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【完結】ナキリの店  作者: ゆこさん
6章 氷織の存在
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6章-3.やるべき事とは 2000.12.10

 店側に戻ると店主は電話を終えていて、テーブル席で頭を抱えていた。僕は店主の正面の席に座る。


「Sランクレベルのプレイヤーが10人以上、追加で攻めてきました」

「……」


 僕が店の中へと入って来た時に、店主はある程度察していたのだろう。特段驚く様子はなかった。


「お前の予測はドンピシャだ。かなり地方にある複数の店に募集が掛けられていた。各専属プレイヤーに対して懸賞金が設定されている。低ランクプレイヤーにもそれなりの金額がかけられていたから、相当旨い仕事だろうな。だが、それでも集まったのはBランク以下30人程度。人数が合わない」

「捨て身で戦う者がいました。別ルートでも人員を確保してると思われます」

「成程な」


 店主はテーブルに頬杖をつき深くため息をついた。そして、僕の前にA4サイズの紙の資料を置いた。


「これが発注元の組織の情報だ。最近地方で力を付け始めた武力組織。こいつらが単体でこの地域を乗っ取ろうとしているとはあまり思えないが……。こいつらもまた、どこか別の大きな組織から指示されたのかもな」


 僕は資料に目を通す。地方の武力組織であり、プレイヤーのみで構成されている。特殊と思える部分としては、SランクやAランクの高ランクプレイヤーの人数が非常に多いことだろうか。

 地方とはいえ、こんな危険な組織が知らぬ間に出来上がっていた事に驚愕する。店主が頭を抱えていたのはそのせいだろう。こんな危険な組織は地方だろうと野放しにはできない。

 

 武力を過剰に持った集団は脅威だ。しかも、プレイヤーを寄せ集めただけで統制が取れていない状態であれば、最悪だ。こういう組織は簡単に仲間割れを起こす。そして、その結果抗争が起きてその地域が荒れ狂う事になるのだ。

 故に、そんな集団がこの地域にやって来て拠点を構えてしまった場合、直ちに治安が悪化するだろう。治安の悪化――つまり現在の絶妙に保たれた社会のバランスが崩される事は、僕達の最低限の生活すら脅かされる事へ繋がる。酷ければ、人として生きる事すら許されなくなる事を意味する。

 

「後から出てきたSランクプレイヤー達は、この組織のメインメンバーって事ですね……」


 トラが本命と言っていたプレイヤー達は、この武力組織のメインメンバー達で間違いが無いだろう。


「詳しい状況教えてくれ」

「分かりました」


 僕は極力私情混ぜないよう、淡々と状況説明と自身の推測を店主へと伝えた。


***


 ちょうど僕が全ての報告を終えたタイミングだった。ガチャリと音がして、店の扉が開いた。振り返るとそこには、怪我人と、怪我人を両側から支える鬼兄弟が居た。

 支えられているのは、専属プレイヤーの狙撃手の男性だ。一目で分かる程酷い怪我だった。


「君達は怪我は無い?」

「ないっす! 元気っす!」


 僕が怪我人を支えるのを肩代わりしながら問うと、赤鬼(アカギ)はしっかりと答えてくれた。


「状況なんすけど、最初にいた奴らは倒しきってて。後から来た強い奴らと戦ってるっす。今はトラさんと天鬼(アマキ)が店の前で交戦してて。俺らもこれからそこに混ざるっす」

「うん。分かった。ありがとう。君達がいてくれて助かるよ」


 僕がそう伝えると、鬼兄弟はニッと嬉しそうに笑った。そして、直ぐにまた店から出て行ってしまった。成り行きではあったが、彼等が参戦してくれて本当に良かったと思う。これは、鮫龍(ミヅチ)にしっかり礼をしなければならない。

 

 僕は怪我人を奥にある長椅子に運んだ。そして、応急処置を行う。幸い命に関わる怪我では無い。適切に処置すれば大丈夫だろう。


「狙撃手が……狙われて……いる……」


 怪我を負った男性は苦しそうな表情で、声を絞り出していた。


「怪我で苦しいとは思うけれど、何があったのか教えて欲しい」

「あぁ」


 少しでも情報が欲しい。本当は休ませてあげたい所ではあるのだが、今は彼の知る情報がとても重要だ。彼もそれを理解しているようで、何とか伝えようとしてくれていた。


「君が店に入った直後……、トラさんの周りに……12人のSランクレベルと思われるプレイヤーが現れた……。俺達狙撃組は、各方向から援護射撃を……」


 男性は酷く発汗している。痛みを堪えているのだろう。


「だけど……、直後俺は背後から襲われた……。ずっと近くに潜んでたんだ……。高ランクのプレイヤーがっ!」


 彼は悔しそうに吐き捨てる。彼が気が付かなかった位だ。近くに潜んでいたのだろうというプレイヤーも、Sランクレベルだと推測できる。


「護衛についていてくれた子の……おかげで……、体勢を立て直せたから、この程度で済んだ……。それに……直ぐに鬼兄弟達が応援に来てくれた……、運が良かった……」


 気がつけば、店主が僕のすぐ後ろに立っていた。店主も、静かに彼の話を聞いているようだ。


「まさに、第2ラウンドの始まりだった……。最初の奴らは全部囮だったんだ……、俺達狙撃手達の位置を正確に割り出すための……」


 氷織(ヒオリ)は無事だろうか……。一層不安になる。

 やはり僕の推測は完全に当たっていたのだった。直ぐにグラに向かってもらったが、間に合っただろうか……。

 分からない。不安で押しつぶされそうになる。


「すまない……。ヒオリちゃんの状況までは分からないんだ……」

「うん」


 何も出来ない自分自身の無力さを呪う。

 安全な場所で祈ることくらいしかできないだなんて。

 大切な人が危険な場所で戦っているのに。

 自分は一体、こんな所で何をしているのだ……?


「報告ありがとう。とても助かった」


 僕は冷静を装って彼に感謝の言葉を述べた。

 

 僕は頭を抱える。こんな状態では何も手に付かない。冷静な判断もできそうにない。


 何故僕には力がないんだ。

 どうして戦えないんだ。


 どうして僕は――。


「おい。ナキリ落ち着け。ここでお前が暴れる事に意味はない」


 直後、バシンという音と共に背中に痛みが走り、僕はうっ……と呻き声を上げた。

 

 店主から強めに背中を叩かれたようだ。

 その痛みによって、僕の感情は少し落ち着きを取り戻す。店主の言う通りだ。僕がここで怒ろうと、取り乱そうと、何も解決しない。

 そんな事で、ヒオリを守るための力が手に入るのであれば別だが、そんな都合の良い話など無い。


 僕が出来る事は何だ?

 そんなもの決まっている。昔から変わらない。

 『最善』を選び、『最善』を演じる事だ。


 僕は瞼を閉じて思考する。

 今僕に求められる『最善』とは何だ?

 副店長として、店の危機に対してすべき事をしなければ。


 まずは情報漏洩の防止からか。

 僕はバックヤード側へと向かった。


***

 

 僕はバックヤード側の扉を勢いよく開け、中で待機する雑用係達を見やる。

 乱雑に扉を開けて突然現れた僕に、全員の注目が集まる。雑務の手を止めて、静かに僕の事を見ていた。


「どうやらね、店内部の裏切りがあったみたいなんだ」


 僕がそう告げると、彼等は途端に緊張したようだった。僕はその様子をじっと見つめる。彼らの反応一つ一つが情報だ。見落としは許されない。


「君達は容疑者だから。店から支給されてる携帯電話を出して。それとお互いに怪しいものを持っていないか今すぐ確認しあって」


 僕は、彼等が互いに探り合う様子にも目を光らせる。


「ポケットの中も全て調べて。もし怪しいものを持っている人間がいればその場で処分するし、それを見逃した者も裏切り者の仲間とみなして処分するから。そのつもりでね」


 彼等は互いを疑い合い念入りに調査していた。連帯責任となれば、さすがに手は抜けないだろう。


 その後僕は、彼らに支給されていた携帯電話を回収し、一つ一つチェックする。怪しいやり取りがないか。外部との通話の履歴はないかなど。細かく調べる。

 しかし、案の定証拠となり得るものは残されていなかった。その都度しっかり履歴を消したのだろう。もしくは別端末を利用して連絡をとったかだ。

 詳細な調査をすれば証拠は出てくるだろうが、現時点では不可能だ。現状できることは、携帯電話を没収し、行動を監視するのが限界だろう。


「これからどんどん怪我人が運ばれてくると思うから。君達はそっちを手伝って」


 僕は彼等を店側へと移動させた。そして、バックヤード側に不審な物が無いか軽く見回す。何事も無い事を確認すると施錠した。裏切りの証拠となるようなものがバックヤード側に残されている可能性は低いが、できることはやる方針だ。


 僕が店側に戻ると、複数人の怪我人が店に運ばれてきていた。動くことが出来る鬼兄弟とアマキが、怪我を負って動けないプレイヤー達を、次々に回収してきてくれているようだった。

 僕は店内を見回す。しかし、ヒオリの姿は無い。


 僕は、焦りや不安、苛立ちは一切表に出すことなく、淡々と怪我人の手当を行い、彼等から状況を聞き出す。

 幸い喋ることが全くできないほどの怪我人はいない。それぞれから状況を確認して、敵の全体像を把握していく。


 話をまとめると、やはり、それぞれが同じタイミングで高ランクプレイヤーから襲われたのだという。まさにトラにSランクプレイヤーが集まったタイミングだったそうだ。

 トラの周りにいたSランクプレイヤー達は鬼兄弟とアマキが参戦した途端、分が悪くなったと判断したのか、周囲に散っていったという。だが、逃げた訳ではなく狙いを変えたようだった。

 攻撃の対象を、周囲に散って戦っていた低ランクの専属プレイヤーへと変更したようだ。敵の所在がバラバラになってしまった事で、こちらも戦力を分散せざるを得ず、非常にやりにくい状態らしい。


 この店は少数精鋭型だ。規模が小さい。故に、こうした大規模な作戦で攻められる事に弱い。敵側の狙いが分散されているのも厳しい。

 今回のように、狙撃手が狙われる場合は、主力のトラとグラに敵が集まらない。すると、店の出入口を守るトラが思うように動けなくなり、ロスが大きい。

 負ける事は無くても、かなり消耗してしまう。

 

 敵側も相当な資金を投じた作戦だろう。確実に狙撃手を落とす事だけに特化した作戦。やはり、今回攻めて来た武力組織の背後にはもっと大きな組織が絡んでいるように思う。

 この1回の襲撃では落とせない事を見越したうえで仕掛けているのだから、バックにいるのは相当な資産を持つ巨大な組織に違いない。また、今後複数回にわたって継続して攻められる可能性が高い。


 僕は深く息を吐き出し、気持ちを落ち着け、思考を整理した。

 今後やるべき事、考えていかなければならない事は多いが、今はこの襲撃に対しての策を練る事と裏切者への対応が優先事項だ。

 僕は、怪我人達から一通りの情報収集を終えると、再び店主の座る席へと向かった。

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