはかなり良い条件だ。今までやってきた仕事の内容とほぼ変わらないにも関わらず、待遇が格段に良くなる。デメリットとして提示された責任についても概ね理解出来ている。
プレイヤー達が仕事を失敗するのはよくある事だ。これにより店に損害が出る。この損害は完全に回避することは不可能で、必ず一定数生じる話だ。
それを想定に入れて、トータルで利益が出るように仕事を行なえという事だ。それが給料に直結するぞという話なのだ。
今まではどんなに上手くやったとしても、また、どんなに失敗が続いたとしても給料は変わらなかった。それが副店長になれば仕事の出来によって左右されるという話だ。
「分かりました。お受けします」
店主は再びニタリと笑った。
「早速契約書を作成する。お前名前はどうする?」
「百鬼で」
「なんだ。お前、名前あったのか」
「昔この店に来た初対面の女性に、いきなりそう名付けられたので」
「へぇ。奇妙な話があったもんだ」
店主は取り出した書類に、必要事項を記載していった。そして一通り書き終わったところでその資料を僕に手渡した。僕は内容を確認する。
これは正式な契約書だ。店主が説明した通りの内容が記載されており、問題は無いと判断したため、僕は店主に契約書を返却した。
「ここに血判押せ」
僕はテーブルにあった針で親指の腹を刺し、指定された位置に血判を押した。この瞬間から僕はこの店の副店長になったのだった。
「今日からAランク以下の仕事については、お前の判断で勝手に回していい。いちいち俺の確認を取らずとも進めてくれて構わない。トータルでプラスなら文句は無い。当然気に食わない奴には嫌がらせをしてもいいし、適当にあしらっても良い。切る場合のみ俺に報告する程度で構わない。判断に迷う場合は相談しろ」
「分かりました」
「で。早速誰切りたい?」
店主は一際悪そうな顔をして笑う。悪巧みをするその様子は悪人そのものだった。この悪意が自分に向けられていなくても、背筋が凍ってしまう程おぞましい。
本当に恐ろしい人だなと、僕は改めて感じた。
「そう……ですね……」
僕は視線を落とし、テーブルの上に広げられていく資料を見ながら真剣に考える。
どうやら店主は、面倒な内部の人間を切る理由に、早速副店長の肩書きを得た僕を使う気だ。つくづく悪い人間だなと思う。
とはいえ、僕としても、僕に理不尽な嫌がらせをしてきた人間には消えてもらいたいと思っていたところだ。
店主が新たに広げた資料には、所属の専属プレイヤー全員のそれぞれの経歴や実績などの情報がまとめられている。その中から僕は5人分の資料を引き抜いた。
「この5人が不要です」
店主は面白いものを見るような目でその5人の資料に目を通した。
「ほぉ。いい感覚だ。丁度処分が妥当とみなせるだけの大義名分が無くて困っていたんだよ。いいじゃないか。いつも通りの方法でこいつらは処分だ。処分日は明日で手配しろ」
「分かりました」
「それと。明日からでいい。見た目を整えろ。今の目立たない見た目じゃなく、舐められないような見た目に変えるんだ。肩書きに見合う見た目は非常に大事だ。そのための経費は振り込んでおく」
「ありがとうございます」
どうやらこれで話は終わりらしい。僕は席を立つと業務に戻った。
僕は唐突に『副店長』の肩書を得たわけだが、だからと言って僕の境遇はさほど変わらないだろう。
偉くなったわけではない。
その認識で振舞う事が、今後の僕がとるべき『最善』の姿だと考える。
暫くは様子を見るべきだ。『副店長』がどんなものであるのかを正確に把握できるまでは、何事も慎重に進める事が大切だ。
命の安全が保障されたとは思わず、また気を緩めることなく、僕は店主の指示に正確に従う事を最優先に行動しようと決めたのだった。




