6章-1.襲撃とは 2000.12.10
鮫龍の店からの帰り道。僕は行きと同様に鮫龍の車の助手席で、外の景色をボーっと眺めていた。後部座席に座る天鬼と鬼兄弟は、互いにもたれあいながら、すぅすぅと寝息をたてている。
遊び疲れてしまったのだろう。相当ハードに遊んでいたのだから、仕方がないなという気持ちだ。
静かにまったりと時間が過ぎる。車のエンジン音だけが響く車内で、僕も少し眠気が押し寄せてきてしまった。
と、その時。
ブーッ……。ブーッ……。ブーッ……。
バイブレーションの音と振動で、僕は着信に気が付く。胸ポケットから携帯電話を取り出し応答した。
「はい。百鬼です」
『お前、今どこにいる?』
店主からだ。開店時間を過ぎても戻って来ないのに対して、しびれを切らしたのだろうか。
「今、ミヅチさんに送ってもらっているところです。あと20分もすれば戻れます」
『分かった。今、店が襲撃にあっていてだな。気を付けて帰ってこい』
「襲撃……」
『そうだ。残しておいた不穏分子達が動いたようだが、何か嫌な予感がする。想定よりも襲撃の人数が遥かに多い』
「ふむ……」
『まぁ、この程度なら店が落とされることは無いが……。どこかの別組織と手を組んだのかもしれない』
「え……」
『当然調べたが、今の所情報はない。だからきな臭い。何かの偶然が働いたとかそんな所だろう』
店主は戻り次第加勢してくれと言うと通話を一方的に切ったようだった。僕の耳には、ツーツーツーと一定のリズムを刻む電子音だけが聞こえていた。
「え? 襲撃? に~しては、随分と落ち着いているみたいだ~けど……?」
ミヅチは運転に集中しながらも心配そうに尋ねてくる。店主の声は大きいので、電話越しでもきっと内容が聞こえていたのだろうと思う。
「店への襲撃自体は珍しくないから。ただ、何か今回はおかしいと店主が言っていたのが気になる……」
「成程。それなら飛ばそう。裏道使ってスピード出すから、皆掴まって~」
「は?」
ぐわん。
その瞬間、僕の視界はブレブレの写真の様に……。まるで尾を引くかのように線状に伸びる。
なんと、ミヅチが容赦なく一気にハンドルを切ったのだ。
受けるGはとんでもない。
締め付けられるシートベルトにしがみつき、僕はわけも分からないまま踏ん張り、必死で耐える。
僕らを乗せた車は猛スピードで細い裏道へと突っ込んでいく。目の前に広がる恐ろしい光景に、生きた心地がしない。
今までの安全運転とは全く異なる荒ぶる運転だ。ガタガタと上下左右に激しく揺られ、僕は舌を噛みそうになる。
車がすれ違うのもやっとな細い道を、大型の車でスピードを出すなど恐ろしすぎる。さらに言えば、裏道と言うだけあって整備が行き届いた道ではない。曲がりくねっていたり、アスファルトが陥没している部分のあるボコボコの道だ。
しっかりと掴まっていなければ、周辺に頭を打ってしまいそうなくらいだった。
一体何を考えているんだ!?
僕は車内、頭上に設置されているアシストグリップを掴み、何とか身体を支えながらミヅチの様子を確認する。
するとそこには、驚愕の光景があった。
ミズチは大口を開けて笑いながら、非常に楽しそうに運転していたのだった。
この男、これが本来の姿なのではないだろうか。スピード狂なのではないかと疑いたくなる。走り屋とかそんな奴なのではないだろうか。
「いや~! 楽し~いねっ! ナキリ君!」
「……」
僕は無言を貫いた。
***
10分も掛からない内に僕達は店の近くまで辿り着いた。ミヅチは車を近くの駐車場に止めるとのことで、僕達は付近で降ろされたのだった。そこから先は徒歩で進むことになる。
鬼兄弟達も僕達と一緒に来るようで、ソワソワしながらも僕達の後に付いてきたのだった。
グラを先頭に急ぎ足で細い道を抜けて店へと近づいて行くと、何となく空気がひりついているのを僕は感じた。
金属同士がぶつかり合う音や銃声等の物音も聞こえる。現在も激しく戦っているのだろう。これは、僕がいると邪魔になりそうだ。
「僕の事は良いから、皆は先行って」
「分かった」
グラは返事をすると、アマキと鬼兄弟を連れて現場へと一気に突入していった。
僕は独り、周囲を確認しながら気配を殺し、細い道を慎重に進む。そして、店の建物が目視できる所まで来ると、やっと状況を把握できた。
店の周囲には、沢山の死体が転がっていた。目視できる範囲の死体は、全て敵側の者であるため一安心する。
確かに店主が言ったように予想以上に敵側の人数が多いようだ。不穏分子として残していた奴らが、これだけの人間を集められるとは思えない。何か別の力が働いたとみるべきだろう。
店の出入り口付近をトラが厳重に守り、他プレイヤーが広範囲に散らばって刈り取っている。これはいつも通りの陣形だ。現時点でも破綻なくしっかり対応できているようだった。
グラ達が加勢した事で、店の周囲の戦況は一気に優勢になり、目視できる範囲に敵はいなくなった。
僕はその隙に店の方へと近づいて行った。
「トラさん。何か気になる事とか、おかしいと感じた事ありませんか?」
僕はトラに近づきながら問いかける。
トラの周囲には一際多くの死体が転がっている事から、相当暴れたのだと分かる。しかしながら息切れ一つしていない。怪我もなく元気そうだ。武器である重く長い槍を軽々と肩に担ぎ待機していた。
「あぁ、ナキリおかえり。おかしい事か。強いて言うなら時間稼ぎをされているような気分だったな」
「時間稼ぎ……」
「ほら、俺はこの建物から離れる事が出来ないから、深追いできないだろ? 逃げ腰の様な状態で距離を取って攻撃してくるから面倒だったな。グラ達が来てくれたから一気に片付いたが……」
「ふむ……」
襲撃自体はよくある事だ。店の物資などを狙う人間がそれなりにいる。また、この地域を縄張りにしたい組織や集団が、邪魔な店の戦力を削ぐために、人を雇って襲撃を仕掛けてくる場合もある。
だが、『僕達の不在』を狙った時点で『内部の裏切り』がある事は概ね確定している。僕達が毎週日曜日に店から離れた場所へ行く事は、店内部の人間であれば把握可能な事だ。逆に外部の人間が知るのは難しいだろう。
従って、内部の人間が計画したところまでは殆ど確定で良い。
内部の人間が主犯とすれば、目的は店を確実に落とす事になるはずである。一気に落としきらなければ自分たちが危険になるのだから、それは絶対である。
それにも関わらず、店を落とす気が無いように見えてしまう。まず初めにトラを倒さなければ、この店は絶対に崩れない。こんな格下ばかりをパラパラと仕向けても落とせるはずがない。
トラを倒すのであれば、最低でも完璧に連携が取れたSランクプレイヤーを10人規模で当てるしかない。そんな事は内部の人間であれば分かるはずだ。
「狙いが違うか……?」
僕がトラの隣で考えていると、間近でカキンッと鋭い金属音が鳴った。どうやら僕目掛けてナイフが飛んできていたようだ。トラが槍でそのナイフを叩き落したらしい。
ここも、僕がいると邪魔になりそうだ。とはいえ、不可解な状況を放置して建物内へと避難するというのも不安だ。
「トラさん。もう少しこの場所で戦況を観察していてもいいですか?」
「あぁ、構わん。俺の傍にいるなら問題ない」
「ありがとうございます。それと、敵の位置分かりますか?」
「そうだな……。地上レベルにいた奴らはグラ達が倒したようだから居なくなったな。あとは、建物内や屋上か……。まだ20人はいる」
「20人!?」
残り20人は多すぎる。既に見える範囲に死体が30体以上あるのだ。これに加えて20人となると、相当な武力を仕向けられたという事だ。
やはり何かおかしい。いつもとは異なる。
「有象無象の寄せ集めみたいな奴らだったから、苦戦はしなかったが……確かに変だな」
「有象無象……」
トラは僕のすぐ近くで、僕を守りながら戦っている。次々に向かってくる敵を軽々と処理していた。
「これだけいて、連携している様子がないと?」
「あぁ。その通りだ。おかしいよな。たまに連携している奴もいるが、2人か3人の少数単位だ」
「物資を強奪しようとする素振りはありましたか?」
「あー。それは全くない」
「となると……。目的は各専属プレイヤー……?」
敵側の目的として最も有力なのは、トラ以外の専属プレイヤーを殺すことだろうか。内部の裏切り者にとっては、あまり意味がある行為とは思えない。
むしろ、裏切り者達にとってこの状況は不味いのではとすら思う。彼等は利用されただけだろうか。
そうなれば、この店を落とす事でメリットが得られるそれなりの規模の組織が、裏切り者達を上手く利用して情報を聞き出し、この店の専属プレイヤーの殺しを発注した可能性が高い。それぞれの専属プレイヤーに対して、懸賞金を設定したのだろう。
また、発注先は近場では無いはずだ。周辺の店であれば、牛腸の店がどれほど落としにくい店かを知っているだろう。いくら金を積まれた所で割に合わないとして拒否するはずだ。
「店を落とすよりは、少しでも戦力を削って足掛かりにしたい……?」
だがやはり、まだあまりピンとは来ない。憶測の範囲から出ない。敵側の目的が明確に分からないというのは非常にやりにくい。
僕は携帯電話を取り出す。そして店主へ発信した。
『どうした? 戻ってきたか?』
「はい。今店の前にいます。トラさんの近くで戦況を見てます」
『何か分かったか?』
「恐らく狙いは各専属プレイヤー。少しでも戦力を削ぎたいと考えているかと。連携の様子がないので、遠方の複数の店へ雑に発注されたものと思いますが……」
『分かった。その線で調べる。お前は引き続きそこで戦況を見てろ』
通話は一方的に切断される。僕は携帯電話を胸ポケットにしまった。調査は店主に任せ、僕はこの戦況の把握に注力する事とした。




