6章-2.敵の狙いとは 2000.12.10
「百鬼」
背後からグラの声が聞こえた。僕が振り返ると、両手にそれぞれ血液が付着した短刀を持ったグラがいた。返り血で分かりにくいが、怪我はなさそうだった。
「やっぱり変。俺よりも他のプレイヤーが狙われてる」
「ふむ……」
この店を落とすならば、グラもトラと同様に、確実に処理しなければならない対象のはずだ。それにも関わらず狙われないというのはおかしい。
グラの容姿は非常に目立つ。敵からすれば、紫の長髪という特徴のみで特定できるだろう。更に今は、隠密せずに姿を現して戦っているのだから、敵側がグラを見つけられなかった、なんて事はありえない。
目立つグラが集中攻撃を受けなかったという事は、狙われていないという事だ。むしろ避けられているとすら推測できる。
やはり今回は、敵側の目的がいつもとは異なると考えるべきだろう。
「この辺の敵、建物内に隠れていたのは天鬼を囮にして片付けた」
「成程ね」
「この後はどうすればいい?」
正直悩ましい。僕は周囲を再度確認する。
店のすぐ近くはトラの槍による近距離攻撃で殺された者達の死体が。トラから少し離れた位置には、周囲からの狙撃で殺された者とグラ達によって殺された者の死体が多数転がっている。
ここから目視はできないが、周囲の建物内部にも敵の死体は転がっているのだろう。
「残りの敵ってどこにいる?」
「上の方。建物の屋上とか。隠密している敵は分からない」
「屋上の方は大丈夫そう?」
「アマキ達を応援に向かわせているし、狙撃担当の各プレイヤーにはそれぞれ護衛も付いてる。今のところは問題なさそう」
「分かった」
グラは現時点で脅威は無いと言う。特に今から策をめぐらせて対応しなくても、鎮圧は時間の問題だろう。
だがやはり、この違和感を無視するのは気持ちが悪い。楽観的にはなれそうにない。
「敵のランクってどれくらいか教えてくれる?」
「Sランクはいなかった。Aランクが少し。殆どBランク以下だと思う」
「ふむ……。数で押せるとでも考えたのか……?」
「隠れてた奴らは、死に物狂いで向かってくるから面倒」
「捨て身で向かってくるって事?」
グラは頷いた。それもまた不可解だ。トラの周りにいた敵は逃げ腰で時間稼ぎをしているようだったという話だったが、隠れていた敵は捨て身で攻撃するほど積極性があると。
やはりおかしい。
人間誰だって自分の身が一番可愛い。死にたい人間などそうそういない。故に捨て身で向かってくるという事はそれなりに大きな理由が存在するものだ。
例えば、大事な人を人質にされているとか、成果をあげなければ殺されるだとかが考えられる。
となれば、この襲撃を企んだ人間は、単純に他店へ人員を発注した訳ではないかもしれない。適当に寄せ集めただけの敵襲に見えるが、何か策略があるのかもしれない。
だが、やはり実態を掴みきれずに思考が霧散していく……。
「ふむ……」
敵の狙いは一体何なんだ?
店を完全に落とす事でも無ければ、物資を強奪することでもない。
また、死に物狂いで主戦力以外の専属プレイヤーを殺そうとしてきたり、トラを足止めしたりと行動が不可解だ。
一貫性なんて何も無いように見える。ひとつの目的に沿った行動は見られない。それぞれがバラバラで雑だ。そう見える。
戦略なんてないのか? この規模で仕掛ける程の資金を投じておいて?
いや、待て。
そもそも内部の裏切り者達。
彼等は利用されただけと決めつけていいのか?
店を裏切ったと考えられるプレーヤー達は、今この場にはいない。敵側の勢力にも加勢していない。
今日は仕事のため終日店にいないと聞いている。これだけなら、裏切り者の証拠にはならない。
まさか、敵襲を受けて弱体化した店に平然と戻ってくるつもりか?
そこまで思考した時。
僕は唐突に自身の頭の中のパズルが、カチャリと音を立てて組み上がったかのような感覚がした。
「あ……。氷織……」
サーっと血の気が引いた。
「ナキリ……?」
「グラ……、頼む。ヒオリの所へ向かって欲しい……」
その時自分は、一体どんな顔をしていたのだろうか。
グラは僕を見て一瞬酷く驚いたようだったが、直ぐにその場から姿を消した。
「おい。ナキリどういう事だ!?」
「敵の狙いは……、狙撃手……」
「は? 何故だ?」
トラは理解できないといった様子だ。
確かに気持ちは分かる。こんな大掛かりな襲撃の目的が、『店の主戦力ではない狙撃手を殺す事』だなんて考えにくいだろう。
「今この店の情報関連の最強のセキュリティは、雪子鬼です。彼女が全てを把握し管理していると言ってもいい。おそらく彼女は全ての事象やデータを正確に記憶している……。彼女は改竄なんて一瞬で見抜きます。だから、裏切り者達からすれば彼女は非常に目障りになる……。彼女がいる限り、不正は全てバレます。何もさせて貰えない……」
「それと、狙撃手が狙われるのと、なんの関係が?」
「セズキを守っているのがヒオリだからです。ヒオリが近くにいて守っているために、セズキを殺す事がそもそも物理的に難しい……。また、セズキを傷つければヒオリが黙ってはいないでしょう。ヒオリが僕の大切な人であるという事は周知の事実。故に『セズキを傷つける事』はそのまま『店側へ喧嘩を売った』と見做される。よって、ヒオリがいない隙にセズキに手を出すというのも、この店に対抗する武力を持たない彼等には不可能」
「だから先に、ヒオリから消そうってか? んで? 本命を悟られたくないから襲撃を企てた……と」
僕はトラの問いかけに頷いた。
セズキとヒオリを引き合わせたのは僕だ。セズキの防御力を上げるための措置だった。優秀な彼女を守る措置は店にとって利益に繋がるため妥当だ。それだけの価値が彼女にはある。故に、間違ったことをしたとは思わない。
だが、まさかヒオリから消しに来るとは思わなかった。ヒオリが狙われるような事になるならば、引き合わせるべきではなかった……?
いや、違う。私情を挟むな。
僕は正気でいられる気がしなかった。
もしヒオリに何かあったらと思うと気が気じゃない。呼吸すらまともに出来なくなる。
「ナキリ!! しっかりしろ!!」
「っ!!」
トラの怒号で僕はハッとした。ここは戦場だ。思考に囚われていていい場所じゃない。
僕がトラ方へと視線を向けると、トラは至極真剣な顔付きでどこか遠くを見ていた。その様子に一層緊張感が高まった。
「マズイ……。本命が来た」
「本命……」
「Sランクが10人以上だ。ナキリを守りながらは戦えねぇ。悪いが店に入ってくれ!」
僕は急ぎ店の入口へ繋がる外部階段を降りて行った。
***
僕が店に入るとカウンターの所に店主がいて、電話を掛けているようだった。店主も僕が店に入って来たのに気が付いたようで目が合う。
「ナキリ。バックヤード側を見てくれ」
「分かりました」
店主は一旦電話から離れて僕へそう指示する。バックヤード側に従業員達、戦えない者がいるのだろう。『彼等をよく見てこい』という指示だ。
僕は指示通りバックヤード側へと向かった。
扉を開けると、雑用係の子供達が静かにデスクで待機していた。それぞれ書類整理などバックヤード側で出来る雑務をしていたようだ。
特に怯えた様子はない。今までにも何度も襲撃はあったので、慣れてきているのかもしれない。
「ナキリさん。襲撃の様子はどんな状態ですか?」
スっと立ち上がり僕の方へとやってきた東鬼は、真っ直ぐに僕を見上げる。相変わらずの鋭い目つきである。いつもより長引いている事に対して不安なのかもしれない。
ただ、彼らに戦況を教える事はできない。裏切者がいる可能性がある場で、安易に情報は開示できない。
店主が雑用係をバックヤード側にまとめているのもそのためだ。店主の電話内容を盗み聞きされないようにするために他ならない。
「僕も今帰ってきたところだから良く分からないんだ。いつも通りじゃないの?」
「いつもより長引いているので、明らかにおかしいです」
とぼける僕にシノギははっきりと言う。彼なりに真剣に捉えて、この非常事態に対して、何かしなければと考えているのかもしれない。
「ふむ……。何時位から始まったか分かる?」
「13時半を過ぎたくらいです」
「もう3時間以上か。確かにいつもより長いね」
13時半と言えば、僕達が昼食を終えて完全に鮫龍の店の方まで行ってしまった時刻だろう。襲撃の直後に店主に呼ばれていたとしても、簡単には帰って来られない時刻と言える。
「人数が多かったのか、強い敵が来たんだと思います!」
「そうだね」
「……」
シノギは僕の事をじっと見ている。一切の動きも見落とさないようにと徹底しているかのような視線だ。
流石に僕を怪しんでいるのだろうと思う。これだけ異変を伝えても、僕が取り合おうとしないという事に苛立ちも感じていそうだ。
だが、シノギは人を読む能力は高い。だから、そろそろ僕の反応が薄すぎる事で勘付くかもしれない。
自分達が疑われているという可能性に。
雑用係達の中にも必ず裏切者がいる。
何故ならば、僕達が外出したという情報を正確に敵側へ伝達する必要があるからだ。何時にこの場所を出たのか、正確に情報を伝達できなければこの襲撃は成り立たない。
裏切者と考えられるプレイヤーは終日店から離れてアリバイ作りをしているのだ。当然、彼らが本日の僕達の外出の詳細な様子を知る事はできない。
だから、店に常駐している雑用係達の中に裏切者がいる可能性が高いと言える。
勿論専属のプレイヤー達も容疑者枠に入るが、店に常駐していない彼等が僕達の定期的な予定を知るのは厳しいだろう。
そういった情報は記録には残さず、会話でも漏らさないように徹底している。つまり、外出する様子を定期的に目撃しなければ気づけないだろう。故に、雑用係の方が怪しいと見るのが妥当と言える。
その事に気が付いたのだろう。シノギはグッと顔を歪めた。疑われているという事がショックだったのだろうと思う。
だが、同時に仕方がない事であるとも理解していそうだ。
「3時間以上もここに缶詰だから、きついと思うけど。もう少しかかりそうだから我慢して」
「分かり……ました……」
シノギはデスクに戻り座ると、複雑そうな表情をして俯いた。
「他、何かあったらメールしてくれれば見ておくから」
僕はそう言い残して店主のいる店側へと戻った。




